1章第5話 異世界猟兵と法術

「──それでは【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】の魔石は私の法術鞄にしまいますがよろしいですね?」


「……ん。あ、ああ。よくわからないけど、そうしておいてくれ」


 あの漆黒の獣──彼女が言うには【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】というらしい【妖魔】(?)から落ちた魔石を少女が自身の背負い持っていた鞄にしまうところだった。


 比較的小柄な彼女に合わせて作られたとみられる鞄は、とてもではないがそれなりの大きさはある魔石が入るようには見えず、俺は困惑を浮かべたのだが、少女はそんなことも気にせずに魔石を鞄の中へと収納する。


 しかし意外にも魔石は鞄の中へとするする入ってき、そのまま収納されるので俺は両目を見開いたまま固まってしまう。


「……その鞄は見た目以上に物が入るんだな」


 空間拡張は現代魔法における難関の一つなのだが、それをあっさりと実現しているように見えるその鞄に俺は何とも言えない表情を浮かべ、対する少女はそんな俺の態度が不思議だというような眼差しでこちらを見やってきた。


「……? ご心配なく。この法術鞄には空属性の法術がかかっていますので、見た目より多くの物が入ります。この程度の魔石なら容量のうえでも問題ありません」


 また意味の分からん単語だ。


「……空属性? ってなんだ?」


「はい? なんだもなにも法術の属性に決まっているではありませんか」


 当たり前のことでしょ? というようにきょとんとこちらを見やってくる少女だが、残念ながら俺にとってのあたりまえに彼女が告げた言葉は含まれていない。


「……すまないが、俺もその法術? ってのにあまり詳しくないんだ。可能な限りでいいから教えてくれないか?」


 少女を見やって、そう問いかけると、少女はしばらく何か言いたげな表情をした。


 それでも律儀に俺の問いかけに答えてくれる当たり根はやさしい少女なのだろう。


「法術というのは詠唱をもって精霊に誓願し、その力を貸してもらう異能のことを言います。他の異能としては魔族の〝魔術〟がありますが、それはここで語ることではありませんね」


 つらつら、と少女が解説してくれたことを俺は、自分の知識と照らし合わせて読み解く。


「あー、つまり。精霊術の一種ってところか? でも、詠唱? ってのはなんなんだ?」


 いや、大昔の古式魔導師も魔法を行使する際には呪文を唱えたという。


 あるいはそういう類の話だろうか、と思ったのだが、少女は本気で俺のほうへと怪訝な眼差しを向けてくるので、俺は慌てて体の前で両手を振った。


「すまん。いまの発言は忘れてくれ」


 言うと、少女はしばらく俺の方を見ていたが、しかしそこからは何も言うことはなく、代わりに魔石を収納した鞄と武器なのだろう小銃を片に背負う。


 木製の曲銃床を持つ、どこか古めかしい形態の銃だ。


 それのことも気になるが、ここで聞いて彼女の機嫌を損ねるわけにもいかず、機会があれば後で聞こうと俺が思っていた時、ぐるりと首を巡らせて少女がこちらへと振り向いた。


「さて。私は森を出ようと思いますが、あなたはどうなさるので?」


「あ。えっと……」


 どうするべきか、俺は一瞬迷ったが、しかしここでまごまごとしていても仕方がないので、言葉を選びつつ、俺は少女へとこう告げる。


「その。君の迷惑じゃなかったら、街まで案内してくれないか? 見たらわかると思うけど、俺はここら近辺の人間じゃない。信じられないかもしれないけど、いつのまにかここにいて、いま自分がどこにいるのかもわかっていないんだ」


