1章第3話 異世界猟兵の流儀
〝緑の人〟の駆除を終えた俺は、ようやっと森の探索へと移ることができた。
「本当に見たことない植物ばっかだなー」
うっそうと生い茂る森の中でそんな呟きを俺は漏らす。
緑色の葉を生えさせる木々は一見すると帝国各地の森と似たような感じだ。
だが帝国の森とは似ても似つかない植生の草花ばかりで、元から植物にたいしてそれほど詳しいわけではない俺は、ますますこの場所がどこかわからなくなる。
「……あの〝緑の人〟といい、ほかにも見たことない動物が多いし。ほんとどこなんだここ」
あの後、いくらか小動物を見つけることができたが、どいつもこいつも俺の知っているいかなる動物の種類とも違うものばかりだった。
途方に暮れた面持ちで俺はその場に立ち止まり、頭上を振り仰いでみるも見上げた上空はうっそうと生い茂った木々に覆われてろくに陽光も差さず、なおさら精神をげんなりさせる。
「……加護機の通信機能もなぜか繋がらないんだよなあ……」
俺が有する
加護機の通信は原理上例え相手が星の裏側にようと繋がるはずなのに、開いた表示枠は先ほどから《接続できません》の文字が躍るばかり。
仕方がないので救難信号を発する機能だけ呼び出して俺は通信機能を切る。
「そもそも、俺は目覚める前になにをしていたんだ?」
ふと立ち止まってそんな疑問を俺は抱いた。
そうして俺は過去を追憶してみる。
はたして俺はあの洞窟で目覚める前になにをしていたんだったか──
「………ッ」
ズキリ、と頭が痛んだ。
その瞬間、脳裏によぎったのは魔獣達に囲まれた光景だ。
しかしそれ以上を思い出そうとすると途端に激しい頭痛が俺を襲う。
まるでこれ以上は思い出してはならないと警告されるようで、俺は嘆息を漏らした。
「……だめだな、こりゃ……」
すぐそばの木に背を持たれかけさせて襲ってきた頭痛をやり過ごしながら追憶を諦める。
自分の過去になにがあったのかわからないが、それを思い出してこんな頭痛がする以上、いまは別のことに集中した方がいいと判断したのだ。
「とりあえずは食糧確保からかな」
救助を待つにしろ、自力で脱出するにしろ、まずは食料がなければ生きていけない。
幸い、水源に関しては目覚めた時にいた洞窟に水質がいい水溜まりがあったので、念のために魔法で除染すれば飲み水としても、体の洗浄用としても問題なく使えるだろう。
となると今度は食料だが、あいにくとここは見たこともない植生の森だ。
キノコ類はもちろんのこと木の実なども見たことがないものばかりで、食べられるのか、そうじゃないのか俺にはまったく判断がつかない。
猟兵として物理的な怪我に関しては対処可能な術式も学んでいるが、毒物については完全に医学の分野で、そっち方面の免許を持っていない俺はその手の術式を学んでいなかった。
「となると、野生動物を絞めて肉を採るってことになるわけだけど……」
そちらについても猟兵免許とは別の狩猟免許が必要になる行為だが、現在は緊急事態だ。
生存のため、やむない行為として情状酌量の余地はあるだろう──問題があるとすれば、
「まずは【探査】だな」
言いながら、俺は【探査術式】を発動し、周辺の動物を調べる。
「うーん、ここら近辺にちょうどいい感じの動物がいないなあ」
しかし【探査】した結果は、ほとんどが栗鼠のような小さな小動物ばかりで、兎や鹿、あるいは熊でもいいが、そういう感じの動物が周囲にはいなかった。
「もうちょっと【探査】の範囲を広げるか」
とりあえず、というように俺は半径3グラヴァーレほどにまで範囲を広げた。
これは俺が1分ほどで駆け抜けられる範囲だ。
魔導師ともなれば【情報強化】による身体能力強化と【加速術式】を組み合わせることで、ちょっとした自動車の最高速にも匹敵する速度を出せる。
そんな半径3グラヴァーレの範囲にまで【探査】の網を広げた俺は、その結果として奇妙なものを目撃した。
「……なんだ?」
ちょうど【探査】の範囲圏ぎりぎり。
そこに花畑が広がっていた。
見ようによっては、美しい景色として観光名所ともなったであろう花々咲き誇る場所。
【探査術式】でそれを読み取った俺だが、しかし花畑に見惚れていたわけではない。
その花畑の上。
そこに二つの影がある。
一つは巨大な影だ。
全長3リージュというちょっとした大型自動車にも匹敵する巨体。
はた目には狼めいた四足の獣であるが、しかしその姿は狼と似ても似つかない。
全身を覆うは闇よりなお濃い漆黒の体毛。
その口の間からはねじくれた角のような牙が突き出し、瞳に至っては四つもあった。
とても自然界で成立するとは思えない異形の化け物が、花畑にたたずむ。
そんな化け物とは対照的にもう一つの影は小柄だ。
いや、言葉を飾るのはよそう。
その影──【探査術式】によって得た情報構造は〝人〟であった。
「な──」
人が化物に襲われている。
異形の四足獣を前にしている、おそらくは女性であろう影は、その手に小銃? だろうか、そんな武器を持って、その銃口を目の前の敵に向けていた。
無茶だ、と俺は思った。
女性は俺のような魔導師ではないのか、その身に【情報強化】の類は施しておらず、あまつさえ防護用の装備すら身に着けていない格好で、生身を化け物にさらしている。
