1章第2話 異世界猟兵と緑の人

「人、なのか……?」


 首をかしげて俺は唐突に現れたその人物(?)を見る。


 小柄な体格だ。


 10歳の子供ほどにしかない身長。


 だが人間と同じ手足を持ち直立しているその姿は、なるほど、俺と同じ人にも見える。


 だがその肌は不気味な緑色に染まっており、腰は曲がっていて、また全身に体毛らしい体毛はなく頭は禿げ上がっていた。


 口元から見える黄ばんだ牙と言い、ぎょろぎょろとせわしなく周囲を見やるその眼といい、とても知性を有しているようには見えないが、しかし人型の生命体だ。


 何より、その〝緑の人グーネラ〟とでもいうべき生命体は腰元を布で覆って局部を隠しており、さらには右手に原始的な作りながら武器としての棍棒まで握っていた。


 つまり、最低でも道具を扱うだけの知能を持つということで。


 それは知的生命体たる第四次生命と定義するに十分である要件を備えていると言えよう。


「えーと」


 しかし俺が困惑を浮かべるのは、あいにくと目の前にいる〝緑の人〟のような種族にまったくもって心当たりがないからであった。


 種族と言えば、俺と同じ人間種はもちろん獣人種、龍人種、妖精種……と複数存在しているわけだが、それでも目の前の緑色の肌をした原始人めいた存在は記憶にない。


 そんな突然現れた見知らぬ知的生命体である〝緑の人〟に俺が困惑していると、最初に現れた一人に続くようにして、さらに二人の〝緑の人〟が追加で茂みを割って現れた。


【ぎゃぎゃ】


【ぐぎゃ、ぎゃっぎゃっ】


【ぐぎゃぎゃぎゃ】


 あれは言語? なのだろうか。


 何かしらの方法で意思疎通をしているらしい〝緑の人〟達はしかしどうやら感覚器官が鈍いらしく、すぐそばにいる俺の存在に気づいていないようだ。


 それを理解して俺は少し迷ってしまう。

 目の前の〝緑の人〟は未知の種族ではあるが、最低限知的生命体としての要件は満たしているわけで、もしかしたら言語や動作による交流が可能かもしれない。


 上手くいけば、ここがどこかも聞き出せるだろうし、この〝緑の人〟の集落なり他の種族が住まう街なりに案内してくれるかも、と考えた末に俺は彼らへ話しかけることにした。


 まずは魔力を熾す。


 そうして魔導師回路を励起し、接続された加護機の助けを借りて術式を演算。


 発動したのは【思念話】と呼ばれる術式だ。


 声を媒介にして感染する呪術系の術式で、相手の言語野にたいし直接的に想念を送り込み、それによって起こる脳の錯覚を利用してこちらが喋る内容を相手の理解できる言語に変換し、こちらも同様の手順で相手の想念を受け取ることで全く未知の言語を喋る話者同士でも言語による意思疎通を可能とするという魔法だ。


