1章第13話 異世界猟兵の苦手

「───ッ‼」


 目と鼻の先に迫る刃。


 回避は不可能だった。


 厳密には【情報強化】によって増強された身体能力ならば、回避はできる。


 だが、それには大きく且つ素早く跳躍する必要があり、そうするにはこの訓練場は手狭だ。


 だから、俺は防御を選んだ。


 ──目の前に緑色の壁が生じる。


 第二種防性術式【防壁】によって生成された魔法の障壁だ。


 主力戦車の主砲による一撃すら直撃しても防ぐこの壁が俺の表皮に触れそうなほどの距離で現れてはグラムの一撃を受け止める。


 金属が激突する音。


 それが響いてグラムの剣は前進を停止した。


「アァ⁉」


 さすがに自分の剣が受け止められるのは予想外だったのか、グラムがそんな風に口を開く中、俺は素早くその懐へと入り込み、とりあえず探りとして一発をぶちかます。


「シィ──!」


 鋭い呼気と共に振り抜かれる右の拳。


 完全に自分の懐へと入り込まれて剣を振るうにも振れないグラムは、それに対処できず、俺がふるった拳をその腹で受け止めた。


「グッ──‼」


 腹に受けた衝撃にグラムが苦悶の表情をする。


 だが、表情を険しくさせたのは俺の方だった。


「身体強度まで上がるのかよ……⁉」


 呼吸とやらは、どうやら筋力だけではなく、体の強度まで増強する効果があるようだ。


 そう俺が驚愕する最中、殴られたお返しとばかりにグラムの蹴りが俺へと跳んできた。


「………ッ‼」


 腕を交差してとっさに防御したことで負傷は受けなかったが、それでも蹴りの衝撃は受け止めきれず、そのまま後方へと蹴り飛ばされ訓練場と立見席を区切る柵へと背中から激突。


 そうして隅へ追い詰められた俺を見逃すほどグラムは優しくないらしい。


「ぎょぉぉぉおおおおややややややッッッ!」


 またもや奇怪な気勢を上げて大上段に剣を振り構えるグラム。


 呼吸によって強化された身体能力により一瞬で迫ってきたグラムへ俺は蹴りを放って牽制。


 振り上げた足で剣を振り下ろす直前だった手首へと鋭く足を叩き込もうとすると、それによって剣を振り落とされるのを厭うたのだろう。


 とっさにグラムが剣を振り下ろすのを止めて後退したので、俺も立ち上がり、横へと跳んで柵から離れると一定の距離を取ってグラムとにらみ合う。


「オォイィ‼ ちょこまかと動き回んじゃあねえよ! その腰の剣はかざりかあ⁉ 剣士だったら剣抜いて戦えや、ゴラァ‼」


 知能がサル並みのグラムにしてはもっともなことを言うが、それはできぬ相談だ。


 ──んなことをしたら


 いままでの戦いでおおよそグラムの身体能力が測れた。


 確かに驚異的ではあるが、魔導師のそれには遠く及ばない。


 おそらく俺が剣を構え、本気で魔法を放ったら十秒とたたずグラムは消し炭と化すだろう。


 だからこそ、俺は対応に苦慮しているのだが。


「……これだから、対人戦は苦手なんだ……‼」


 こちらが全力で手加減しているとも知らず、いっそう調子づくグラム。


 ハッと鼻を鳴らしてこちらを小馬鹿にしたような顔を浮かべるグラムの態度に俺は、自分の中でブチィッ、となにかが切れる音を聞く。


 いいだろう。


 そっちがその気なら、こちらも少しは本気を出してやろう。


「フゥ──」


 深く息を吸い、俺は精神を戦闘のものへと変換した。


 そんな俺の〝呼吸〟を見て、おや? という表情をするグラム。


「なあんだ、テメェもやっぱり呼吸を──」


 なにか、グラムが言おうとしていたがそれを俺は無視。


 一歩。


 それだけで俺はグラムへと肉薄していた。


「な──⁉」


 突然、目の前に現れた俺に驚愕の表情を浮かべるグラムだが、しかしそれでも彼は一端の武人なのか、俺の動きを止めようと大きく剣を振るってきた。


「───」


 腕を伸ばす。


 振り切る直前の手首に片手を添え、その動きを止めた。


 関節が伸び切っておらず力を発揮できない体勢で剣の振りを止められたグラムは、その場で固まり、そうして身動きが取れなくなった一瞬に俺はグラムの腹へもう片方の手を当てる。


