1章第14話 異世界猟兵と上級冒険者
そうして、俺は冒険者となった。
「──これが〝冒険者タグ〟ってやつなのか……」
俺の腕の中、そこに鎖で吊るされるような形でぶら下がっているのは、二つの金属片。
翡翠色をした宝珠のようなものがはめ込まれたこれは、アイウィック氏曰く〝冒険者タグ〟なる名前をした代物で、その名の通り俺が冒険者の身分であることを示すものらしい。
軍人が使う認識票にも似たこの金属片は、実際にそれとしての機能もあるらしく、もし冒険者が魔物討伐中に死亡したら二つあるうちの一つを持ち帰って死亡証明とするそうだ。
そんな冒険者タグの表面には俺に読めない文字で『ミコトディゼル 二級冒険者(魔物討伐系限定解除) 所属:ブレストファリア王国王都リブプール冒険者ギルド』という風に書かれている(ディアから教えてもらった)らしい。
ほかにも専用の魔道具に読み込ませると、内部に記録されているその他の情報なども表示されるそうで、その他にも銀行口座との提携や身分証明書としても使用するそうな。
俺はそのように多機能な冒険者タグをまじまじ見やった後、その視線を横へと向けた。
「なあ、ディア」
ちらり、と見やった先には俺を紹介したことで得た大金にホクホク顔のディアがいた。
なにやら大量の硬貨が詰まっているらしい袋を愛し気に見やってうっとりする彼女に若干引き気味になりながらも声をかけると、彼女は視線だけでこちらへと振り向いてきて、
「はい。なんでしょうか、ミコト?」
常ならぬ上機嫌でそう問いかけてくるディアへ、俺はなんとも言えない表情を浮かべつつ、えーと、と彼女へ質問する。
「この冒険者タグを持っていると、具体的になにができるんだ?」
「……ミコト。あなた、アイウィックさんの説明を聞いていなかったのですか?」
それまでの上機嫌が嘘のように、スンッと表情を消して呆れたような声音でそう告げてくるディアに俺は誤魔化すように、たはは、と笑い声を上げながら白状した。
「いや、こっちの言葉って難しくて……」
どうにもこちらの世界の言葉はやたら複雑だ。
これまでの会話からも、ところどころで言語本来のものとは異なる外来語由来の単語が頻出しており、しかも本人達がそれを理解して使っている節も見られて、その姓で余計に【思念話】を使用しても理解しづらい言語となっていた。
おかげで、アイウィック氏の説明も懇切丁寧なのはいいのだが、こちらの世界特有の語彙も数多く、そのせいで説明されたことの半分も理解できないまま、説明を終えられ、ただただ上機嫌な氏から冒険者タグとやらを受け取って、そしていまに至るという形である。
「……? なにを言っているんですか、ミコトはこの国の言葉で話しているでしょ?」
しかし俺のそんな事情がピンッとこなかったらしいディアが、そう告げるので俺は、ああ、と納得したように頷いて、彼女に言う。
「そうか。ディアとは出会った時には〝そう〟だったから、わからないのか」
「は? わからない、とはどういうことですか???」
訝し気に首をかしげるディアに、俺は苦笑を浮かべながらも、一つ問いかけを発する。
「ディアには俺の言葉がどう聞こえる?」
「……それは、もちろんこちらの国で喋られる王国語ですが?」
なにを当たり前なことを、と半眼を向けてそう告げるディアに、俺は少し悪戯心がわいて、では、とそれを披露する。
『
「は──?」
驚きに目を見開くディア。
それはそうだろう。
いきなり俺の言葉が意味不明な単語となって聞こえてきたのだから、彼女じゃなくても誰だってこんな顔になる。
俺は彼女への悪戯を成功させて満足したのち、もう一度【思念話】の術式を起動して、彼女にも聞こえる言葉に戻したうえで問う。
「この言葉はどう聞こえるかって、聞いたんだよ。俺の国の言葉でな」
「……いまのはどういうことなのでしょうか?」
困惑した表情でそう問いかけてくるディアに、俺は落ち着け、というように両手を体の前に出しつつ、種明かしを口にした。
「これは【思念話】っていう俺の魔法だよ。感染呪術的な手法で相手にこちらの言葉が理解できるようするためのものだ」
