1章第10話 異世界猟兵のレベル

 そうして俺が案内されたのは、受付奥にある間仕切りで仕切られた場所だった。


「──さて、ディゼル様は冒険者になられたいとのことですが」


 自己紹介もそこそこに冒険者ギルドの男性職員──アイウィック・ドウというらしいその人物は、丁寧に撫でつけた髪の下でにっこりと愛想笑いめいた笑みを浮かべながら言う。


「はい。そうなりますね」


 椅子に座りながらそう告げる俺に、アイウィック氏は、さようで、と頷いて、


「実力はさきほど見せていただきました。ディゼル様に絡んだ愚かも……ごほん。えー、冒険者グラムは、素行こそ問題がありますが、当ギルドでも指折りの実力者。それを腕一本で天高く放り投げるあなたの実力は最低でもレベル30を超えているのでしょうね」


「30にはとどまりませんよ。なんたって彼は、あの【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】をほぼ単独で討伐してのけてますから」


 そう口をはさんできたのは、なぜかついてきたまま我が物顔でこの場に居座るディアだ。


「はい? 【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】、ですか?」


 ディアが告げた言葉に、アイウィック氏が眉をひそめて見返すので、ディアは、ふふん、と鼻を鳴らすと背負っていた自身の法術鞄を置き、そこから抱えるほど大きな魔石を取り出す。


「これが証拠です」


「なんと……!」


 まじまじとした視線で机の上に置かれた魔石を観察していたアイウィック氏は、その視線をそのまま俺の方へと向けて、驚愕に目を見開いたまま告げる。


「この魔石。これほどの大きさのものとなると、まさに【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】級の魔物から摘出されたものに違いありません。ディゼル様、本当にあなたがこれを?」


「ええ、まあ。そうなりますね」


 あの【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】とかいう黒い獣を倒したのが俺だという意味なら、そうだし、その【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】からこの魔石が採れたという意味でも同様だ。


 だから肯定を返した俺に、アイウィック氏はなるほど、と頷いて。


「失礼ながら、ディゼル様のレベルを伺ってもよろしいでしょうか?」


「は、え?」


 レベル? レベル、とはなんだろうか? と目を白黒させる俺に、しかしアイウィック氏は別の意味で受け取ったのか、ああいえ、と体の前で両の掌を振り、


「もちろん、レベルをお隠しになりたい、というのなら無理は言いません。ですが、当ギルドは現在人手不足でして、お強い方であれば誰でも採用したい。上の者を説得するためにも、どうかあなた様のレベルを教えていただけませんでしょうか?」


 ひどく、うやうやしい態度でそう問いかけてくるアイウィック氏なのだが、しかし俺から言わせるとそんな彼の態度こそが困惑の源であった。


「……あの、そもそもなんですけど。レベルってなんですか……?」


 純然たる疑問としてそう問いかける俺に、アイウィック氏は、は? と目を丸くし、それは隣に座るディアですらも同様の表情なので、どうやら俺はとんでもないことを聞いたらしい。


「……失礼。もしやディゼル様は、ご自身のレベルを知らない?」


「いえ、それどころか、そもそもレベルという概念すらわかりません」


 申し訳なさを覚えて、後頭部を掻きながらそう告げる俺に何とも言い難い表情をアイウィック氏は浮かべ、そんな氏へディアが横合いからこう告げる。


「そのアイウィックさん。ミコトは、精霊の悪戯でつい最近この国へ来たばかりなのです。もともとはこの地の人間ではないので、レベルを知らないのも無理はないかと」


 ディアが発した言葉にアイウィック氏はなおも怪訝でありながら、なるほど、と頷き、


「……レベルの概念を知らない国、というのは私も人類圏では聞き及んだこともありませんが、まあ私も世界のすべてを知るわけではありません。なかにはそういう場所もあるのでしょう。ならばミコト様。一度ご自身のレベルを測定してみませんか?」


「は、はあ。そのレベルとやらは、そんなすぐに測定できるものなのですか?」


 そもそもレベルがなにか、というのが分からないがとりあえず話の腰を折るわけにもいかないので、そう問いかけると、笑みを浮かべてアイウィック氏は首肯した。


「測定そのものはすぐにすみます。少しお待ちを。レベル測定器をもってきますので」


 言って席から立ち上がって間仕切りの向こうへと消えたアイウィック氏。


 その間に隣で座ってすまし顔をしているディアへ、俺は問いかけを発した。


「すまない、ディア。そもそもレベルってなんなのか教えてくれないか?」


 確かあの森で出会った時からディアが〝レベル〟という言葉を使っていたのは、俺も何となく覚えているが、その時は彼女の使う言葉の意味が分からなくて、聞き流してしまっていた。


