1章第17話 異世界猟兵と広域殲滅魔法

「──森を焼くぅ⁉ あなた、本気で言っているんですか⁉」


 ギョッと、目を見開いてこちらを見返し叫ぶディアに俺は、落ち着け、と手を前へ出す。


「待て待て、ディア。いまの比喩表現だ。比喩表現!」


 そう言ってディアをなだめようとする俺を、しかし彼女は訝し気な眼差しで見やってきて、


「……本当ですか? レベル128なんて化け物級の実力を持っているあなたですから、本当は森のすべてをそこにいる【一角狼ホーンウルフ】などの魔物ごとすべて吹き飛ばせるのでは……?」


 まあ、できなくはないが、それをここで言うとややこしなる。


 なので、代わりに俺はディアへこう告げた。


「いいか、ディア。俺がやろうとしているのは実際に森を焼き払うってわけじゃない。そんな環境破壊は俺も望まないしな。俺がやろうとしているのは魔物だけを殲滅する魔法だ」


「……具体的には?」


 いまだ疑わし気な表情でそう問いかけてくるディアに、俺は頷いてそれを答える。


「第一種攻性術式──広域殲滅魔法を使う」


「……あの、私の聞く限り、その魔法とやらはかなり物騒に聞こえるのですが……?」


「まあ、本来は対集団用──具体的には600人の武装した兵士を殲滅する魔法だからな」


 大隊を、と言いかけたがこちらの文明がどれほどのものかわからないので、とりあえず無難にそういう風な説明をすると、ディアはますます顔をしかめて、


「そ、そんなものをいまからぶっ放そうと?」


「まあ、そういうことだな」


 そう俺は神妙な表情で頷き返しつつ、とはいえ、とも口にした。


「でも、問題が一つあって。いくら魔物だけを狙っても周囲への被害はゼロにできないんだよなあ。そのせいでこの森にいる俺達以外の人を巻き込むのも嫌だし……」


 そう懸念する俺に、しかし意外にもディアはそれを否定する。


「それは、大丈夫じゃないでしょうか」


「……? 大丈夫って、それはいったい」


「ここは魔物が跳梁跋扈する南の森ですからね。周辺地域の地元民ですらもほとんど来ませんし、唯一来訪する冒険者も森の中ではほとんど狩りをせず、そのまま【迷宮ダンジョン】へ直行するでしょうから、これほどの森の奥へ来る方はほとんどいらっしゃらないと思います」


 ディアの言葉に、なるほど? と俺は頷く。


「そういうものなのか。うん、だったら第一種攻性術式を使っても構わないかな」


 言って、それでも念のために、と俺は【探査】の術式を放った。


 一応、対象は第四次生命の高位知性種を想定。


 これは、この世界特有の知的生命体がいた場合などを考慮しての対応だったが、しかし予想に反して周囲には人類らしい人類の反応はなく、まさにディアの言う通りこの森には百を超える【一角狼ホーン・ウルフ】以外に存在しないようだ。