「……つまり、あなたが喋る言葉をこちらが理解できるものにする法術──いえ、あなたの口ぶりだとそれとも異なる異能と考えてよろしいでしょうか?」
予想以上にディアの理解能力が高くて、俺は軽く驚きを内心で得つつも、しかし表の表情では、そうだ、とディアの言葉を肯定するように頷きを返す。
「正確には、俺と君の言葉を、だな。俺達が問題なくやり取りしているのは俺の言葉を【思念話】で君が理解できるものにして、その逆に君の言葉も俺が理解できる言葉にしてるからだ」
「なるほど。時々ミコトとは、常識しらずというにはあまりにも話が通じないようなときがあったのでおかしいとは思っていましたが、そういう事情があったのですね」
「まあ、そういうこった──それで俺もアイウィック氏の言葉を完全に理解していたわけではなくてな。正直に言うと氏の専門用語たっぷりな説明は【思念話】でも理解しづらい」
「……はたから聞いていた私には、そうとは感じなかったのですが、まあ言語が違うというのなら無理もないでしょう」
言って、一つため息をつくとディアはそれを説明してくれる。
「いま、あなたが持っている冒険者タグは自身が冒険者の身分であることを示すものです。その中でもあなたは王都ギルドに所属する下級冒険者で、王都ギルドの基準における二級冒険者である、という扱いのものですね」
「その二級冒険者ってのはどういう存在なんだ?」
首をかしげてそう問いかけると、ディアは、そうですねえ、と呟いて、
「レベルで言うとだいたい20台ぐらいの実力を持つ者が多い階級とでもいうところでしょうか。一つ上の一級が上級冒険者の候補生という側面もあり、実力だけでなく人柄や実績なども伴わないといけない中、二級はそうではないので乱暴者が多い印象です」
ちょうどグラムのように、とはディアも言わなかったが、まあ彼女が暗にそれを告げているのはなんとなく俺も察しつつ、しかし気になる単語があって問いを投げかけた。
「なあ、ディア。アイウィック氏や他の冒険者も言っていたが、〝上級冒険者〟ってのはいったいなんなんだ?」
「上級冒険者とは〝
俺の質問に端的な口調でそう返すディア。
「〝
首をかしげて、そう問いかけるとディアは、ええ、と頷いて、
「そもそも、すべての冒険者ギルドは、世界的な団体である〝
ディアの簡素ながら要点を経た説明に俺は、なるほど、と表情に納得を浮かべる。
「それでその〝
そんな俺の性急な問いに、しかしディアは一度待ったをかけるように言葉を置いた。
「おって説明しますね」
そこでディアは一度言葉を切ると、思考をまとめるような間を置いた後、ゆっくりとした口調でそれを説明しだす。
「まず、前提としてですが、私やあなたのような下級冒険者──正式な書類では一般冒険者と呼称される者達は、基本的にその所属は登録した冒険者ギルド内となります」
私達で言えば王都冒険者ギルドですね、とディアは告げつつ、こうも言葉を続ける。
「通常、一般冒険者は所属するギルドが管轄する区域内でしか活動できません。王都ギルドならば、王都とその周辺といったところですね」
「あー、そういえばそんなことをアイウィック氏も言ってたような気がするな」
丁寧なのだが専門用語だらけでなんとなく理解できなかったアイウィック氏の説明が、いまのディアの平易な解説で、俺にもようやく理解できるようになってきた。
「はい。これに対して上級冒険者はその所属が〝
「なるほど……? じゃあ、ディア。そういう上級冒険者は一般冒険者とどう違うんだ?」
「簡単に言うと活動できる区域の違いです。一般冒険者は所属するギルドの管轄区内だけだと先ほど言いましたが、それにたいして上級冒険者はその縛りがなく、人類圏内ならばほぼ全土で活動できるといっても過言ではありません」
つまり、一般冒険者は所属する場所でしか活動できないが、上級冒険者にはそういう制限がなく、この世界で人類圏と呼ばれる場所ならどこでも活動可能なのだろう。
「へえ、そういう違いがあるのか」
