異世界転生の異世界猟兵~のんびりだらだらした生活を手に入れるため、邪魔する奴は魔王だろうとぶっ飛ばします~

結芽之綴喜

プロローグ 異世界猟兵の後日譚

 厄介な、と俺は舌打ちをする。


「──ハウル、ゼクス! そっちに【暴巨鬼オーガ】がいったぞ!」

 俺の叫びに答えて、顔を振り上げたのは二人の仲間だ。


 片方は灰褐色の髪と獣の耳をもった獣人族。


 もう一人は頭の左右から鋭利な先端を持つ角をはやした魔人族。


 その両者が俺の叫び声を聞いて顔を上げると、承知した、というように頷き返す。


「ならば、俺が一体を受け持とう」


 告げて獣人族の男が背に背負っていた大剣を振り抜く。


 ガチャリという音を立てて鞘の絡繰りが動き、円滑に引き抜いたその大剣を握ると同時に獣人族の男が大剣を構えたまま大きく息を吸い込んだ。


「コォォォォ……!」


 呼吸と共に周囲の魔素を取り込んだことで、獣人の肉体に活力がみなぎる。


「セイヤァァァアアアア‼」


 裂帛の気勢。


 それと共に起こした踏み込みは、一瞬で獣人の男を最高速にまで加速させ、そのまま目の前に迫ってきた【暴巨鬼オーガ】と激突する。


「ならば、私はもう片方だな!」


 たいして魔人族の方は、ニヤリとその顔に不敵な笑みを浮かべると、腰から二振りの剣を抜き放ち、それを両手で構えて勇猛果敢に【暴巨鬼オーガ】へと突っ込んでいった。


 轟ッ! と両の刃から上がるは灼熱の炎。


 二振りの刃に焔を宿しながら魔人族は【暴巨鬼オーガ】へと肉薄し、その肉体を切りつける。


 結果的に森には二重奏の悲鳴が響いた。


 それが仲間二人によって切り捨てられた【暴巨鬼オーガ】の断末魔であると、俺は背後を見ずとも悟りつつ、一方で自分の目の前に立つ相手を俺は睨む。


「ほら、こいよ、犬っころ!」


 ──GUAAAA‼


 叫ぶ俺の目の前に疾駆するは、漆黒の毛並みを持つ異形の四足獣。


 一見すると狼にも似た姿かたちをして、しかしその口端から二つの鋭くねじ曲がった牙をはやした四つ目のその獣は──【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】だ。


 この世界の基準では討伐推奨レベル47に達する軍団級の魔物。

殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】一匹を討伐するためには、上級冒険者が百人集まってもなお厳しいと言われるほどだというのに──それが、なんと二体。


 目の前で交互に疾駆し、俺へと接近しては、攻撃を加え離脱するというのを繰り返す二匹の四足獣に俺は苦戦を強いられていた。


「友よ! 加勢は必要か⁉」


 いましがた【暴巨鬼オーガ】の一体を焼き断った魔人族の男がそう声をかけてくるが、俺は首を左右にふってその申し出を辞退する。


「不要だ! それよりも俺はこいつらの相手にかかり切りになるから、他の魔物を頼む!」


「承知した!」


 魔人族の男が頷くとともに【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】と戦う俺の脇をすり抜けて背後へと向かっていく無数の魔物達を仲間二人は協力して対処していく。


 それを俺が視界の端にとらえながら、俺は目の前の犬っころ二匹に意識を向けた。


「あまり──うろちょろすんじゃねえ!」


 叫びながら俺は剣を振るう。


 ──第二種攻性術式【断風たちかぜ


 振るった斬撃の威力と間合いを拡張することにより、最新鋭の主力戦車といえどもひとたまりもなく両断するその斬撃魔法が森を薙ぎ払う。


 たまらず二匹の【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】が大きく飛びのいた。


 結果、俺の斬撃は惜しくも回避されたが──これでいい。


 ダァァンッッッ‼‼‼ という音が森の中で響き渡る。


 それと同時に目の前で【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】の一匹が横合いから殴りつけられたようにその顔を弾き飛ばされ、四つあるうちの目の一つから血が噴き出た。


『ミコト。掩護します。合わせてください』


「ありがたい!」


 顔の横に半透明の四角い画面──表示枠が現れ、音声のみではあるが遠方にいて狙撃により掩護してくれた仲間の声が届く。


 再度の轟音。


 透明な不可視の風の魔弾が飛来し、回避行動をとっていた【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】のすぐそばをかすめることで二匹の獣達はその動きを抑制される。