「うん、これだったら」


 すぅ、と息を吸った。


 そうして全身の状態を整えながら、俺は静かに、しかし激しく燃え上がるよう魔力を熾す。


 魂魄内の魔力回路から装填された魔力が、魔導師回路を駆動させ加護機アライメントの補助を受けながら術式を演算していく。


 巨大な規模の術式だ。


「………ッ」


 他の魔導師と比べても、圧倒的に多い俺の魔導師回路がその八割までを全力駆動させ、ようやっと構築されていく術式。


 そうして術式が構築され、あとは【回廊】を通して世界に転写するだけ、という状況になった、まさにその時。


 ──目の前に表示枠が飛び出てきた。


《広範囲攻性術式の使用を確認。術者は【探査】を行い、範囲内の安全を確保してください》


 加護機の安全機構が俺の広域殲滅魔法に反応してそういう風な文面が書かれた表示枠を出すので、俺は先ほどの【探査】結果を加護機の霊子頭脳へ上奏。


 そうして表示枠に腕を叩きつけるような形で割り、それを認証として術式を発動させる。



 ──第一種攻性術式【遡りの群雷アターネレ・スティンガレクス



 頭上、そこで光が走り、巨大な幾何学模様を描く。


 魔法陣だ。


 巨大な魔法陣が空中へと転写され、そこへ事象改変力を固定。


 俺から投射された膨大な魔力が魔法陣で区切られた範囲に広がり──そして雷雲を起す。


 魔法陣によって生成され、内部に膨大な電子を蓄えた黒雲。


 それはすぐさま超高圧高熱量の雷と化し、いまにも直下へと落ちようとするが、だがそれではただ眼下の光景を爆撃するだけになってしまう。


 ゆえに俺はこの術式にもう一つ別の仕組みを組み込んだ。


 類感呪術的な作用によって森の中に潜む総勢百を超える【一角狼ホーン・ウルフ】達に呪いを付与。


 呪いの種別は因果律の操作。


 もっと具体的に言えば『雷が落ちた』という因果を狼の魔物達へ付与することにより、因果律を逆転させ、本来なら無差別落ちる落雷を必中の一撃へと変貌させる。


 落ちた。


 総勢百を超える狼たちに合わせて、同様に百を超える落雷の群れ。


 それが轟音と目を潰すほどの閃光を咆哮させ、俺達の目の前に巻き起こる。


「───」


 隣にいたディアが、なにか悲鳴のようなものを上げていたが、あいにく大量発生した落雷の轟音にかき消されて聞こえない。


 代わりに俺は自分とディアを範囲に含めて【防壁】を展開させることで落雷の余波により起こった電子の爆発と閃光を防ぎつつ目の前の光景を見やる。


 たっぷり十秒ほど落雷が続いた後、唐突に雷は止まり、頭上を覆っていた黒雲も風に散らされ消え去ったことで森が静寂を取り戻す中、俺は【探査】を使い、周辺を精査。


 結果【一角狼ホーン・ウルフ】の群れが全滅していることを確認して、それに安堵の一息を吐いた。


「ふう。討伐完了ッ!」


 一仕事やり切った満足を顔に浮かべた俺へ、しかしディアは抗議の叫びをあげる。


「なにが討伐完了、ですか⁉ いまのデタラメな現象はいったいなんです⁉ ものすごい量の雷が森に降ってましたけど⁉」


 まさにものすごい量の雷を発生させたわけなのだが、それを理屈として語ると長くなるので、俺は代わりに少女へ落ち着けと言うように両腕を前に出し、


「まあまあ、ディア。これで依頼は達成したことになるんだろ? あれ。でもそれってどうやって証明するんだ? まさか、魔石を一個一個拾いに行かないといけないのか……?」