 あの時のディアはレベルという言葉と数字を合わせて使っていたから、なにかしらの基準のようなものなのだろうが、具体的なところは俺にもわからず問いかけたその言葉に、ディアはちらりと視線だけでこちらへと振り向いてきて、それを口にする。


「そうですね。私も説明しにくいのですが、しいて言うのならば冒険者ギルドや教会が定めた強さの基準……みたいなものでしょうか?」


「強さの基準?」


 俺の言葉に、ええ、と首を縦に振るディア。


「だいたい普通の成人男性がレベル5ですね。たいして一般的な冒険者がレベル7~15ほどで、特定武術の達人がレベル30。レベル50を越えるとなるともはや人類の域を超越したとされ、基本的に勇者様などの特別な方のみが達しうるとレベルとなります」


 あいにく俺には勇者様というのがどのような存在かはわからないが、それでもおおよその基準としてはなんとなくの理解を得た俺は、なるほど、と頷き。


 ちょうどその時、アイウィック氏も帰ってきた。


「お待たせしました。こちらが、レベル測定器となります」


 彼は一抱えほどもある小箱を持ってきており、それを机の上に置くと蓋を開け、そして中からなにやら掌の紋様がかかれた石板のような機械と太く巻かれた紙が付属する印刷機? だろうか、そのようなものが二つ一体となったものを取り出す。


「ディゼル様のレベルを測定しますので、こちらの石板に左右どちらでもよろしいので掌を置いてください」


 アイウィック氏に言われて、俺はとりあえず、掌の紋様が右手を象っていたので右手のほうを差し出し、石板に重ねる。


 すると俺の魔導師としての感覚が石板上で魔力が動いたことを知覚し、そう思った時にはアイウィック氏の手元にある印刷機がなにやら細長い紙を吐き出した。


「ありがとうございます。あとはこちらでレベルを確認させていただきますね」


 言って氏は印刷された紙を引きちぎり、その紙面へと目を向け、


「な──」


 ギョッと目を見開いたまま固まるアイウィック氏。


 そのまま数秒動き出さない氏に、俺とディアは困惑の表情を向けたが、遅れてそれに気づいたらしい氏が取り繕うようにわざとらしい咳払いをした後、こちらへと振り向き、


「失礼。どうも測定にエラーが出まして。お手数ですが、もう一度計測をお願いします」


「は、はあ……?」


 エラーとはどうやら失敗という意味らしい、と思いながら俺はアイウィック氏に言われるまあ石板にもう一度掌を乗せる。


 そうして再度吐き出された紙を素早く切り取った氏はまた紙面を見て硬直した。


「……いやはや。少しお待ちください。別の測定器を持ってきます」


 言って立ち上がる氏。


 さすがに異様な状況になって俺はディアと目を見合わせた。


「なんなんだ……?」


「さ、さあ? 私にもわかりかねます」


 そんなことをディアと言いあっていると予想よりも早くアイウィック氏が戻ってきて、また別の測定器を机の上に置く。


「たびたび、申し訳ありません。こちらの測定器はつい最近購入したものですので、不具合を起こさないと思います。これが最後ですので、どうか測定をお願いいたします」


 本当に申し訳なさそうな表情でそう言われたら言えることも言えず。


 仕方ないので俺は三度目となる測定のため、新たな測定器の石板へと掌を重ね、


「───」


 そうして吐き出された紙を見やって、今度は無表情に押し黙るアイウィック氏。


 さすがに氏の異様な雰囲気にたまりかねたのか、眉尻を吊り上げたディアが、氏をみやりながら問いかけを発する。


「あの。さきほどからなんなのですか? ミコトのレベルになにか問題が?」


「え、あ。はい、すみません。いえ、問題と言えば問題なのですが……」


 困惑した表情で、それでも愛想笑いを浮かべてこちらをみやってきた氏は、観念するように自身が持つ紙を俺達へと見せてきた。


 なにやら多量の文字が並んでいるその紙にはどこをどう見ればどういう情報が読み取れるのか俺にはさっぱりわからないが、横に座るディアは、この紙を読み取れたらしく、それを一目見て、先ほどの氏と同じくギョッと目を見開く。


