1章第18話 異世界猟兵とお叱り
めっちゃ怒られた。
「──いいですか、冒険者ミコト。あなたが神のごとき異能を使えることはわかりました。さすがレベル128。三桁台にも達するレベルともなればあれぐらい児戯といってもいいほどのことなのでしょう」
こんこん、とそう俺に告げてくるのは冒険者ギルドの職員であるアイウィック氏だ。
冒険者ギルドに帰ってくるなり氏に捕まって、そして連れ込まれた奥の会議室。
そこで俺を正座させ、眉を吊り上げた表情で怒りを露わにする氏は、しかし冷静に言う。
「ですが! だからと言って無断でぶっ放さないでください⁉ 【
なんでも俺の広域殲滅魔法を目撃して、一騒動起こったらしい。
「すわ、災害級の魔物が現れたのか、とか、あるいは魔族が攻めてきたのかと王都は上から下への大騒ぎ! 王族まで動いて、冒険者ギルドは緊急事態体勢一歩手前にまで至りました!」
そこに呑気な顔をした俺と魔石を大量に獲得してホクホク顔のディアが帰ってきて、ようやっとヘンリックの森で何が起こったのかが判明したわけである。
「……えーと、百体以上の魔物がいたので、すぐ対処した方がいいかと思いまして……」
「だったら! 報告に戻る、という選択肢もあったでしょう⁉ 我々冒険者ギルドとて本来の総定数を超えた魔物に遭遇し、撤退することとなっても懲罰など与えません!」
もっともだ。
あまりにももっともなことなので、俺も反論はできない。
「……いやあ、その。対処可能だったので、つい……」
あはは、と誤魔化し笑いを浮かべながら言ってみると、アイウィック氏はにっこり笑って、
「対処可能なのと、対処していいは、まったくの別問題ですよ、冒険者ミコト」
「ハイ。マッタクモッテ、ソノトオリデス」
すごーい、人の笑顔ってこんなに怖くなれるんだあ~。
遠い目をしてそう現実逃避をしていると、アイウィック氏もいい加減叱るのは疲れたのか、はあ、と嘆息を漏らして眉間を揉む。
「まったく。まあ、いいでしょう。今回の件については、時間をさかのぼって私が当ギルドの新人に対処を依頼していた、という形にして上へと報告いたします」
「……? そういうのっていいんですか、アイウィック氏」
つまり俺がやったことは、事前に冒険者ギルドから頼まれていたことで俺個人が勝手にやったことではない、ということにしてくれるとアイウィック氏は言ったのだ。
「それぐらいしなければ、上のご老体方や王族の方々が納得しませんよ」
「……ですが、それではアイウィック氏にも迷惑がかかるのでは……?」
「かかりますね。事前報告を怠った件で注意を受けるでしょう」
「いや、注意って……!」
さすがに俺も顔を青ざめさせた。
やむを得なかったとはいえ、周囲を騒がせたのは完全に俺の責任だ。
それをアイウィック氏に迷惑をかけてまでしりぬぐいをしてもらうなど、言語道断。
だからこそ、そのようなことはしなくていい、と言いかけて、しかしアイウィック氏は腕を前に出し、俺の発言をとどめる。
「いいですか、冒険者ミコト。百を超える魔物の群れなど本来ならば、冒険者ギルドどころか国の騎士団すら動員して対処する問題です。それが表面化するよりも前に解決したということは褒められることであって、責められることでは決してあってはならないのです」
ありません、ではなく、あってはならない。
その言い方から氏が思っていることを察して、俺はそれ以上発言せず口をつぐんだ。
代わりに、俺は無言で頭を下げると、アイウィック氏はその顔に苦笑を浮かべる。
「まあ、こういう形で迷惑がかかるので、今後は軽はずみな行動をしないように」
「はい。今度やるときは事前に報告させていただきます」
真面目腐った顔でアイウィック氏に誓う俺に、しかし氏は欲しい言葉ではなかったのか、その顔を引きつらせると、頭痛を覚えたような仕草で額を押さえる。
「……できれば、そのような事態は二度とない方が嬉しんですがねえ……」
はあ、と本日何度目かの氏のため息。
「まあ、いいでしょう。ほら、今回の件はこれで終わりです。依頼の褒章や魔石等の換金は終わり次第、あなたの口座に振り込んでおきますので、今回は帰りなさい」
「はい、アイウィック氏。本日はご迷惑をおかけしました」
そう言って俺は氏の前から辞する。
会議室を出たのち、一階の広間に戻ると、そこにはディアが待ち構えていた。
「あ。お叱りは終わりましたか?」
「ああ、終わったよ。ったく、今日はとんだ一日になった」