「ええ。そして、上級冒険者となるとその階級もまた変わるんです。我々王都冒険者ギルドに所属する冒険者は、基本的に五級~一級の位が与えられます。これは数字が若くなるほど上位となるのですが、実を言うとこの位はあくまで王都冒険者ギルドでしか通用しません」
「……? つまり、どういうことなんだ???」
ディアの言葉がいまいち理解できず首をかしげる俺にディアは、要するに、と呟いて、
「つまりですね、王都冒険者ギルドで一級にまで上り詰めても、よその地域あるいは国のギルドにいったら、またその地のギルドが定める最下級からやり直す羽目になるんです」
「あー、つまりこの二級だとかなんだかいう階級も、よその冒険者ギルドとやらではまったく意味をなさない、というわけか」
「ええ。まあ国内でしたら、ある程度冒険者ギルド間の連携で通用することもあるんですが、国外ではほぼダメですね──ですが、それも上級冒険者となると話は変わります」
言うと、ディアは人差し指を立てながら解説を口にする。
「上級冒険者には〝星〟と呼ばれる階級が与えられるんです。〝
「なれば?」
俺の問いかけにディアは、はい、と頷いてそれを告げた。
「〝三つ星〟の上級冒険者は世界でも七人しかいません。その一人一人がレベル50を超える人類圏屈指の猛者です。その実力は勇者様とも並び立ち、主に災害級魔物の討伐などといった形で実績を残すような人達ばかりですね」
そこまで、言ってしかしディアは、なぜか俺の方を半眼で見やり、
「まあ、そんな〝三つ星〟の方々も裸足で逃げ出すほどの実力をあなたは持っていますが」
実力、と評したが、要するにこの場でディアが言いたいのはレベルのことだろう。
レベル128という数値は、どうやら俺が思っている以上にこの世界では意味が大きいようで、そんなレベルを持つ俺を見やりつつ、ディアはため息をついて、こう口にする。
「……そういうわけで、上級冒険者というのは一人一人が人類圏でも屈指の実力者ばかり、それも単に腕っぷしだけではなく、人柄や実績も加味して評価されますので、各国の信用も篤く。〝星持ち〟の上級冒険者となれば各地に引っ張りだこだとか」
「うへえ。じゃあ俺は上級冒険者とやらにならないでおこう。のんびりだらだらとした生活を送りたい身としては、そんな忙しそうな存在になるのは遠慮願いたい」
顔をしかめ、そう告げる俺に、ディアは微妙そうな表情を浮かべる。
「……普通は、どの冒険者も〝
「俺は、別に地位も名誉もいらないなあ。金はあればうれしいけど、生活に必要な分と趣味やらなんやらに没頭できるだけの額を稼げればそれで十分だ」
「まあ、それには私も同意しますけど」
ディアの言葉に、しかし俺は、おや? という表情を浮かべて、
「意外だな。ディアなら、地位や名誉はともかく、お金はぜひとも稼ぎたいというかと思ったんだが……?」
「あのですねえ、確かに私はお金に執着している自覚もありますけど、だからといって大金持ちになりたくて働いているわけでもないんですよ」
心外だ、という風にディアは言うが、なおさら俺は訝し気な思いを抱いた。
「だったらさ、ディアはどうしてお金を稼ごうとしているんだ?」
「それは、妹の──」
そう、ディアがなにかを言おうとした瞬間、しかし彼女はハッとした表情を浮かべて、発言の直前にその口を閉じてしまう。
代わりに俺は首をかしげて彼女を見やった。
「妹? ディアには妹さんがいるのか?」
「……あなたには、関係ありません。気にしないでください」
なぜか表情から感情を消して淡々とそう告げるディアに、これは触れてはならないな、と直感した俺も口をつぐんでそれ以上は追及せず、しかしそんな対応が気まずかったのか、ディアは表情をいつものものに戻すと、ゴホン、と咳払いをした。
「いまので、ミコトもだいたい冒険者についてわかりましたよね? でしたら、私についてきてください。行くべきところがあります」
「……いくべきところ? どこだよ、それ」
俺の問いかけに果たしてディアはこう答えた。
「魔石の換金所、ですよ」
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