1章第16話 異世界猟兵と初めてのクエスト

 俺とディアは王都南の森に来ていた。


「お。【緑小鬼ゴブリン】」

 目の前で、茂みを割って現れた【緑小鬼ゴブリン】が横切ったので、一発ぶん殴っておく。


「……ミコト。せめて、その腰の剣を抜いて戦いましょ?」


 呆れた眼差しでこちらを見て言うディアに、俺は肩をすくめ、黒い靄となって霧散し、代わりに落ちた魔石を拾いつつ言う。


「あの程度の【妖魔】……じゃなかった、魔物か。それ相手に杖剣を抜くまでもないからな」


「杖の剣?」


 ああ、ディアにはそう聞こえるのか。


「そう、杖剣スタッガレ・ウィエール。俺達魔導師が使う魔法の補助具──あー、ディアの長杖みたいな武器っていったところかな」


 俺がそう解説すると、なるほど、とディアは頷く。


「ミコトの魔法? でしたっけ、それの詠唱はその剣が担っているというわけですか」


 そう納得顔を浮かべるディアには悪いが、あいにくとそうではない。


「すまないが、それは違うんだ。魔法の詠唱……術式演算を補助してくれるのはこっち」


 言って俺は腰元から鎖で吊るされた二つ折りの機械を取り出した。


「それは……?」


 いきなり見せられたものを前にきょとん、とした眼差しを向けるディアに、俺は端的に答えだけを口にする。


加護機アライメントっていうものだ。ディアが使う法術における詠唱──俺達の世界では術式の演算っていうんだけどな? それを行ってくれる」


「そんな小さな道具で?」


 驚きにそう言葉を口にするディアへ俺は、そうだ、と頷き返す。


「見た目は小さいが、最新鋭の霊子頭脳が搭載されているからな。戦術級規模の術式までだったら、楽々詠唱できるよ」


 むしろこの加護機と接続されている俺の魔導師回路の方がその演算の負荷に悲鳴を上げるぐらいには、加護機の演算力は高い。


 そんなことをツラツラと解説してみるも、そもそも生まれた世界が違うディアには理解しがたいのか、はあ、という生返事が帰ってくるので、俺は一つ咳払いして話を変える。


「それよりも、ディア。この森に来たのは、クエスト? を受けるためなんだよ」


 俺の質問に、はい、と力強く頷くディア。


「そうです。【一角狼ホーン・ウルフ】十数体の討伐──それが私達の受けたクエストですね」


 ディアがそう告げる通り、俺はクエスト──ディア曰く、こちらの世界における依頼を受けて、この王都の南に広がる森へとやってきていた。


 冒険者ギルドで無事、冒険者タグをもらい受け、魔石の換金なども済ませた俺が暇を持て余しているとディアから『クエストに行ってみませんか』という提案があったのだ。


 そこであの一階吹き抜け広間の隅にあった掲示板──クエストボードなる名称らしい、そこに張られた紙面からディアが、とりあえずこれ、と選んだがのが【一角狼ホーン・ウルフ】なる魔物を十数体ほど討伐してこい、という内容の依頼である。


「本来十数体の【一角狼ホーン・ウルフ】討伐は討伐推奨レベル30と高いですが、ミコトはレベル128ですし、なにより魔物討伐系の限定解除を持っていますから、魔物討伐系依頼に限っては上級冒険者のように制限はありませんしね」


「あー。えーと、確か本来なら下級冒険者は自身の等級と同じかそれ以下の依頼しか受けられないのを、俺は魔物討伐系に限り、等級を無視して受けられる、だったよな?」


 アイウィック氏の説明で、そこだけはなんとなく理解できた部分を口にすると、よくできました、というようにディアは微笑みを浮かべ、


「はい。そういうことですね。ついでに私も昨日はできなかった薬草採取の依頼を片付けておこうかなと、まあそんな感じです」


「……? 昨日できなかったって、でもここはあの〝黒き森〟とは別の場所だぞ?」


 いま俺達がいる王都南の森は昨日ディアと出会った〝黒き森〟という名称らしい場所とはまた異なったところにある森だ。


 それなのに依頼──こちらの流儀に合わせるとクエストと言うらしいそれを受けていいのか? と疑問する俺へ、ディアはこう告げた。


「問題はありません。確かに一部では〝黒き森〟でしか採取できない素材もありますが、そちらはクエストではなく個人的なものでして、クエストの分はこちらの森でも採取できます」


