1章第9話 異世界猟兵と冒険者

「──俺が、冒険者……?」


 突然ディアから提案されたことに俺が戸惑いも露わに呟くと、横に座るディアは、ええ、と頷き返してきた。


「もともとあなたには職がありません。国許ではどうだったか知りませんが、いまのあなたはれっきとした無職ですね」


「……無職……」


 なぜか妙にぐさりっと心に突き刺さる言葉を吐きながら、ディアはそう告げると、俺の前で人差し指を立てて、こう言葉を続けた。


「なによりあなたは私に1000コールの借金をしています。一日たったので、利子分も含めるとあなたは私に1010コールを返済する義務があるのです」


「ちょっと待て⁉ 一日で百分の一にあたる利子って暴利がすぎるだろ⁉」


 いまどき反社が経営する金融機関でもそんな暴利はないぞ、というぐらいの利子を科してきたディアに俺が目をむいて抗議するも、しかしディアは知らぬ顔だ。


「その借金を返すためにも、あなたは働かないといけないのです。しかしここは王都。この街にある手工業系のギルドはだいたい縁故がなければ徒弟を採用しませんので、どこにいってもロクな仕事にありつくことはできませんよ」


「世知辛いなあ、おい……」


 うすうす察していたが、この世界はどうも俺が元居た世界の旧暦時代にも似た文明社会を築いているらしい。


 歴史の授業で習った程度の知識だが、この手の世界は縁故がものを言う。


 少なくとも異世界人の吾では行商人であってもなるのは難しいのだろう。


 そんなこの世界の事情を懇切丁寧に語ってくれるディアは、その上でこう告げてきた。


「ですが、そんなあなたにも今すぐなれて且つ天職といえる職業があります」


「それは?」


 答えはわかっているが、一応礼儀としてそう聞くとノリノリなディアは、ええ、と頷いて、


「それが冒険者アドベンチャラーです。あの討伐推奨レベル47に達する【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】を容易く討伐することができるあなたならば、冒険者ギルドももろ手を挙げて歓迎することでしょう」


 ふふん、となぜか自慢げに笑ってそう告げるディアに、俺もなるほどなあ、と返事をする。


「確かにディアの言う通り、いまの俺がなれる職業は冒険者とやらしかないんだろう。でも、ディア。それで俺はのんびりだらだらとした生活を送れるほどの大金を稼げるのか?」


「大丈夫ですよ、あなたの実力ならば。私が保証します。あなたは一年後、世界に名をとどろかす一流冒険者となっていることでしょう」


 まるで神託を告げる巫女のようにそう請け負うディアに俺は組んだ膝の上で頬杖をつきながら、ふうん、と気のない返事を返す。


「ま、ディアがそこまで進めるんだったら冒険者ってのになってみるかね。どうせこの世界で生きていくなら手に職付けないといけないしな」


 そこまで言って、しかし俺は自分の言葉に自分で笑ってしまう。


 ──この世界で生きていくなら、か。


 さっきまであれほど絶望していたのに、気づいたらこの世界で生きていく覚悟を決めていた自分自身の単純さに俺は自分が自分でおかしくてククッと喉を鳴らす。


 それもこれも、隣に座る少女の影響だ。


 彼女が親身になって話を聞いてくれたから──いや、彼女とあの森の中で出会うことができたから、俺は元の世界に戻れないと知ってもなお、この世界で生き行こうと決められた。