 森の比較的奥側へと密集していたとはいえ、それでもかなりの広範囲に散っていた【一角狼ホーン・ウルフ】の魔石を一つ一つ回収するのはひどく手間だ。


 ディアに手伝ってもらっても数時間は余裕でかかるだろうと、げんなりしだした俺に、しかしディアは律儀にこう答えを返した。


「そこは大丈夫だと思います。冒険者タグには魔物を倒すとその魔素を吸収し、倒した数を記録する機能がありますので。ギルドで認証すればすぐに確認が取れますよ」


「あー、魔石を換金した時にディアが言っていたのはそういうことだったのか」


 魔素……というのはおそらくこの世界の魔物と呼ばれる存在を倒した時に霧散するあの黒い靄のようなもののことだろう。


 総納する俺へ、しかしディアは話を戻すというようにゴホンと咳払いをした。


「とはいえ! 魔石は魔石で立派な換金対象です! 可能な範囲でも倒した【一角狼ホーン・ウルフ】の魔石を拾いに行きますよ、ミコト!」


 またもや、お金に対する異常な執着を見せ、そういまにも走り出しそうな雰囲気のディア。


 そんなディアへ、しかし俺は呆れた声を出す。


「おーい、ディア。拾いに行くのはいいが、君、場所をわかっているのか?」


 俺の問いに、はたしてディアはピタリとその場で固まった。


「……ミコト。魔石の場所を教えなさいな♪」


 それはそれはいい笑顔で言ってきたディアに俺は意味もなく脱力する。


 本当にお金のことになると表情が変わる彼女へ、俺は顔を引きつらせながらも、はいはい、と頷いて自分の目の前に表示枠を出した。


「この地図の範囲に書かれた場所に魔石が落ちているはずだ」


 言って【探査】の結果と照合して、俺の魔法により倒されたであろう魔物の位置を表示枠の地図上に出した俺だが、しかし返ってきたのはディアのギョッとした眼差しだった。


「み、みみミコトっ? それはいったい……⁉」


 ディアの顔を見て、俺は遅れて自分が彼女の前で初めて表示枠を使ったのを思い出す。


 いや、正確には先ほども魔法を行使する直前で表示枠を出したのだが、位置関係的にディアには見え辛い場所だったし、それに一瞬だったのでディアもわからなかったのだろう。


 だが、こうして表示枠を改めて出したことでようやくその存在を認識して顔を引きつらせるディアに俺はどうしたもんか、という表情を浮かべて、


「これは表示枠レベート・フェーアっていうやつだ。あとは気にするな。地図上の場所にいけば、魔石がある」


 それだけを端的に告げた俺だが、しかしディアは困り顔を浮かべる。


「……その、ミコト。この空中に浮かぶ半透明な紙や、詳細な地図についてはいろいろと言いたいこともありますが、いくら私でも初めて渡された地図を読んで目的の場所にいけるほど器用な性質たちではありませんよ?」


 言われて見ればそれもそうだ、と思いつつ俺はもう一つ表示枠を出して《霊子情報保管庫》の項へと飛ぶ。


 ずらりと並んだ項目の中から、一つ選択してそれを霊子情報体から物理存在へ実体化。


 そうして掌に落ちてきたのは俺が持つ加護機にもよく似た機械だ。


 いや、これもまた加護機なのだが、俺が持つそれとは違って魔導師用の補助機能が省略された代物で、主に魔導師用加護機を持ち込めない場所へ持っていくための予備機であった。


 それを俺は開き、出てきた表示枠をいくらか操作して設定を行うと、そのまま自身の目の前で起こった現象が理解できず目を白黒させているディアへ向かって投げる。


「ほら、ディア」


「わっ、わわ……!」


 いきなり投げられた機械を慌てたような仕草で受け取るディア。


 まるでお手玉のように掌の上で何度か跳ねさせつつ加護機を掴むと、彼女にとっては常識外だろう機械をまじまじ見やったのちにディアは困惑の表情をこちらへと向ける。


「あ、あの。ミコト、渡されたこれをどうしろと?」


 ディアがそういうのはわかっていたので俺は使い方の説明を口にした。


「さっきの俺がやったことは見てただろ。それを開いたら俺がいま出している表示枠と同じものが二つ現れるからそれを確認してくれ」


 言うと、ディアは恐る恐るという調子で、渡された加護機を開く。


 俺が言った通り、ディアの目の前には二つの表示枠が飛び出てきた。


「わっ!」


 驚いたような声を出したディアは、おっかなびっくりと言う様子で表示枠に視線を向け、


「……これは、ミコトが出しているのと同じ地図、ですか?」


「そうだ。その中心部に赤い点があるだろ? それがいまのディアの……というよりもディアが持つ加護機の現在位置だ。その点に三角形の矢印があるのがわかるか? それがディアの向いている方角になるから──」


「──この地図の各所に表示されている魔石の方向に合わせて走れば、魔石がある場所にたどり着く、というわけですね?」


 きらり、と目を輝かせて言うあたり、本当にディアはお金が絡むと人が変わるなあ、と思いつつ、俺はそうだと彼女へ頷き返した。


「んで、もう一つの表示枠は、押せば俺へと通信が繋がるものだ」


「つーしん?」


 どうやら通信の概念が分からないらしいディアに俺は、あー、と声に出す。


「こりゃあ、論より証拠だな。少し離れるからここで待っていてくれ」


 言って俺は走り出し、ディアからは見えないし声も届かない位置まで行くと、そこで通信画面を開いて、俺の予備機へと通信を向ける。


 通信は問題なくつながった。


「やあ、ディア。通信状況は良好かな?」


『わっ! その声はミコトですか⁉』


 音声のみであるがディアの声が返ってきて、俺は自分の頬が自然に緩むのを感じる。


「そうだ。これが通信な。詳しい原理はいま語ると面倒くさいから省略するぞ」


『は、はい。わかりました。とりあえず、この表示枠? というやつを出して押せば遠くにいてもミコトと話せるのですね?』


 異世界人と言えどもさすが若者と言うべきか。


 ディアの高い理解力に感心しながら、俺は頷き返し、そして最後にこう締めくくる。


「んじゃあ、今日はこのまま魔石を拾いに行くか。お互い拾った分は自分の分ってことで」


『ほう? ならば、競争ですね! 一つでも多く稼いだら勝ち、負けた方がご飯をおごるということでどうでしょうか!』


 なぜか賭け事が始めたディアに俺は苦笑しつつも、わかった、と頷く。


 なんとなく彼女に毒されているな、と思いつつ、しかし気分は不思議と悪くなかった。

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