1章:異世界猟兵の異世界探訪記
1章第0話 最期の戦い
この戦いが終わったら、しばらくは、のんびりだらだらして過ごそう。
そう、心に決めて魔獣との最終決戦に俺は望んだ。
帝国の辺境部にて突如起こった大規模魔獣災害。
人里にまであふれかえった魔獣の大群は、わずか数日で三万人もの人々を食い荒らし、事態を重く見た帝国政府により軍を動員してまでの大規模討伐作戦が敢行された。
俺──ミコト・ディゼルが所属する猟兵組合もまたそんな魔獣討伐に召集され戦場へ。
『おめえら! 稼ぎ時だ‼ 決して気を抜いちゃあいけねえが、しょせん相手はうすのろな獣にすぎねえ! ガンガン狩って、今年一年は遊んで暮らせるぐらい稼ぐぞ!』
そんなことを言ったのは俺達が所属する猟兵組合の隊長だ。
同僚達から〝おやっさん〟と呼ばれ親しまれていた人で、俺も憎まれ口をたたきながら本当の親よりも親のように慕っていた人だった。
でも、その人は、もういない。
数百を超える魔獣が街へと迫る中、最後の避難列車に乗り込む住民達を守るために死地へと赴き、けっきょく帰ってこなかった。
なにが稼ぎ時だよ、そんな風に言いながらカッコいい英雄みたいな死に方してんじゃねえよ。
口ではそんな悪態をついてみたが、しかし内心ではぽっかり穴が開いたように虚しくて。
でもそんなおやっさんが命をかけてでも守ったものを俺も守るために戦った。
イリスが死んだ。
俺よりは五歳ほど年上の大学生で、それでも魔導師としてはかなりの腕前を持つ彼女は、瓦礫に押し潰されてどう見ても助からないだろう人を助けようとして背後から魔獣に襲われた。
ケイディックが死んだ。
猟兵組合における悪友みたいな人で、一緒にバカやったりして何度もおやっさんにどやされたような仲だったけど、でも本当の兄のように慕っていたそいつは、俺をかばって魔獣が放った魔法に貫かれ息絶えた。
オムロイが死んだ。ロンが死んだ。ハーベルが死んだ。ジュディスも、ケイリナも、アベルも、フーディカも、ラーンも、ダイムズ副隊長も──
そうして最後に俺だけが残った。
「……は、はは……」
目の前には千を超える魔獣ども。
体はズタボロでそこら中から血が流れている。
魔力も残り少なく、馬鹿みたいに魔法を使ったせいで神経系も狂ったのか、さきほどから吐き気がしてたまらない。
意識すらぐらついていて、もう立っていることすら辛い中で、それでも俺はその手に杖剣を構え、目の前の魔獣どもを睨みつける。
「お前達が……」
お前達が、俺の大切な人たちを奪ったのか。
怒りをしかし俺は飲み込んで、代わりに大きく目を見開いた。
眼球へ残り少ない魔力をありったけ注いで駆動させるは【魔眼】
眼球の霊体に刻印された霊的回路が脈動し、見るというそれだけの行為をも、この世界の事象を書き換える超常のものへと変換する力。
「……ぐっ、がっ⁉」
しかしそんな【魔眼】を発動した瞬間、両目にすさまじい激痛が走り、視界が赤く明滅した。
【魔眼】の使い過ぎによって眼球の霊体に刻まれた霊的回路が過負荷を起しているのだ。
おそらくこのまま【魔眼】を使い続ければ、俺の視力は永遠になくなってしまいかねないと──そう肉体が警告するのも構わずに俺は【魔眼】を駆動させる。
「フゥ──」
杖剣を構える。
魔法使いの杖としても機能するその切先を魔獣へと向けると、息を吐きだし、そうして整えた全気力をもって目の前の怪物どもへを睨みつけた。
「ハッ──」
獰猛な笑みを浮かべ、俺は全神経を戦いのために最適化する。
もはや生きては帰れないだろう。
ズタボロで立っていることすらきついこの体では魔獣に囲まれたここから逃げるこ
とすら不可能に違いない。
わずか17年の人生はあまりにも短い。
だが、このような結果として果てるのならば、それも悪くないな、とそう思った。
一つ惜しむのならば。
「──これじゃあ、のんびりだらだらとした生活を送れそうにもないな」
本来ならこの戦いに生きて帰ることができれば、大金が転がり込む予定で、それを使って十年ぐらいだらだらしてすごそう、とそう決めていたのだ。
でも、それはもはや叶わぬ夢である以上、ならば一匹でも多くの魔獣を道連れにしておやっさんがそうであったように盛大に果ててやろう。
そう決意して、そして俺は一歩を踏み出した。
それより三時間の後。
俺は数百の魔獣を道連れにしてこの世を去った。
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