「な──⁉」


「ん? えっと、ディア。なにかわかったのか?」


 俺が困惑しながらそう問いかけるとディアは、信じがたいというように紙を見やったまま数秒固まり、しかしゆっくりと顔を上げると、そのままアイウィック氏が持つ紙の一点を指さしてこう告げてくる。


「ここをご覧ください」


「……すまない、ディア。指をさされても俺にはそこに書かれている文字が読めないんだ」


 彼らと会話するため常時発動している【思念話】という術式は、相手の言語野に感染呪術的な術式を転写して、一種の念話により会話を成立させている。


 しかしそれはあくまで知性を持つ人間が声に発して成り立つ言語により成立するものであって、こういった文字情報に関しては魔法を使ってもさっぱり俺には理解できないのだ。


 だから困惑もあらわにそう告げた俺に、ディアは神妙な表情で頷くと、そこに書かれた情報をいっさいの感情を廃した淡々とした口調で読む。


「いいですか、ミコト。ここにはこう書かれています──『レベル128』と」


「ほう……?」


 レベル128。


 ディアが言うには、レベルというのはその人が持つ強さの基準みたいなものであるらしいので、つまるところ俺はこの世界の基準で三桁に達するほどの強さを持っているらしい。


 レベル50が人類の限界を超えたというほどなのならば、その倍以上であるこの数値は、なるほど、かなり大きいのだろう。


 大きいのだろうが……、


「レベル128って、そんなにすごいことなのか?」


 問いかけた俺に果たしてディアとアイウィック氏は信じがたいものを見る目を向けてきた。


「本気でいっているのですか、ミコト⁉ レベル128ですよ! 128!」


「いやはや。正直に言って驚いた、としかいいようがありませんね。現状人類圏で最強とされる〝青の勇者様〟でもレベル82です。それを優に40は超えるとは、いやはや」


 いやはや、いやはや、と何度も繰り返すアイウィック氏に、どうやら俺のレベルとやらはディア達から見て規格外なほど高いということを俺も察する。


「なるほど、俺のレベルは結構高いのか」


 うんうん、と頷きながら言う俺にもはや疲れたような表情となってこう告げてくるディア。


「高いといいますか、もはや化け物です。ミコト、実はあなた魔王とかではありませんよね?」


 呆れたようにそう告げるディアに、俺はムッとした表情を浮かべた。


「失礼な、俺を【魔王種】と同じにしないでくれ。俺は人類だぞ。あんなでかくてクソうざったい魔獣の王様と同じ存在では断じてない」


 猟兵としての矜持がそう俺に言わせたが反射的にそう言い返したが、しかし俺の言葉が理解できなかったのだろう、きょとん、とした表情を浮かべるディアとアイウィック氏。


「……ミコト、【魔王種】とはなんでしょうか……?」


 怪訝にそう問いかけてくるディアに、いまさながらここは別の世界だったと俺は思い出す。


「えーと、全長500リージュ……この建物百個分ぐらいの大きさを持つ、魔じゅ──いやこっちでは魔物っていうんだったか? そんな感じの奴だよ」


 なにげなく俺がそう告げると、ディアは顔を引きつらせ、アイウィック氏も唇を引き結んだ表情で俺を見やってきた。


「……それは、この国の基準では災害級と呼ばれる魔物ですね。失礼ながら、ディゼル様。あなたはそのような魔物と戦ったことがあるので?」


「え? あ、はい。両手の指で数えきれないほど倒してきました」


 大規模魔獣災害では【魔王種】も大量に出てきたので、俺は本当に数えられない数、あれら【魔王種】の魔獣を魔法で消し飛ばしたのだ。


 それを思い出しながら告げた俺の言葉に、しかしディアとアイウィック氏は絶句する。


「は、えっと。倒した? いま倒したと言いましたか、ディゼル様」


 びっしりした雰囲気に似合わず間抜け面でそう問い返してきたアイウィック氏に、俺はつとめて真面目な表情で頷き返す。


「はい、倒しました。【魔王種】を」


 そうして場に下りる沈黙。


 しばし黙ったのち、復活したアイウィック氏が、顔を引きつらせながらもこう言う。


「これは、逸材……なのでしょうか?」


 いや、なんで疑問形?

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