 そんな隙をさらされ見逃すほど俺は甘くない。


「フゥッ──!」


 鋭く呼気を漏らし、俺は体内で魔力を燃え上がらせた。


 魂魄内の魔力回路にて熾きやがった魔力を動力源に激しく駆動した俺の魔導師回路は、霊的に接続する加護機アライメントの助けも借りて術式を高速で演算していく。


 それを俺は【回廊】を通して世界へ投射。


 そうして世界は書き換わる。


 ──第三種攻性術式【属性強化】


 肉体を構成する霊体に〝雷〟を表す情報構造を付与することにより、俺の体を構成する物質はその一部が雷へと変換された。


 全身から発せられたその雷を纏い、俺は一歩を踏み出す。


 瞬間、俺の体は紫電となった。


 俺の移動を事象上において、世界が〝雷が駆けた〟と錯覚したことにより、文字通り紫電の速さとなって【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】に肉薄。


 そのまま慣性に従って振るった拳は、確かに【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】へと直撃した。


 閃光。


 そして爆発。


 雷鳴が駆け抜け、雷が森を焼く。


 その中でもろに膨大な電子を受けた【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】の一匹はあとかたもなく原子の塵まで灰燼と化し、その代わりゴトンッと音を立てて大きな魔石が地面に落ちる。


『──ミコト! 魔石を回収! それは私の立派な収入源です!』


「そこはせめて俺達の! て言おうな⁉」


 金へのがめつさにかけては右に出る者のいない仲間の少女からの指示に従って、俺は魔石を手に取ると、それを彼女から渡された法術鞄に収納する。


「さあて、犬っころ! あとはお前一匹だけだ!」


 叫んで、俺は残り一体の【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】へと振り向くと斬撃を振るった。


 紫電を纏った刃を、しかし残り一体の【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】は素早くよけ。


「甘い!」


 叫び、俺はさらに剣を振るう。


 上段から振り下ろしの一撃。


 纏う膨大な紫電は、そのまま地面に落雷となって直撃する。


 それも、しかし【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】は悠々と避けててしまうが。


 ──GUA⁉


 だが漆黒の獣が動き回れたのもそこまでだった。


 突如その足を止め、一歩も動けなくなる【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン


 いま俺が振るった斬撃から発せられた紫電が地面を伝い、導電したことによって足を付けた地面から【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】は電撃を受けたのだ。


 とはいえ、それ自体は【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】の動きを一瞬鈍らせる程度の威力しかない。


 だが、一瞬とはいえ、俺の前で動きを止めることは漆黒の獣にとって致命となる。


「シィ──‼」


 鋭く息を吐きだして振るわれる剣。


 紫電を纏った剣は【断風】によって纏う雷ごと拡張され、そのまま【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】に直撃した。


 獣の体が内側から焼き尽くされる。


 斬撃によって肉を断たれ、そこへと浸透する形で電子が浴びせられたことにより、漆黒の獣は表皮だけでなく体内にまで電子の奔流を受けたのだ。


 結果体の内と外から焼かれた【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】は一瞬で絶命。


 その体は黒い靄のようになって溶けていき、最後には蒸発するがごとき勢いで霧散して、やはり抱えるほど大きな魔石を落とす。


「ふぅ~。討伐完了」


 額に浮かんだ汗をぬぐい、俺はそう呟いた。


 二匹いたから手こずったのであって、一匹だけならば【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】なぞ、猟兵たる俺の敵でもなんでもない。


 そうして【殺戮を呼ぶ漆黒の獣ジェヴォーダン】を倒した終えた俺が、んー、と延びをしていると、同時に魔物の大群を全滅させた仲間達から声がかけられた。


「よう、友よ。こちらはすべての魔物を倒したところだ」


「いやはや、気の休まる暇もないな。魔王が襲撃してきた結果とはいえ、その後始末にこれほど苦労させられるとは」


『でも、そのおかげで私達はずいぶんと稼げています。このまま大量にお金を稼いで、ミコトの家を拡張しましょう!』


「……俺の家をパーティの拠点にするのはいいが、拡張するかどうかは家主である俺に決定権があるからな⁉ そこらへんを忘れんじゃねえぞ‼」


 飛び出た表示枠から響く音声にそう返しつつ、やれやれ、と俺は首を振り、それに獣人族の男と魔人族の男も苦笑めいた笑みを浮かべる中、


『おっと、ミコト。あらたな魔獣の影です。対処をお願いいたします』


「マジかよ⁉ まだおかわりがあんの⁉」


 いい加減、こっちは疲れてんだけどな⁉ と絶叫する俺に、しかし現実は無情にも、森の奥で木々がなぎ倒され、追加の大群が到着した。


「ああ、クソ! 戦闘態勢! とにかく全部の魔物を討伐するぞ!」


「「おう」」


『はい!』


 返事だけは威勢のいい仲間たちに苦笑しながら、俺も剣を構える。


 まったく、この世界に来てから息を抜く暇もないな、と思いながら俺は天を仰ぎ見た。


「あー、早く家に帰ってのんびりだらだらとすごしてー」


 そんな俺の呟きが、魔物の大群溢れる森の中に溶けていった──

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