女神から俺は実は死んでいたといわれて落ち込んで、しかしディアのおかげで再起し、そこから彼女に連れられて冒険者ギルドに行ったら不良冒険者に絡まれて、さらになんやかんやあって試験を受けることとなって、これまた不良冒険者を叩きのめした。
そうしてようやっと受けた初めての依頼では、百を超える魔物がいたから、と第一種攻性術式をぶっ放したらお叱りを受け羽目に。
怒涛の一日、というのはまさにこのことを言うのだろう。
元の世界で送っていたよりも濃い一日に俺はドッと疲れを感じる。
「ふわあ、早く帰って寝てえ」
「それはダメです」
あくびを漏らす俺に、しかしディアがそう告げてくる。
あ? と彼女へ視線を向けた俺が見たのは、ディアの真剣な眼差しだ。
「ミコト。忘れたんですか? あなたは私にご飯を奢る義務があるのです」
「あー、そういえばそうだったな」
ディアとしていた賭け事。
魔石を多く拾った方が勝ち、というあれに、結局こちらが負けてディアへとご飯を奢ることになっていたのをいまさらながらに俺は思い出す。
「……つっても、俺はこっちの飯屋なんて知らないぞ。奢れというなら奢るが、ディアが飯屋に案内してくれないと、困る」
「その点はわかっていますのでご安心を。きちんと行くべき場所は決めています」
ついてきてください、と言って踵を返すディア。
それに、仕方なく俺はあくびを噛み殺しながらついてくのだった。
☆
「──ちっくしょうが……‼」
そんな荒れた声を出すのは、いましがた懲罰房から解放されたグラム・スコットウィンだ。
悪態と共にすぐそばの民家前に置いてあった植木鉢を蹴り飛ばすグラム。
その表情は完全に怒気へと包まれていて、乱雑に髪をかき乱し、怒りのままに叫ぶ。
「俺が除名だと⁉ ふざけるんじゃねえよ‼」
グラムは、つい先ほど冒険者ギルドから除名処分を受けた。
せっかく二級冒険者まで上り詰めたというのに、それもすべて無へと帰したのだ。
「クソ、クソ、クソ……‼ すべてあのガキのせいだ! あのガキが現れなかったら、こんなことにはならなかったんだ!」
もともとグラムは下級冒険者の中でも指折りの実力者だった。
レベルは22と高く、これは現在王都ギルドに所属する下級冒険者の中で第三位にあたる。
第二位はディアだが、彼女は三級冒険者だし、活動が不定期で上からは評価されていない。
下級冒険者第一位の〈狂狼〉ハウル・ウォーガンに至っては、獣人族ということもありギルド上層部からは猜疑の目を向けられているのをグラムは知っていた。
ゆえに実力では第三位といえども、実際には下級冒険者の中で最も評価されているのは自分自身である、という自負がグラムにはあったのだ。
王都ギルドを拠点とする〝星持ち〟の上級冒険者達が不在のいまはなおさらに。
「ちょっとギルド内で騒ぎを起こしただけで、どうして除名なんだよ⁉ 前だって女を少し口説いただけじゃねえか! それがどうして、こんな目に……⁉」
実際には、依頼人である女性を無理やり組み伏せようとした、というがのその時の真実なのだが、幸いにして他の冒険者が寸前で止めたことと、多量の酒を飲んでいた、ということもあり冒険者ギルド側が取り直してなんとか場は納められた。
だが、依頼人から依頼を受けて仕事を全うする冒険者がその依頼人に暴力を振るいかけたという事実は、ギルド側も重く見ており、グラムには次になにか問題を起こしたら重い処分を下すと厳重な注意を受けていたのだ。
しかし、それをグラムは軽くとらえていた。
いまの自分はギルドで最も評価されている人間だから、そんなことできるわけがない、と高をくくっていた、ともいう──にも拘らず、
「ああ、ああああ! あのガキが現れたせいだ! なんだよ、レベル40⁉ 俺よりも上だって⁉ 嘘だ、絶対に嘘だ! あのガキはズルをしているに決まっている‼」
黒髪のいっそ細身な印象を受ける子供だった。
ミコト・ディゼルというらしい、その子供のせいでグラムは何もかもをなくした。
そんなことは受け入れられず、だからズルだと叫ぶグラムだが、しかし同時に彼は今日行われたあの少年との決闘を思い出す。
一瞬にして接近してきた少年。
こちらが振るった剣を難なく受け止めて、あまつさえ叩き込まれた攻撃は、法術だったのか、あるいは別の何かか……いずれにせよ気づいたらグラムは気を失っていた。
あれが、もし実戦だったら、そう思うと身が震える自分がいることにグラムは気づく。
「……くそ……」
つく悪態も弱々しい。
額をかきむしり、自分の中に現れた弱気こそに苛つく、と言わんばかりに怒りを浮かべ、それを誰でもいいからぶつけて発散してやりたい、と内心で思うグラム。