「ほう、個人的……?」


 ディアの言葉にそう俺が疑問を浮かべるがディアは答える気がないのか、さっさと森の奥へと進んでいくので、俺もそんな彼女の背についていく。


「私は、この近辺で素材の採取を行っておきますので、ミコトは【一角狼ホーン・ウルフ】の討伐を頑張ってください。終わったらまた合流いたしましょう」


「おーう、了解」


 と、そこまで答えて、しかし俺ははたと一つ気づき、ディアの背に視線を向ける。


「……なあ、ディア。いま気づいたんだけど、もしかして君は俺を体のいい護衛に……」


「さあ! 素材採取を頑張りますよ~!」


 わざとらしく大声を上げてディアは近場の木に突っ込んでいくので、俺は一つ呆れたため息をつきつつも、さて、と【探査】の術式を使う。


「えーと、【一角狼ホーン・ウルフ】は額から角の生えた狼みたいな魔物? だったっけ」


 ディアから教えてもらった【一角狼ホーン・ウルフ】の見た目はそのような感じらしい。


「でも、魔物って形で検索しても、たぶん引っかからないよなあ。とりあえず【妖魔】で【探査】して、見た目がそれっぽい感じのを探すか」


 言いながら、俺は【探査術式】を発動。


 対象を【妖魔】にして、見た目がそれっぽいのをとりあえず半径250リージュほどの範囲で調べてみた俺は、しかし【妖魔】単位での反応の多さに、うげぇ、という表情をする。


「250リージュ範囲でも軽く千体ぐらいいるじゃねえか。とりあえず、見た目がそれっぽいのを探さねえとなあ」


 めんどくせえ、と思いながら俺は額から角が生えた狼っぽい形状情報を持つ【妖魔】を探して──そして案外近くにそれを見つける。


「お、こいつか」


 およそ直線距離で100リージュほどの距離。


【情報強化】を纏って走れば、十秒とかからずたどり着ける位置にそいつらはいたので、俺は舌なめずりをして体の方向をそちらへと向ける。


「ディア~! ちょと【一角狼ホーン・ウルフ】を見つけたから、狩ってくるわ~!」


「あ、はい。お気をつけて!」


 手を振って走り出す俺の背にディアがそう言ってくれるのを聞きながら俺は森を駆け、そしてしばらく行った場所で七体ほどの影があるのを見た。


 灰色の毛並みをした狼の集団だ。


 だが、本来の狼とは違い、その瞳は赤く染まっており、ディアの言う通り額からは鋭く伸びた槍の穂先のような角が生えている。


「あれが【一角狼ホーン・ウルフ】か……!」


 叫んで、俺は杖剣を鞘から引き抜いた。


緑小鬼ゴブリン】と違い、一応初見の相手なので油断せず武器を構えた俺に総勢七体の【一角狼ホーン・ウルフ】どもも気づき、こちらへとその額の角を向けてくる。


「ハハッ! いいだろう、俺ののんびりだらだらした生活のための礎となれ──‼」


 そんな微妙にカッコつけているようで、カッコつかない言葉を叫びながら全力疾走。


 とりあえずもっとも直近の【一角狼ホーン・ウルフ】に肉薄すると、構えた剣を下段から斜め上に向かって逆袈裟に振るう。


 いきなり接近されてその【一角狼ホーン・ウルフ】も反応できなかったのだろう。


俺の斬撃に顎からかちわられて、顔を一刀両断された【一角狼(ホーン・ウルフ)】がそのまま黒色の靄となって霧散するのを見届け──同時にそれは起こった。


「うお──⁉」


 黒き靄を叩き割って飛び出す角。


 仲間の死をものともせず、むしろそれを利用する形で奇襲してきた【一角狼ホーン・ウルフ】の根性に俺は感心しつつも、全力の回避。


 そうして鋭い槍の切っ先を避けた俺は、同時に魔力を熾して【雷撃】の魔法を放った。


 鳴り響く轟音。


 空気を引き裂き、走った電撃が俺を貫こうとした【一角狼ホーン・ウルフ】の尻に突き刺さり、そのまま全身を駆け巡ることで膨大な熱量を発生させたことで【一角狼ホーン・ウルフ】が爆発四散する。