 できる限り真摯な態度でそう告げる俺に、しかし少女は意外そうに思った風もなく、ふーん、というなんとも感情の読めない返事を返した。


「……やはり、あなたは精霊の悪戯に会った方だったのですね」


「精霊の悪戯……?」


 俺の問いかけに、うん、と頷く少女。


「あなたがいたところではそう言いませんでしたか? いままでいた場所から突如、遠い場所に転移させられる現象を私達の国では精霊の悪戯と呼ぶのですが」


「なるほど、そういうことか」


 どうやら俺の状況は珍しい現象ではないらしい、と知って一安心しつつ、俺はそれで、と少女の方へと振り向いた。


「街までの案内を頼んでいいかな?」


「まあ、命の恩人ですし。今回は特別に無料タダで道案内を請け負いましょう」


 ひょい、と肩をすくめてそう告げた少女は、下ろしていた魔法鞄? とやらを背負って、


「では、ついてきてください。とりあえず街道に出る場所まで案内しましょう」


「あ、ああ。ありがとう。えっと……」


 そう感謝する俺だが、しかし、そこで俺は彼女の名前を知らないことに気づく。

 俺が押し黙ったことで、少女もようやく自分が名乗っていないことを悟ったようだ。


「ああ、私はディアと言います。苗字はないので、呼び捨てで構いません」


「わかった。そういうことなら俺もミコトでいい」


 お互いそう自己紹介しながら俺は少女──ディアの背について森の中へと入っていった。



「──そういえばミコト。あなたは猟兵だといってましたが、それはどんな職業なのですか」


 森の中をしばし歩いていると、ディアがそんなことを問うてくる。


 おおかた、ただ森歩きするのに飽きて雑談をしようと思ったのだろう。


 俺も暇だったので、それに乗ることとした。


「基本的には魔獣……えーとさっき戦った【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】だったか? あんな感じのやつを討伐することが主な職業だな」


「……ずいぶんと冒険者に似た職業なのですね」


 俺の言葉にディアがそう返してきたので、えっと、と俺は戸惑いを浮かべて、


「冒険者ってのはなにかわからないが、猟兵は基本的に駆除業者だな。依頼があれば金額次第でどんな魔獣でも討伐するよ。ああ、あと俺はそっち方面をあまり受けていないんだが……犯罪者の確保とか事件の捜査とかも請け負っている猟兵もいるらしい」


 賞金稼ぎや探偵、と言おうとしてそれがこちらの世界にもある概念かわからなかったので、できる限り平易な単語を使って俺はそう自分の職業を解説する。


「では、やはり冒険者と同じです。私達も魔物の討伐はもちろん、時に犯罪者の捕縛なども請け負いますので」


 ディアの言葉に俺は、へえ、と頷き返した。


「ディアはその冒険者ってやつなのか」


「ええ。王都ギルドの3級冒険者をしています。下級ではありますが、レベルは27で。ふだんはこの森などで魔物狩りをしていますね」


 ギルドとか、レベルとか言われても俺にはなにがなんなのかわからないが、話の腰をおるのもあれなので、ふうん、と相槌を打ちつつディアを見る。


「魔物ってのは、さっきの【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】とかと同じやつのことか?」


 てっきりあの黒い獣は【妖魔】の類だと思っていたが、どうやらこちらの世界ではまた異なる分類で呼ばれているらしいと思いながら問いかける俺にディアは首肯を返した。


「はい。といってもいつも【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】のような討伐推奨レベル40越えの魔物と戦っているとは思わないでください。今回はしくじっただけで、普段は【緑小鬼】などの討伐推奨レベル10ほどの魔物を亜体にしておりますので」


「へえ、そうなのか」


 俺からすれば【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】とかいう魔物は、正直に言っていつも戦っている魔獣と同じくらいの強さなのだが、世界も違えば、そこらへんの事情も違うらしい。


 ただ、それは指摘せず、代わりに俺はディアの言った言葉で気になったことを問いかけた。


「……【緑小鬼ゴブリン】ってなんだ?」


 首をかしげて俺がそう問いかけるとディアは何か言いたげな表情をしていたが、それでも、やれやれ、と首を振りながら質問に答えてくれる。


「緑色の肌をした子供ぐらいの背丈をした魔物ですよ」


「緑の肌って……ああっ! もしかして〝緑の人〟か!」


 あの一番最初に出会った緑の人型妖魔が【緑小鬼ゴブリン】というらしいと知って俺は声を上げる。


 一方のディアはそんな俺の言葉に、珍妙な表情を浮かべて振り返った。


「……み、〝緑の人〟?」


 呟いてその場で座り込むディア。


 まさか歩いているうちに傷が開いたのか、と焦った俺だが、見やった彼女の肩が震えているのが見えて、どうやら笑っているらしいと気づく。


「〝緑の人〟とは……! ご、【緑小鬼ゴブリン】をそんな誌的に表現する人に初めて会いました」


 よほどツボに入ったのか、ディアは口を押えて笑っており、俺の言葉のどこが彼女の笑いを誘ったのかわからず、俺はなんとも言えない表情を浮かべた。


「そ、そんな笑うことか? 【緑小鬼ゴブリン】とかやらを〝緑の人〟呼ばわりしただけで」


「なにを言っているんですか……! 【緑小鬼ゴブリン】というのは一般には女を攫って無理やり犯し、孕ませる凶悪な魔物として知られているんですよ。それを〝緑人〟なんて……!」


 その当の女性が言うのはどうかと思う言葉遣いには言いたいことがあったが、それよりもこの世界における一般的な〝緑の人〟──いや【緑小鬼ゴブリン】の認識を聞いて俺は顔色を変える。


「なにっ。あの【緑小鬼ゴブリン】とかいうやつはそんな邪悪な生態を持っているのか? チッ、それだったらただ殴りつけるだけじゃなくて、本格的に焼き滅ぼせばよかった……!」


 いまからでも遅くない【緑小鬼ゴブリン】とやらを見つけてこの森から根絶やしにしてやる……!

