1章第12話 異世界猟兵と決闘

 突然響いた叫び声に、周囲の冒険者達がざわめく。


「なにごとですか⁉」


 公正な試験の結果をインチキ呼ばわりされて怒りを覚えたのだろうアイウィック氏が眉を逆立たせながら叫んで見やる先──そこには一人の男がいた。


 身長120クレーロほどの体格を皮鎧で包み込んだ人物。


 その人物にしかし俺は見覚えがあって、あ、と声を上げる。


「あれは、確か──」


「──冒険者グラム⁉ なぜ懲罰房にいるはずのあなたがここにいるのですか⁉」


 ギョッと目を見開いてアイウィック氏が見やる先、そこにはグラムがいた。


 フンッと鼻を鳴らしてたたずむグラムの横、そこに彼を連行していったはずの二人組冒険者が立っており、彼らは気まずそうな表情をアイウィック氏に向ける。


「すみません、アイウィックさん。こいつを懲罰房に連れて行こうとしたんですが、暴れて」


「グラムの野郎。呼吸まで使って抵抗しやがったんですよ。そうなるとレベル14の俺達じゃとても対処できなくて……」


 心底から申し訳なさそうな表情をする二人の冒険者に、アイウィック氏は眉間にしわを寄せながらもため息をつくだけで、彼らを責めず、代わりにグラムを睨んだ。


「そういうことでしたら、仕方ありませんね。我がギルドの人手不足を呪いましょう。ですが、冒険者グラム。本来受けるべき懲罰を受けず、あまつさえ神聖な試験の結果を貶すなど、言語道断。こうなっては、穴への処分は降格ではなく、除名処分となりうるでしょう」


 鋭い眼差しでグラムを睨み、そう告げるアイウィックに、しかしグラムの奴はぜんぜん悪びれた様子はなく、あまつさえ、なぜか強気な表情で俺の方を睨んでくるではないか。


「それは、そこのインチキ野郎も同じだろうが! そいつは採用試験でズルをした! そんな奴が冒険者になるなんて、俺は認めねえぞッ‼」


「は、はあ⁉」


 なにを言っているんだ、あいつは?


 そもそも、いま問題視されているのは、懲罰を受けるべき身分でありながら、それを受けていないことであって俺が試験で不正したかそうかは全く関係ない。


 そうじゃなくても俺は不正など一切していないのだから非難を受ける謂れもないはずだ。


 アイウィック氏も同じ意見なのか彼は、はあ、と肺の奥から吐き出すような嘆息を漏らし、


「冒険者グラム。言いがかりもほどほどにしていただきたい。まずもってなにを根拠にこの試験が不正であった、と? その証拠もないのに憶測で物をいうのは感心しませんよ?」


 もっともなアイウィック氏の意見に、しかしグラムは取り合わない。


「いいや、不正があったに決まっている! どう見ても筋肉もついていないそこのガキが、五体もの【緑小鬼ゴブリン】を討伐するなんて不可能だ! きっと事前に【緑小鬼ゴブリン】どもを弱らせておいて、容易く倒せるようしておいたに違いねえ‼」


「な……⁉」


 さすがにそれは看過できなかったのか、眉尻を立ててアイウィック氏はグラムに抗議した。


「言うに事欠いて、我々冒険者ギルド側が不正したというのか、お前は‼ 【緑小鬼ゴブリン】どもを事前に弱らせる⁉ それこそ根拠はなにもないじゃないか‼」


 アイウィック氏の発言はもっともだ。


 少なくとも俺はそう思ったのだが、だがグラムはどうやら別の意見があるようで、


「いいや、根拠はある!」


「なんですって?」


 怪訝に氏が見やる先で、グラムはまるで犯罪者を糾弾する探偵のようにこう告げる。


「魔石だ! さっきそこのガキが倒した【緑小鬼ゴブリン】どもから魔石が落ちなかった!」


 その言葉に、周囲がざわめいた。


「た、確かに……! あの小僧が倒した【緑小鬼ゴブリン】からは魔石が出ていない」


「どんな魔物でも倒したら魔石が出るよな? でも出なかったってことは、グラムの野郎が言う通り、事前に弱らせていたんじゃあ……」


「じゃ、じゃあやっぱり不正が……?」


 ざわざわ、とする空気にアイウィック氏も異様なものを感じたのか鼻白んだ表情をしたが、それでも氏は果敢な反論を並べ立てる。


「なにを言い出すかと思えば⁉ いいですか、【緑小鬼ゴブリン】は討伐推奨レベル6~7の下級魔物です! その程度の魔物では必ずしも魔石が摘出されるとは限らないというのは冒険者ならば当たり前の常識でしょう!」