 だが、それに安堵する暇もなく、今度は背後と左右の三方向から同時に【一角狼ホーン・ウルフ】どもが吶喊を仕掛けてくるではないか。


「……こいつら、賢い……⁉」


 あの【緑小鬼ゴブリン】どもとは大違いだ。


 ただただ一体ごとに突撃してくるだけだった【緑小鬼ゴブリン】どもに対して【一角狼ホーン・ウルフ】は仲間と高度に連携して攻撃を加えてくる。


 所詮は獣と侮っていれば、やられるのはこちらだ。


 脳裏でそう判断しながら俺は軸足を右から左へ変える。


 そのまま勢いを殺さず、俺は右足で勢いよく地面を蹴ってぐるりと一回転。


 一閃。


 円を描くように振るった斬撃は第二種攻性術式【断風】を纏い、その間合いと威力が延長され、三方から突っ込んでくる【一角狼ホーン・ウルフ】どもを撫で切りにする。


 そうして計五体の【一角狼ホーン・ウルフ】を倒したわけだが、そこで終わるほど相手は甘くない。


 ──UHOOOOOOONNNNN‼‼‼


 鳴り響く遠吠え。


 仲間の大半を失った【一角狼ホーン・ウルフ】の一体がそんな咆哮をあげると同時に、森の奥が震える。


 そう思った時には四方八方から加須切れないほど大量の【一角狼ホーン・ウルフ】が飛び出してきた。


「ああ、もう! 面倒くさい‼」


 叫びながら、俺は魔法を発動。


 使用する術式は【属性強化・雷】だ。


 自分の肉体を構成する情報構造上に〝雷の概念〟を宿すことにより、紫電をその身にまとった俺は、そのまま剣を周囲へと向かって振るう。


 俺の肉体同様に【属性強化】で雷を纏った剣は、それをさらに【断風】によって増幅拡張され、莫大な電撃をまき散らしながら、残りの【一角狼ホーン・ウルフ】どもに直撃した。


 爆発四散。


 四方八方から吶喊してきていた【一角狼ホーン・ウルフ】どもが雷を纏った斬撃を受け、たまらず爆ぜて、霧散する中、それでもしぶとく生き残った数体の【一角狼ホーン・ウルフ】を見てたまらず舌打ち。


「チッ! まだ生き残っているのか!」


 そう言って剣を構えようとした俺だが、しかし意外にも【一角狼ホーン・ウルフ】はその場で踵を返し、そのまま森の奥へと向かって走り去っていくではないか。


「あっ! ちょっ、待てや、ゴラァ‼」


 さすがに逃がすのは猟兵としての矜持が許さない。


 そう思ってとっさに追いかけようとしたが、その前にガサリと言う音と共に声が響く。


「……ミコト? どうしたんですか、ずいぶんと激しい戦闘音がしましたが……?」


 振り向くと、そこにはディアがいた。


 彼女の声に振り向いている間に【一角狼ホーン・ウルフ】には逃げられたので俺は、やれやれ、と言いながら彼女へと答える。


「いや、予想以上に多くの【一角狼ホーン・ウルフ】がいてな。そいつらの対処に手間取った」


「予想以上に多くの……?」


 首をかしげるディアに俺は、ああ、と頷きながら、ふと気になって【探査】を発動する。


 形状情報は憶えているので、あとはそれを頼りに周辺を精査。


 とりあえず半径500リージュ範囲を調べた俺は、その反応の数にギョッと目を見開く。


「うそ、だろ」


「……? どうしましたか、ミコト」


 首をかしげてこちらを見るディアに俺は、えーと、と頬を掻きながら、


「いや、その。俺の魔法でこの森にいる【一角狼ホーン・ウルフ】の数を調べたら……ざっと百体ぐらいの反応が返ってきたんだけど」


 俺の言葉に、その場でピシリと固まるディア。


「なん、ですって……?」


 愕然とした表情でそう言葉を漏らすディアに、俺も困ったように頭を掻く。


「いやあ、まいった、まいった。十数体って話だったのに実は百体だったなんてな~」


 あはは、と笑って見せるも、しかしその場の空気は変わらない。


「いやいやいや! なにを軽く言っているですか、ミコト⁉ ひゃっ、百体⁉ そんなのもう冒険者ギルドどころか騎士団すら動員するほどの脅威ですよ⁉」


 確かに、あの【一角狼ホーン・ウルフ】どもはなかなか厄介だ。


 一体一体の強さは【緑小鬼ゴブリン】と似たり寄ったりだが、【緑小鬼ゴブリン】にはない知恵がある。


 元の世界で猟兵として数多くの魔獣と戦ってきたから断言できるが戦術をもって人間に挑みかかってくる獣など脅威以外の何者でもない。


 だから、俺はガリガリと頭を掻きながら、それでも対処するためにその言葉を口にした。


「とりあえず──森でも焼くか?」


 そう告げた俺の言葉に、はい? とディアは顔を引きつらせるのだった。

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