 魔力を熾した。


 発動するのは第三種攻性術式【痺れる一撃ネウィシーク・ヴァッシュ


 低致死性の電撃を浴びせることで相手を気絶させる対暴徒鎮圧用の攻性術式だ。


 そんな低致死性の電撃がグラムの腹で炸裂した。


 バチィッッッ‼ という破裂音じみた音が訓練場に鳴り響く。


 俺の掌とグラムの腹の間で生じた電撃が、空気を焼いてその熱膨張により破裂させたのだ。


 体を激しく痙攣させるグラム。


 低致死性とはいえ、決して威力が低いわけではないその電撃は、呼吸とやらの使い手であっても意識を刈り取るには十分であったらしい。


 痙攣していたグラムが、突如その動きを止めると、そのまま膝から崩れ落ちるようにして座り込み──そして、ピクリとも動かなくなった。


「……ふう……」


 息を吐き、それまで戦闘状態だった意識を平時のものへ。


 俺が浮かんでいた額の汗をぬぐうのと、アイウィック氏がそれを宣言するのは同時だった。


「勝者! ミコト・ディゼル冒険者候補生‼」


 訓練場にこだましたアイウィック氏の声に、それまで息を詰めていたのだろう観客たちがいっせいに呼気を漏らして、その顔に驚愕を浮かべる。


「なっ⁉ グラムの野郎が負けたのか⁉」


「嘘だろ‼ あの、グラムが⁉ あんななよっちいガキに負けるだと⁉」


「なんだかんだ言ってもレベル22のグラムが、ああもあっさりと……」


 愕然、呆然、唖然、一様にそのような表情を浮かべてざわめく冒険者達に、アイウィック氏は満足そうに頷いて彼らを睥睨する。


「これで我々が行った試験に不正がないことは証明されましたね。それと、あなた達の勘違いを一つ訂正しましょう。そこにいる彼ミコト・ディゼルは、グラム・スコットウィンをそのレベルで20以上ははなししています」


 そんな氏の言葉にまたもやどよめきが訓練場に起こる。


「な、なんだって! あのグラムを20以上も⁉」


「ってことは、あのガキ、最低でもレベル40台なのか⁉ そんなのもう〝星持ちの〟上級冒険者と同じじゃねえか⁉」


 正確にはレベル128と、彼らが想定するよりもさらに上の数値なのだが、それを言うのも面倒なので、代わりに俺は立見席の最前列にいたディアの方へと向かい、


「よう。勝ったぞ」


「おめでとうございます、ミコト。これで、あなたも今日より冒険者ですね」


「ああ、そうなるんだが……」


 言って俺はディアへと半眼を向けた。


「つーか、ディア。なんだよ、さっきの。なんで君は俺があのグラムとかいうやつと決闘するように仕向けたんだ? ええ?」


 そう俺が問いかけると、しかしディアは素知らぬ顔でこう呟く。


「ミコトならなにがあってもグラム程度の相手では負けないと思っていましたので」


「は? それはどういう──」


 怪訝な表情を浮かべてそう問いかける俺に、しかしディアが浮かべたのは、まったく、とでも言いたげな表情であった。


「いいですか、ミコト。レベルという基準においてはある原則が存在します。すなわち〝レベルが圧倒的格上の相手にはなにがあっても勝てない〟ということです」


「……? と言いますと?」


「まずレベルが3以上はなれているだけで、さまざまな準備や地理的条件など有利な状況を整えた上でかろうじて勝利できるかどうか、です。レベルが5以上となると逃亡推奨。10を超えると──そうですね〝座して死を待て〟とでもいうところでしょうか」