「……うん。そう思うと、感謝しかないな」


「……? なにかいいましたか、ミコト」


「いいや、なにもいってませーん。こちらの話でーす」


 先ほど少女にやられたことのやり返しとばかりにそうふざけた口調で告げる俺に、ディアはむっ、とした表情を返したが、しかしなにも言うことはなく。


 代わりに首を横へと振って、その場から立ち上がるディア。


「それではミコト。まずは冒険者ギルドに行ってみましょうか」


 振り向き、促してくる彼女に俺も、やれやれ、と首を振りながらついていくのだった。



 やってきたのは王都でも通行量の多い(と言っても元の世界で見た大都市に比べたらまばらと言っていいぐらいだが)大通りに面した場所。


 そこにある見上げるほど大きな建物であった。


「おお、なかなかに大きいな」


 建物自体の階数はおそらく5階程度だろう。


 10階建ての高層建築も珍しくなかった元の世界に比べたら低いといってもいい建物であるが、その代わり横幅に関しては元の世界の建造物にも負けず劣らず広い。


 外観は、どことなく帝都にある築何百年という感じの市役所にも似て、赤煉瓦を積んで建てられた近現代的なその雰囲気は古めかしくても目を楽しませてくれた。


「ここが、冒険者ギルドなんだな?」


「はい。そうなりますね」


 頷きながらディアは、開けっ放しになっている冒険者ギルドとやらの建物の玄関をくぐる。


 俺もその背を追う形で中へと入ると予想に反してそこには広大な空間が広がっていた。


 三階層分の天井が取っ払われた吹き抜け。


 最奥には役所のそれにも似た受付が並んでおり、反対側には掲示板? だろうか、なにやら紙がいくつも張られた板が列をなすように立てられていた。


 そんな掲示板のようなものの反対側には、一転して多くの椅子や机が並べられていて、その上に乗る料理やお酒といったものを見るに、どうやらあの部分は飲食店となっているようだ。