 それを事前に発動した上で、俺は〝緑の人〟達に明るい声で話しかけた。


「や、やあっ!」


 そう声をかけた瞬間、ピタリッ、と〝緑の人〟達が動きを止め、そしてやたらゆっくりとした動作でこちらへと振り返ってくる。


【ぐ、ぎゃ?】


 いま初めて俺の存在に気づいた、というように目を見開く〝緑の人〟達。


 こちらを見つめ、しばし固まる〝緑の人〟に俺もどう反応すればいいのかわからず額に冷や汗を垂らす中、それでも根気強く俺は彼らへと話しかける。


「こんにちは!」


 とりあえずは挨拶だ、と俺がそう声を発した──その瞬間。


【ぐぎゃあああああ!】


 そんな叫び声をあげて〝緑の人〟の一人が唐突にとびかかってきた。


「うお⁉」


 いきなりの事態に俺は驚いてとっさに回避を選択する。


 そのせいでとびかかってきた〝緑の人〟は俺が元いた場所を横切り、地面をゴロゴロと転がるが、しかし唸り声は止めず起き上がると同時に鋭い眼差しをこちらへ向けてきた。


【ぎぎぎ】


「ちょっと待て! 落ち着いてくれ‼ 俺はあなた方と敵対する意思はない‼」


 そう必死に訴えるが、しかし相手は聞く耳を持たない。


 代わりに向けてくるのは殺気。


 肌を刺すようなその感覚と共に〝緑の人〟がその手に握った棍棒──武器を構えるのを前にして、がちり、と俺の中で何かが切り替わるのを自覚した。


「───」


 スッと目を細める俺の目の前で殺気を放っていた〝緑の人〟は地面に四つん這いとなって身をたわめ、そして勢いよく跳躍した。


【ぎぃやああ──‼】


 絶叫を上げ、再び俺へととびかかってくる〝緑の人〟


 こちらへと突っ込んでくるその影を前に、俺はほとんど反射的な動作で抜き手を放つ。


 そろえた指は【情報強化】による筋力と強度の二種類が強化されており、瞬間的には音速を超える勢いで射出され、空気を切り裂いて正確に〝緑の人〟の腹へと突き立てられる。


 森の中で轟音が鳴り響いた。


 俺の抜き手を受けて吹き飛んだ〝緑の人〟はそのまま止まることなく空中を飛翔し、そうして、すぐそばにあった木に全身を叩きつけられる勢いでぶつかった。


 大木に背中からはりついた姿勢でずるずると地面へ滑り落ちる〝緑の人〟


【……ぐ、ぎゃ……】


 ごふっ、と音を立てて〝緑の人〟の口からどす黒い血のような体液が吐き出される。


 そのまま首は力を失ったように折れ、ピクリとも動かなくなった〝緑の人〟を見て、ようやく我に返った俺は自分のしでかしたことに血の気が引く思いを抱いた。


「そんな──」


 未知なる種族とはいえ第四次生命体たる知性種を殺すのは法律上において立派な殺人だ。


 連日にわたる魔獣との戦闘で殺気に敏感となっていたのが災いした。


 一瞬で戦闘状態へと移行した俺の意識は適格に目の前の〝敵〟を殺傷するべく行動し、まるでそういう機械であるかの如く無意識に襲ってきた〝緑の人〟を殺めてしまったのだ。


「俺は、なんてことを……」


 後悔にそんな言葉が口から漏れ出る。


 しかし今更そんなことを口にしようと、俺が犯した罪はどうしようもなく目の前にあって、


 そうして俺が膝から崩れ落ちかけた──まさにその時。


 ──目の前で黒い靄が生じた。


 俺が殺めた〝緑の人〟の死骸から吹き出す黒色をした靄のような物質。


 それが蒸気のように〝緑の人〟から噴き出したかと思うと、まるで【水分気化術式】を受けた水溜まりのように〝緑の人〟の肉体が霧散していくではないか。


「は──?」


 いきなりのことに理解が追い付かず後悔も忘れてその光景に魅入る。


 そうして黒い靄に変換された〝緑の人〟の肉体は完全に消え失せ、代わりにカランコロンという音を立てて地面になにかが落ちた。


 一粒大の赤黒い色合いをした石のようなもの。


 少し濁っているが宝石にも似た質感のその石からはうっすらと魔力が放たれており、俺はそれを見た瞬間、驚きのあまり目を見開く。


「あれは、魔石か?」


 物質化するほどの高密度の魔力結晶体である魔石。


 それが黒い靄となって霧散した〝緑の人〟の体内から出てきたことで俺は、ああ、と納得したような思いで頷く。


「なるほど」


 そうして俺は残り〝緑の人〟へと視線を向けた。


 どうやら俺は一つ勘違いしていたらしい。


 目の前にいる〝緑の人〟は知性種なんて高等な種族ではなかった。