たいする化け物はうっすらとその身に魔力を纏っており、ある種魔力の作用を利用した身体強化が行われているのだろう、見た目に反して俊敏な動作で花畑を疾駆していた。
化け物が接近する。
銃を構える女性へと遠慮呵責なく肉薄した化け物が、その強靭な前足を振り上げ、いっそ無造作といえる動作で横殴りふるった。
それだけで女性の体が吹き飛ぶ。
「───」
【探査術式】越しに目にした光景を前に、俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
この光景を俺は何度も見たことがある。
魔獣に襲われた市街地で、逃げ遅れた人が魔獣に殺されるときと全く同じ。
泣き叫び、助けを求めて走ってくる人を目の前で殺された。
あと少しで駆けつけられる、とそう思っていた避難所を魔獣に食い荒らされた。
ばらばらの死体、子供の手足、血まみれの絵本、折り重なった上半身。
そんなものをあそこで何度も何度も何度も見た。
もう見たくないとそう泣きさけべればどれほどよかったか。
俺には関係ないと投げ捨てられればどれほど心が軽くなっただろう。
でも、無理だ。
俺には見捨てられない。
目の前で助けを求めている人を、救いを願っている人を、手を伸ばしてきた人を。
俺は──
「───‼」
気づけば駆け出していた。
【情報強化】は最大出力。
その上で【加速術式】にもありったけの魔力を投入したことで、瞬間的には音速を超える速度で、俺は森を駆け抜ける。
そうして俺が行くのは森の中──ではない。
瞬間、俺は身をかがめた。
そのまま加速の慣性を殺しきらずに大跳躍。
体は一瞬でうっそうと生い茂った森の木々を貫き、そのままはるか上空へと飛翔する。
視界に森の果てにある地平線すらうつるほどの高度まで跳び上がった俺は、さらに魔力を熾して追加の術式を発動した。
使用するのは【飛行術式】だ。
それもいまや誰も使わない重力操作式。
〝前方へと向かって落ちる〟【飛行】によって一直線の軌道を空へと描く。
ほとんど自分の身を砲弾しているも同然の飛行であった。
でも、そのおかげで最短最高の速度で襲われている人の元へ駆けつけられる。
着地。
美しき花畑を、しかし蹂躙するがごとく乱暴な着地によって地面に足をこすりつけ、衝撃は【情報強化】による身体強度の強化任せにすべてやりすごした。
この間わずか0.5秒。
続く0.5秒の最初。
0.1秒めにて俺は顔を上げる。
0.2秒で状況を把握。
0.3秒で右腰の剣に左手を伸ばし、抜剣。
0.4秒になるころには【飛行術式】によって得ていた慣性はすべて地面に吸収された。
そして0.5秒。
「───‼」
裂帛の気勢をもって剣を大上段に構える。
一足一刀の間合いにはすでに漆黒の四足獣がいた。
ならば、あとは振り下ろすだけだ。
「うおおおおおおおおお──‼」
叫び声と共に地面に倒れ伏す女性へと迫っていた漆黒の獣へと剣を振り下ろす。
その横っ面。
不細工な四つの目を持つ顔面へと向けて振り下ろされた剣は確かに黒き四足獣に直撃した。
──GUOOOOO‼
獣の叫び声。
四つあるうち左の二つを一撃で切り裂かれた獣が激痛に苦悶の表情を浮かべる。
ほとんど反射的な動作、といった風に漆黒の獣は襲撃者たる俺から大きく距離を取った。
それを見るやいなや、俺はいまも地面に倒れ伏す女性を獣からかばうような立ち位置に。
ちらり、と見た後方。
そこには地面に倒れ伏す女性がいて全身を傷だらけにしていたが、それでも彼女は意識を失っていないらしく、突然現れた俺を見て呆然とした表情を浮かべていた。
「……あな、たは……?」
凛と澄んだ琴のような声音で発せられる問いかけ。
それに俺は視線だけで振り返りながら、短く答えを返す。
「──猟兵です。安静にしておいてください。いま、終わらせますから」
言いながら俺は剣を構えた。
同時に襲い掛かってくる影。
怒りの形相にその面相を歪め、右側二つしか残っていない瞳でこちらを睨みつけてくるのはあの漆黒の四足獣だ。
前足を振り上げて、獣特有の無造作でこちらを襲う漆黒の獣。
「──甘いな」
しかし俺はそんな攻撃ごときでやられはしない。
目の前に緑色をした半透明の壁が生じた。
俺が展開した第二種防性術式【防壁】だ。
最新鋭戦車の主砲すら受け止めるその壁に振り下ろした前足を阻まれた漆黒の獣が両目を見開き固まる中、俺はそんな隙を見逃さない。
ザシュッ‼
そんな音を立てて獣の前足が切り裂かれた。
斬撃の威力と間合いを拡張する第二種攻性術式【断風】により、振り下ろした前足を切り飛ばされ、痛みから絶叫を上げる漆黒の獣。
片足を失い、すぐにその場から飛びのくことができない獣へと俺は二の太刀叩き込む。
縦一閃の斬撃。
獣を頭から一刀両断するべく振るった斬撃は、しかし予想に反して硬質な感触を返した。
はじけ飛ぶ獣の牙。
ねじくれ、口の端から突き出していた右のそれ以外は全身をひねって辛うじて回避してのけた獣に今度は俺が両目を見開くこととなる。
「こいつ──‼」
驚き、叫んだ俺へと。
獣がその前足を叩きつける。
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