そうして叫び、喚き散らして街を歩く彼は──
「ォォォォオウイ……」
突如、グラムの手首をつかみ上げる存在があった。
いきなりの事態にグラムはそれまでの怒りを忘れて、ギョッとそちらへ視線を向ける。
「なんだ、テメェ……⁉」
グラムが見やった先には、自身の手首を万力のごとく握りしめる細枝のような腕があった。
全身をぼろきれのようなマントで覆い、あまりにも前傾した首は、折れているのではないか、という風な錯覚をグラムに与えさせた。
そんな幽鬼のような人物がグラムの腕を、つかみ上げながら言う。
「ォォォオマエ、イイなあァ。わァかるぜェ。怖いんだろォ?」
「───」
その言葉にグラムは訳も分からず息を飲んだ。
たいしてその人物は、まるで死者の国から響いているかのようにかすれた、おどろおどろしい声音でグラムへと話しかけてくる。
「妬ましいィ、よなァ。羨ましいィよなァ? 若いって、ズルいィよなァ……?」
「な、にを……?」
言ってやがる、というその言葉がしかしグラムの喉から出ない。
なぜ自分はこんな怪しい人物の話を聞いているのか、そうグラムのまだ残っている理性的な部分が訴えるが、しかしグラムは目の前の人物から目が離せられなかった。
それを、まるで理解している、というように頭をゆすり、その人物は言う。
「ォォォオマエさあァ。もうかなァりの歳だろォ? そォろそろォ、衰えも感じているんじゃあ、ねえかァ……? なあァ」
「ち、ちがっ」
とっさに否定を口にするが、しかしぼろきれを纏う人物はその首を横へと振って、
「違わねえよなあァ。お前はさあァ、衰えてェいるんだよなあァ。かァらだ、動かしたらさァ、今までェよりもォ、動きがァ鈍く感じるんじゃァねえかよゥ……?」
違う、まだ自分は若い。
まだまだ戦える、呼吸だってきちんと使えている。
「でもよゥ。もォうレベルって言ったかァ? それェ、上がらねえェんだろうォ?」
「………ッ」
とたん、グラムは顔をひきつらせた。
この人物が言っている通りだ。
もうここ一年ずっとグラムのレベルは上がっていない。
なんど測定しても、レベル22から一つたりとて数値が上昇しておらず、だからこそここ最近のグラムはひどく荒れていたのだ。
「わァかるぜェ。衰えってェのはァ、それェだけで怖ァいよなァ? 恐ろしいィよなあァ?」
そこで、ひひッ、と笑ってその人物が顔を上げた。
そうしてグラムが見たのは、一つの角。
捻じれ螺旋を描くように巻かれた一本角がその人物の額から延びている。
「……ッ! 魔族⁉」
とっさにグラムは剣へと手を伸ばす。
目の前にいる男は本来なら大魔帝国にいるはずの魔族──それも〝角持ち〟と呼ばれる上級魔族であった。
魔族を前にして、グラムは切り捨てるべく剣を引き抜こうとする。
〝角持ち〟と呼ばれる上級魔族は許可なく人類圏に立ち入ってはならない。
もしそれが確認された場合は、即座に殺処分を行ってもいいというのが、人類圏と大魔帝国が交わした盟約である。
だから、冒険者として目の前の魔族を切り捨てるのは、当然のこと。
当然のこと、なのに──でも、なぜかグラムは剣を引き抜くことができない。
「な──」
愕然と固まるグラムへ、魔族の男はその不健康なまでに痩せた──しかし瞳だけは爛々と輝きを放つその顔でグラムを見やり、
「強ォくなりてェ、よなァ? もっと上ェへ、行きてェだろォ?」
冗談じゃない、俺はそんなことを思っていない。
そういうだけのはずなのに、しかしなぜかその言葉をグラムは口にできなかった。
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
代わりにグラムは荒い息を繰り返し、目の前の魔族を引きつった顔で見やる。
たいする魔族はニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべて、グラムを見返すと、
「だったらァ、さあァ……」
ポツリと、一言。
かすれた声音で、しかしなぜか振り切れないその言葉を魔族は言う。
「俺の手ェ、取ってェみねえェかァ……?」
まるでこちらを誘うように。
あるいは底なしの沼へ引きずり込むように。
ぐにゃり、といっそ嫌悪すら抱くほどのいびつさで弧を描き笑う魔族。
「───」
そんな魔族を前にして、凍り付いたように固まるグラム。
ふと、グラムが見やった民家の窓。
そこに写る自分の顔は、しかし緩く弧を描くように引きつっていた。
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