「一体なら、そうだろう! だが、五体ともすべてそうだと話が違う‼」


 ああ、これは形勢不利だな、と俺は思う。


 アイウィック氏の言う通り、この試験に不正はないし、五体とも魔石が出なかったのだって実際のところはわからないが、まあ偶然の類だろう。


 少し考えればグラムの言うことは穴だらけだとわかるのだが、しかし場の空気はそうとは判断しなかったらしい。


「不正?」「やっぱり不正だったのか」「ああ、そうだ」「そうに違いない──」


 どうやら完全に俺の試験結果は不正扱いとなったらしいと、そう俺が思ったまさにその時。


「でしたら」


 凛と声を響かせたのは、事態の推移を無言で見やっていたディアだ。


「──そこのミコトと、あなたが戦えばいいではありませんか」


「はあ⁉」


 さすがに聞き捨てならない、と俺が振り向いた先で、しかしそんな俺の態度こそが不思議だというようにディアは首をかしげていた。


「なにを驚いているのですか、ミコト。あなたの不正が疑われているのですから、あなたの実力でもってそれを晴らすのは当然のことでしょう?」


「いや、しかしなあ……」


 正直に言うと俺は対人戦が苦手だ。


 というか対人戦をしたくないから、猟兵になったといっても過言ではない。


 単なる魔獣──こちらで言う魔物を駆除する程度ならばまだしも、人を相手にするというのは俺としてはできる限り避けたいのだが、その事情は周囲に伝わらなかったようで。


「そうですね。わかりました」


 頷く、アイウィック氏。


「ここで議論を尽くしても、どうにもならないでしょう。ならば、実力をもって解決する──冒険者ディアの提案を採用します」


「……嘘だろ」


 もう完全に俺が、あのグラムとかいう野郎と決闘する流れになっていて、こちらとしては愕然とするしかないなか、一方のグラムはそんな俺の態度を不正が暴かれるのを恐れているとでも受け取ったのか、ハッ、と強気な笑みを浮かべる。


「いいだろう。その提案に乗ってやる! そこのインチキ野郎のインチキを暴いてやろうじゃねえか! んで、勝利したなら俺の懲罰も無効にしろ!」


 それとこれとは話が違うだろうと思うのだが、しかし状況はグラムの思う通りに進む。


「いいでしょう。あなたがディゼル候補生に勝てば、懲罰は無しとします。ですが、負けた場合はいずれにせよ、あなたはギルドから除名。それが絶対条件です」


「ああ、いいぜ! 俺は負けねえからな!」


 いや、その自信はどこからくんだよ。


 そう思ったが、言うのも無駄なので俺は、やれやれ、とため息をついて。


 代わりにこんな状況に場を持って行ったディアへ、恨みがましい視線を向けると、素知らぬ顔のディアが見えて、仕方なく俺はアイウィック氏の方へと視線を向けた。


「あの。その条件だと俺にはなんの得もないんですけど?」


 半眼を氏に向けて、せめてこっちにもなにか利をよこせ、と無言で要求すると、アイウィック氏はわかっている、というように頷いて、


「冒険者グラムはギルドの二級冒険者です。もし彼を倒すことができれば、あなたは最低限二級に相当する実力があると示したことになります。よって冒険者グラムに勝利した暁には特例としてディゼル候補生を二級冒険者として採用することを約束しましょう」