 あー、つまり、ディアはこう言いたいらしい。


 レベルが20以上──正確には80以上も超えている俺が相手では、グラムの奴は敗北以外にしようがなく、本来なら喧嘩を挑んではいけない相手なのだ。


 なるほど、どうりでディアやアイウィック氏が強気でいられたわけである。


 俺とのレベル差を考えればグラムの奴に勝ち目なんてない。


 だから俺に勝ったら懲罰を帳消しにする、という無茶な条件も飲めたのだ。


 勝ち目なんて万に一つもないし、仮に勝ったら勝ったで、どうやら人手不足らしいこの冒険者ギルドでは多少の素行不良も目をつぶれるぐらいには使いようがある。


 それを理解して、やれやれ、と首を振る俺にディアはしかし呆れた眼差しを向けてきて、


「むしろ、今回はミコトが苦戦しすぎです。なんですか、最初の体たらく。あなたほどのレベルなら最初から本気を出していたらあっさりグラムを沈められたでしょう」


「……あのなあ、俺は対人戦が苦手なんだよ……!」


「はい? なんですか、それ? そんな冗談みたいなこと、本気で言ってます?」


 キョトンとした顔でそう問いかけてくるディアに、俺はたまらず声を張り上げた。


「本気も本気だっての! 俺は魔物相手なら遠慮はしないが、人相手だといろいろ気を使わないといけないの! いまもグラムの野郎を殺さないようどれだけ手加減したか──」


 と、俺がそう告げた時、周囲でざわめきが起こる。


 なんだ? と怪訝に俺が視線を向けると、どうやら俺とディアの会話に注目していたらしい周囲の人間が、いまの俺の言葉に驚いたのか、こちらを見やってざわついていた。


「……嘘だろ、あのグラムを殺すこともできるのかよ……」


「マジで、やべえ奴が来たぞ、おい……!」


 そんな周囲のざわめきにそろそろいい加減うざったくなってきた俺へ、アイウィック氏がにっこりとした笑みを浮かべながら近づいてきて、


「さて、それではディゼル冒険者候補生──いえ、二級冒険者ミコト。冒険者となる手続きを行いますので、私についてきてくださいませ」


 言われたので、俺は肩をすくめてアイウィック氏についていく。


 その背にやはりディアもついてくるようなので、俺はいい加減その理由を問いただすべく、そちらへと視線を向けた。


「なあ、ディア。なんで君は俺の冒険者手続きにいちいちついてくるんだ? いや、そりゃあ俺は文字も読めねえし、こっちの常識は知らねえからありがたいんだけど……」


 どういう意図があるんだ? という俺の眼差し、はたしてディアは、


「そりゃあ、もちろん。お金のためですよ。いまは王都ギルドが人手不足とあってギルドに所属する冒険者が一定の強さを持つ人間を紹介してその人が冒険者になると、その強さに応じて相応の賞金がもらえるんです」


 なん、だと……?


 そういえば、俺が手続きをしようとしたとき、ディアはアイウィック氏にこんなことを言っていたような気がする。


 ──『彼は冒険者になりにきました。手続きをお願いいたします』


 つまり彼女の親切は最初から、お金目当てということで。


 そんな彼女の金へのがめつさに俺はなんとも言えない表情で肩を落とす。


「……ディア。君なあ、そんな風にお金ばかりにこだわっていたら、いつか身を滅ぼすぞ?」


「ご安心ください、ミコト。私が身を亡ぼすときは、どこぞの変態貴族の愛人にでもなってその身をボロボロになるまで辱められているでしょうから」


 そんな冗談とも本気とも取れない言葉をディアは吐きながら俺と共に歩く。


 ディアの態度に俺は、なんともなあ、という表情を浮かべながら、しかし一つ興味がわいたので、こんな問いかけをしてみた。


「ちなみに、いくらのお金がもらえるんだ?」


 俺のそんな興味本位の問いかけにディアはきらりとその瞳を輝かせて、


「い~~~~っぱい! ですよ♪」


 それはそれはいい笑顔で告げるディア。


 いままでにみたことのない彼女の表情に、俺はやはり何とも言えない顔となるのだった。

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