 と、そう物騒な決意をしかけた俺に、しかしディアは、いやいや、と首を横に振った。


「あくまで一般に信じられているというだけで、実際は迷信です。そもそも魔物は繁殖行為のようなものをしませんので。せいぜい攫われたら食料として取って食われるだけですよ」


 なんでもないようにディアは言うが、攫って食料にされるのもずいぶんなことだと思うが。


「なるほど……? じゃあディアは、そのブルンを使って魔物と戦っているんだな?」


 ちらり、とディアが肩に下げた小銃のような武装へと視線を向けてそう俺は問う。


 しかしディアは俺の言葉に、なぜか怪訝な表情を向けてきた。


「ブルン……? いいえ、違いますよ。これは〝長杖ロング・ワンド〟です」

「ろんぐ・わんど?」


 なんだ、それ、と疑問を浮かべる俺に、ディアは肩に下げていたそれを両手に持ち直すと、俺の方へと掲げて見せて、解説する。


「法術を使うための補助具で、ここに〝詠唱符〟を装填し、引き金を引くことで詠唱が行われ瞬間的に法術を発動することができる、という法術師の補助具ですね」


 ほら、と言ってディアが取り出したのは銃弾にも似た形状の金属片だ。


 俺が知っている銃弾に比べて、全体的に細長く、よくよく見れば先端部分と後部が分かれる二重構造になっているのが見て取れる。


「詠唱符の後ろ側には火薬が詰まっておりまして、これが撃鉄によって発火されると、火薬が爆発し、そうして鳴る音を利用して法術への詠唱が行われるんです」


「へえー、なるほどなあ」


 俺の知る銃といえば基本魔法式で、銃弾に直接【加速】系統の術式で運動量を与えて飛ばすものが一般的となっているが、こちらの世界の銃──いや長杖は、火薬式であるらしい。


「──いや、でも詠唱? だったか、それはつまりその長杖ってのを使えば魔法……じゃなくて、法術ってやつを発動できるのか?」


「ええ、そうですね。例えば、このような形で──」


 言ってディアは手に持っていた銃弾──詠唱符を長杖に素早く装填すると、その銃床を肩へとあて、両手で掲げ持つように構えた。


 そのまま銃口にあたる部分を空へと向けたディアは宙へ向かって引き金を引く。


 ドゥアァァァァンンンッッッ‼‼‼ という想像以上に大きな音が響いた。


「うお──⁉」


 あまりにも大きな音に俺は思わず耳を防いでしまう中、長杖の引き金を引いたディアの目の前──そこにその現象は現れる。


 大気中の魔力が揺れ、宙を奔った。


 そう思った瞬間には、俺の目の前で空気の圧縮が始まり、拳大の塊となった圧縮空気に不可視の力場が当てられ、弾かれるようにして加速する。


 一瞬で音速の域にまで達した圧縮空気はそのまま宙を飛翔し──そして空を悠然と飛んでいた不幸な鳥に激突してその頭を弾き飛ばした。


 憐れ、被害者となった鳥はそのまま胴体のほうから地上へと向かって落ちていく。


 ドスンッという音が少し行った先の場所で響いたのを聞いてディアも満足いく結果だったのだろう、その表情は、ふふん、と自慢げだ。


「これが私の得意とする法術【風の弾丸ウィンド・ボール】となります。最大射程は800メートル。その威力は……まあ、ご覧の通りというところでしょう」


 あいにくと800メートルなる単位はどれぐらいのものなのかはわからないが、ディアが使った魔法がどういう種類のものなのかはわかり、俺は若干顔を引きつらせながら、へえ、という返事をディアへと返した。


「……とりあえず、君を怒らせないよう努力するよ」


 俺の言葉になにやら長杖を操作して煙を吹く鉄片を吐き出させているディアは、そこはとなく真面目腐った表情で、こくり、とこちらへ頷くと、


「ええ。そうしたほうがよろしいかと」


 冗談交じりにそう返事を返されては俺も苦笑するしかない。


 そうして銀髪の少女ディアと仲を深めながら俺は森の中を歩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る