「へえ、中はこんな風になっているのか……」


 きょろきょろ、と周囲を見やってそう俺は物珍しく呟きを漏らす。


 ディアが猟兵と似たような職業というだけあって、確かにそこを行く人間はほとんど屈強な体格をしたものばかりだ。


 むしろ俺やディアのようにどちらかと言えば細身な体格をした人間は少なく、だからこそ入ってきた俺達をむくつけき男達はジロリとした眼差しでみやってくる。


「……なんだ、あのガキ……」


「おい、見ろ。隣にいるの〈妖精の射手エルフィン・スナイパー〉じゃねえか」


「うお、マジだ……! あの女。ほとんどのパーティの誘いを断ってるくせに男を連れてくるなんてどういう了見だ、おい」


「でも、あの男、なよっとしているぜ。俺が一発ぶん殴れば気絶してしまいそうじゃねえか」


 ……【情報強化】を展開しているので強化された聴覚がそのような声を拾ってしまった。


 同様に男達の会話を聞いたのだろうディアが、しかめっ面をしているので、俺は問うかどうか迷ったが、それでも気になってしまったので一つ言葉を口にする。


「……〈妖精の射手エルフィン・スナイパー〉?」


「……気にしないでください、戯言です」


 それだけ言うと、ツカツカとした足取りで奥の方へと向かうディア。


 だが、そんな彼女を男達は逃してくれはしないようだった。


「おーい、〈妖精の射手エルフィン・スナイパー〉。なあんだ、彼氏連れか? けっ、色づきやがって、ここは冒険者ギルドだぞ~。乳繰り合うのなら外でしやがれっての!」


 ふらり、と俺達の前に立ってそう告げるのはお酒でも飲んだのか顔を真っ赤にした男。


 上半身に革製の鎧を身にまとい、腰には剣を下げた男の姿が目の前に立ちはだかったのに、ディアはつとめて無表情を作りながら振り向く。


「どいてくださいませんか? 邪魔です」


 端的に、しかし愛想の欠片もなく言い捨てたディアの言葉は男の怒りを買ったようだ。


「あぁ~⁉ いまなんつったぁ⁉」


「ですので、どいてください、と言いました。通行を邪魔しないでください」


 淡々とただ要求だけを突き付けるディアの言葉に、男は眉を逆立てて彼女を睨み、


「──なっ。顔がいいからって、調子乗ってじゃねえぞ、このクソアマ‼」


 言って男が手を伸ばした。


 そのままディアの顔を頭から掴み上げようとする男の挙動は、さすがに俺にも目に余る。


「はい、ごめんなさいねえ」


 言葉を挟み込みながら、俺は横合いからディアの前に出て男の腕をつかみ上げた。


 そのまま片手の動きだけで関節を決めて、男に膝をつかせる。


「……う、がっ……⁉」


 腕をひねり上げられ、激痛に顔を歪めた男はそれでもこちらへの怒りが収まらないのか、膝をついた姿勢のまま、その顔を酔っている以外の理由で真っ赤にして俺を睨む。


「おい、ガキッ! テメェ、なにをしやがる! ギルド内で冒険者同士のいざこざはご法度だって知らねえのか⁉」


 自分がいまディアにしようとしたことを棚に上げてそんなことを叫ぶ男に俺は冷ややかな眼差しで彼を見下ろし、はあ、と一つ嘆息したうえで、


「あ、そう」


 ブンッ──と、そんな音を立てて男の体が放り投げられる。


 三階層分の吹き抜け──およそ7.5リージュといったところか。


 男の体格が、頭半分俺を見上げる程度だったことを考えると120クレーロほどだろうから、その身長の5、6倍ほどの高さまで放り投げられた格好だ。


「!!?!?!」


 いきなり天高く放り投げられて男もなにが起こったのかわからなかったのだろう。


 叫び声すらあげられず、空中で目を見開く男は、そのまま重力に従って落ちてくるので、


「ほいっと」


 とりあえず魔力を熾し、【落下速軽減】の術式を使って地面ギリギリで男の落下を止めた俺は、器用に術式を操作して、丁寧に男を地面に下ろしてやった。


「……な、え……⁉」


 地面に座り込んだ男は、いまだ自分の身に起こったことが理解できないのか、目を白黒させており、そんな男へ俺は膝をついて目線を合わせながら語り掛ける。


「すまないけど、俺は冒険者じゃねえんだわ。だからご法度とやらも関係ないの」


 俺がそう告げると、途端に男は酔いが覚めた、というように顔を青ざめさせる。


「な、は──⁉」


「──す、すみません、お客様‼」


 唐突な叫び声。


 振り向くとむくつけき男達にあふれたこの場にあって、唯一例外的にびっしりと服装を整えた男性が駆け付けてくるのを俺は見た。


「……あー、えっと?」


 首をかしげて俺が見やる先で、その男性は俺の前にくるとぺこぺこと頭を下げる。


「冒険者の方ではないにもかかわらず、当ギルドの組合員が大変なご迷惑を……! お客様には我がギルドを代表して謝罪させていただきます……‼」


 言って男性はいまだ座り呆ける男に鋭い眼差し向けると、周囲の冒険者に声を張り上げた。


「おい、そこの阿呆を懲罰房に連れて行け!」


 男性の命令に答えるようにして数人の冒険者が、やれやれ、という風に首を振りながら出てきてそのまま男を両脇から掴み、無理やりに立たせる。


「はあ⁉ おい、なにをすんだよ‼」


「なにをって懲罰房に連れて行くんだよ」


「こりゃあ、降格処分は確実だな。お前、この前も依頼人にからんで問題起こしてただろ。いくら酒癖が悪いからって、さすがに何度も問題起こされたらギルドもかばえねえって」


 そんな風にやり取りしながらずるずると引きずられていく男。


 俺が茫然とその光景を見やっていると、ポンッと肩を叩かれた。


 ビクッとしながら振り向くと、そこにはやはり身長の高い筋骨隆々とした男性が。


「よう、坊主。なかなかおもしろいものを見せてもらった。スカッとしたぜ!」


 それだけ言うとヒラヒラと手を振って去っていく男性。


 そんな俺を見て周囲の人間も、ある者は俺を見てニヤリと笑い、またある者は驚愕に目をむきながら、俺を見ており、


「え、あいつ。あのグラムの野郎を投げ飛ばしたのか……⁉」


「おいおい、こりゃあやべえやつが来たぞ。あの不良、仮にもレベル20越えの実力をもってるから手が付けられなかったのに、それをあっさり制圧するなんて」


「……えーと」


 周囲が噂話に興じるのに俺がどうにもいたたまれない気分となって、背後へと振り向くと、そこにいたディアは、しかし俺から顔を背けて、その口元に手を当てていた。


「……っ。……ぷぷ!」


 どうやら笑っているらしい。


「えーと……」


 もう一度同じことを呟くと、なにかを察したらしい目の前の男性──冒険者ギルドと呼ばれるこの建物の職員だろうか? が、にっこりと笑って、こちらへと振り向くのを俺は見た。


「お客様。本日はどのような御用でしょうか?」


 そんな男性職員の言葉に俺がなんと言おうか迷っている間にようやく笑いを止めたディアが一歩前に出て、そして俺に変わってこう告げる。


「彼は冒険者になりにきました。私の紹介として手続きをお願いいたします」


「そういうことでしたか。ならば、最優先でお受けいたします」


 こちらへどうぞ、と職員が促すので俺は何が何だかわからない表情を浮かべるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る