 あえて、俺の知る分類に当てはめるとするなら──


「──【妖魔】なのか。お前達は」


 汚染魔力が集合し生まれる悪性の霊的生命体。


 それが【妖魔】と呼ばれる存在である。


 通常【妖魔】は、物理事象上で実体化する際に周辺の霊相に刻まれた動植物の〝型〟を取り込んでその動物の姿かたちや生態を模倣するという。


 その中には俺のような人類の〝型〟を取り込んで、人と同じような行動をとる【妖魔】もいると元国家祓魔官であった魔法の師匠から聞いたことがある。


「どうりで、道具を使う知能があるように見えるのに、会話することが成り立たないわけだ」


 あくまで【妖魔】は〝型〟から真似て、その行動を模倣しているだけの存在だ。


 道具を使っているように見えるのもあくまで人という〝型〟の猿真似である。


 実際に目の前の人型妖魔どもには人類種と同じ知能などなく、もちろんだが法律上の要件においても人として扱われることはない。


「あー、よかった。俺は殺人を犯してないんだな」


 そう安堵の息を吐きながら、俺は同時に左腰につるしていた杖剣を引き抜く。


【ぎ、ぎゃ⁉】


【ぎゃぎゃ!】


 周囲に響いた金属質の音に弾かれるようにして、それまで固まっていた緑色の人型妖魔どもも動き出したが──もう、遅い。


「ほんと、運が悪いな──お前達は」


 猟兵とは、金銭を対価に魔法を使って魔獣などの脅威から人々を守る職業である。


 そしてその中には【妖魔】の駆除だって含まれていた。


 だから、そう。


「お前達は、俺の駆除対象だ」


 俺の一歩は、瞬時に目の前の【妖魔】どもへと肉薄した。


 とりあえず直近の一体。


「───」


 気勢はいらない。


 ただ体に染みついた動作そのままに剣を振り上げ、そのまま下段より剣を振るう。


 一閃。


 銀色の剣が奔り抜け、目の前の【妖魔】が抵抗する間もなく、その体を両断した。


 わき腹から胸元、肩にかけて刃が通った【妖魔】の体はそのままずり落ちるようにして裂け──そして先ほどの【妖魔】と同じように黒い靄となって霧散。


 そうしてまたカランコロンと音を立てて魔石が落ちる。


「ふむ」


 呟きながら俺は地面に落ちた魔石へと腕を伸ばした。


 こんなのでも魔力の塊であるので、体内魔力が切れた際の予備魔力源として活用できるので、とりあえず拾っておこうか、と思ったのだ。


「生物性の魔石は変換効率が悪いが、まあないよりはましだろ」


 そう言いながら俺が魔石を拾っていると、


【ぎゃ──‼】


 汚い叫び声の主は、最後の一体である人型妖魔だ。


 悲鳴のような声を上げたかと思うと、そのまま踵を返し脱兎のごとく逃走する【妖魔】


 その姿に俺は、おいおい、と呆れた眼差しを向けた。


「いまさら、俺が逃がすわけねえだろ」


 言って、俺は右手を拳銃の形にして、逃げる【妖魔】の背中に向ける。


 しっかりとその指先を【妖魔】へと向けた俺は、すぅ、と息を吸って魔力を熾した。


 魂魄上の魔力回路から膨大な魔力が湧き上がり、そのまま魔導師回路に装填され加護機の補助を受けながら急速に術式を演算。


 出来上がった術式はそのまま【回廊】を通って物理事象上に転写される。


 ──第三種攻性術式【雷撃スティンガー・ヴァッシュ


 超高圧の電撃に指向性を持たせることで避雷針などを必要とせず一点に向け疾駆する、その電撃魔法が発動すると、それは文字通り光の速さで一直線に逃げる人型妖魔を穿った。


 銃声のような轟音が森の中に響き渡る。


 放たれた電撃が放つ熱量に空気が熱膨張を起して発生した破裂音だ。


 その膨大な熱量はそのまま逃げる人型妖魔にも直撃し、そしてその身を焼き焦がすよりも早く内側から膨張させ──爆発した。


 もはや黒い靄を発生させるまでもなく細かな肉片となって爆発四散した【妖魔】


 代わりに、やはりというカランコロンという音を立てて地面に魔石が転がる。


 それを見て俺は、ふう、と一つ息を吐いた。


「駆除完了──はあ、とんだただ働きだったな」


 やれやれ、と首を振りながら、俺は剣を鞘に納める。


 響いた雷鳴の音が過ぎ去った後の森は、しかし静かだった。

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