第43話 嘘

 既に時刻は十時を回っている。


 流石に異常事態と分かって、僕たちは手分けして及坂を探すことにした。道地君は海沿いの方へ、秋葉は付近の住宅を、僕は、坂を登って例の白亜の建物の方へ向かった。


 と、坂を登った畑の辺りで人の影が見えた。一人じゃない――二人。及坂と、木戸だ。何やら剣呑な雰囲気だったので、慌てて駆け寄った。


「……及坂さん!」


「な、ナントさん」


 及坂はまずい所を見られたような顔をした。木戸は無表情で視線を僕へ、及坂へと流す。


「困ったことになりましてねえ」


「……何です?――及坂さんに何をしたんです」


 突然僕を押しのけるようにして前に立った及坂が、憤怒の表情で木戸を指差した


「この人がっ! この人が悪いんでしょう!?」


「お、及坂さん……?」


 感情を露わにしている及坂を前に、あくまで大人的な微笑を湛えた木戸が説明した。


「南戸さん。私に用があるのは彼女の方のようなんですよ」


「なに……?」


「この人――この<伝道師>が<ミトリさま>なんて作るから!」及坂は困惑する僕と、余裕な木戸とそれぞれに忙しく顔を向けて叫ぶ。「真を殺したのは、この人なんですよ!?どうしてナントさんたちは罰を与えようとしないんですか!? どうして!?」


「いや、それは――」と僕が言いかけたところで木戸が割って入ってきた。


「違うわ。あなたの言う<ミトリさま>を作ったのは確かに私だけど、私は真なんて人は知らないのよ。知らない人を殺すことはできないでしょう?」


 不気味に思える程の優しい声で言う。この女は――この女の話を聞いていると、どうしようもない程嫌悪感を掻き立てるのは何故だろうか。


「だって――だって、じゃあ、どうして<ミトリさま>なんか作ったのよ!」


「<ミトリさま>を作った理由なんて大したことないのよ。重要なのは、<ミトリさま>を必要とした人がいて、実際に<ミトリさま>になった人がいるということ。私はあくまで『作っただけ』だからね。『使った』人は、別なのよ」


「う……う……」


 及坂が言葉に詰まってまた泣きそうになっていたので、慌てて僕が話に入った。


「だったら、<ミトリさま>をやめる手段は?」


「<ミトリさま>をやめることは不可能ですよ、南戸さん」言葉遣いを切り替えて僕に説明する。「<ミトリさま>のネットワークのモデルは、暗号通貨に使われたそれですから」


「暗号通貨――ブロックチェーン、か……」


「ええ、ええ」僕がキーワードに反応したのを見て、木戸は嬉しそうに笑って頷いた。「その通りです。もっとも、ブロックチェーンそのものは単なる新しい台帳管理技術の一種ですがね……。<ミトリさま>においては、ある一つのノードを一人の人間として考えれば都合が良いでしょう。<能戸>――無学な<ミトリさま>たちは、ある時から自らのことをそう呼び始めましたけどね。全く頭の痛くなるような文化ですよ」


「つまり……能戸はマイニングを行うというわけか。各々の小さな呪力を持ち寄って、呪殺という実績を作り出すわけなのか」


「その通りです。……そのご様子だと、予想は付いていた、という感じですわね」


「まあな」


 確かに、始めて原始的な知性の話を聞いたときから、僕の頭の中にあったイメージはブロックチェーンによって支えられた新種のネットワーク――中央集権的ではない、分散型のネットワークだったのだ。例えば、これまでホラー映画で語られたような、強力な呪いの源がいない、というもの。それはまるでSNSのように、能戸の誰かが指を指せば、一挙に炎上させるというような種のものということだ。


「ナントさん、……一体何の話をしているんですか!」


「<ミトリさま>の仕組みの話だよ。木戸はこう言っているんだ。一度<ミトリさま>になった人間は、<ミトリさま>じゃない人間にはなれない。他の<ミトリさま>が足を引っ張っているようなものなんだよ……義堂君も言っていただろう。君は妙なものと繋がりを持っているって」


 そこまで説明して、僕は目の前の青い顔をした女子高生が危険も顧みずにここまで来た、という事実に改めて直面した。――及坂は、どうしてか北へ、この<留巌村>まで頑なに来たがっていたんだ。その目的こそが、こうして伝道師を詰問することだったのだ。


 ……どうして今まで気が付かなかったんだろう?


 ……どうして、今までこんなことに思い至らなかったのか。それは多分、及坂が、僕から見てあまりにも普通の女子高生だったからだろう。あまりにも普通の情緒を持っていて、あまりにも普通の感情表現をしていた……から、なのか。


 そもそも及坂は、<ミトリさま>なのだった。


「及坂さん。僕は君に謝らなければならないことがある」


 木戸も及坂も、突然の僕の告白に呆気にとられた顔をした。


「え? ナントさんが、私に……?」


「最初に会った時、僕は井崎真の親戚で、彼女が死を疑問に思ったことから<ミトリさま>を調べている、と言ったね。あれ、嘘なんだ」


「……は? え?」


「勿論、僕は井崎真の人となりなんて知らないし、なんなら顔すらしらない。全くの他人なんだ。だけど、彼女の名前だけは知っていたから……君みたいな人をおびき出すことにしたんだよ。欺していて、本当にごめん」


 僕は頭を九十度下げた。


「……え? え? じゃあ、なんでナントさんはここにいるんですか? なんで<ミトリさま>なんて調べていたんですか?……な、な、なんで私を助けたん、ですか?」


 及坂の声はこちらの心が痛くなる程震えている。顔を上げると、目を見開いて、恐怖とも動揺とも取れない、「分からない」という感情だけが瞳に映っていた。

 

「君には、誠実に答えなければならないね――僕には、全く別の目的があって<ミトリさま>のことを調べていたんだよ。ただ、この目的は極々個人的で、僕自身の過去に深く根付いたものだから、ここで一言で語れるようなことではないんだ」


「……」


 及坂は複雑な表情のまま、押し黙ってしまった。


「――その上で確かめさせて欲しい」


「……」


「君が、井崎真を呪ったんだね」

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