 それが具体的にどう俺の特になるのかわからないが、とりあえずもらえるというのなら貰っておこう、ということにして、そして俺は目の前に降り立ったグラムの野郎を見やる。


「ハッ。インチキを白状するなら、今のうちだぜ、小僧」


「いいから、さっさと始めろよ、サル。テメェみてえな知能を持たねえ奴の話を聞いているだけで無駄だ。人間の言葉を真似てキーキー鳴いてないで構えやがれ」


 なげやりに、そう俺が告げるとよほど癪に障ったのだろう。


 びきぃぃっ、と音を立てそうな勢いで額に青筋を浮かばせるグラム。


「俺はテメェを、もう許さねえ‼」


 叫んでグラムは、腰に吊るしていた剣を抜いた。


 その瞬間から決闘が始まったとみなされ、アイウィック氏も外周へ下がる中、グラムは剣を無駄に天高く上段へと構えながら、大きく息を吸い込む。


「ヒュゥゥォォォォオオオオオオ──‼」


 やたらと深く息を吸うグラムの姿に、俺は怪訝な眼差しを向けた。


「……? なんだ……?」


 なにか嫌な予感がする、と魔導師としての感覚ではなく、どちらかと言えばいくつもの死線をくぐってきた猟兵としての直感が叫ぶ。


 目の前の人間をなめてかかると痛い目を見るような気がして──事実その通りになった。


「ぶぎゃっしゃあああああああああああああああッッッ‼‼‼」


 奇怪な気勢を上げ、グラムが突っ込んでくる。


 その速度は、しかし俺の予想を大きく上回っていた。


「───‼」


 全力の回避行動。


 直後、それまで俺がいた場所に、すさまじい勢いでグラムが突っ込んできた。


「………ッ」


 一瞬でも回避が遅れていたら、ヤバかった。


 それぐらいグラムの突進は驚異的な速さを誇っていたのだ。


 いや、それはまだいい。


 元の世界の魔導師もその気になれば、あのぐらいの速さは発揮できた。


 問題は、それをこの世界の、はたから見るに魔導師には見えない人間が起こしたことだ。


「なにが……⁉」


 とっさに魔導師としての感覚を鋭くする。


 一般には〝霊覚〟と呼ばれる肉体が持つ五感とは別に魂魄が有する知覚機能。


 それをグラムへと向けて──そして俺は目を見開いた。


「なんだ、ありゃあ……⁉」


 グラムの全身に魔力がたぎっている。


 だが、それは体内から発せられた魔力ではない。


 外側、グラムが呼吸をするたびに大気中に帯びた魔力が吸収され、それが肺から血流の流れに乗って全身を駆け巡っているのだ。


 ──魔力術? いや、それとも違う……!


 術式を用いず意思の力だけによる魔力の運用で身体能力を強化する魔力術のような技法とは似て非なる身体の強化技術だと俺の直感がささやく。


 事実グラムが体内で運用している魔力の元は大気中にある。


 それは一見すると大気中の自然魔力を取り込んでいるように見えて、しかしよくよく知覚を鋭くすれば、まったく異なるものを取り込んでいたのだと俺は悟った。


「──汚染魔力? いや、でもこれは──」


「なに、ぶつくさ呟いてんだ、オラァッッッ‼」


 またもや突っ込んでくるグラム。


 驚異的な速度でこちらへと肉薄する彼を俺は紙一重で回避する。


 乱暴な動作で──しかしその実、間合いを精確に測り、最大限威力が乗るよう調整された斬撃が鼻先をかすめて空気を擦過する中、俺はグラムの体内を流れる魔力へと視線を向けて、そして一つ気づくことがあった。


「あれは──!」


 グラムの体内をめぐる魔力に見覚えがあるのだ。


 その魔力が持つ性質は、あの【緑小鬼ゴブリン】や【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】と呼ばれるこの世界の魔物という存在を倒した時に現れる黒い靄。


 かなり希釈されているが、それと同じものがグラムの体内に取り込まれ、彼の身体能力を底上げしているのだと、俺の魔導師としての感覚が看破する。


「息を吸うことによる特殊な魔力性物質の吸収と身体能力の強化……⁉」


 汚染魔力にも似た性質の、しかしそれとも微妙に異なる魔力性物質を呼吸によって吸収し、それを全身に巡らせることによってある種の魔力術のように身体能力を強化する。


 そういう技術をどうやらグラムは使っているらしい。


「まさに〝呼吸〟だなッ!」


 そういえば試験を受ける直前、試験内容を語っていたアイウィック氏も呼吸がどうの、と言っていた気がする。


 言われた時はなにを言っているのかわからなかったが、目の前で実演されてようやく俺も実感できて──でも、そうやって考え事をしているのが悪かったのだろう。


「ぶぅぅぅぅぅうううぎいやややややッッッ──‼‼‼」


 そんな叫び声をあげてグラムが俺へと剣を叩き込んできた。

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