第37話 伝道師との邂逅
村の大きさはここから見る限り両手を軽く拡げたらすっかり納まる程だが、その範囲に住居が密集している。それも一戸一戸の建物は殆どが二階建てのようだ。人口に対して土地面積が狭かったんだろう。
砂利道を下って、村の中へ入っていくと、並んでいる建物が殆ど廃墟であるらしいことが分かった。相変わらず窓が割れており、中にはよれたノースリーブのシャツがハンガーに掛けられていた。どうやら計画的に居住地を拡げたわけではないようで、建物と建物の間は全く迷路のように入り組んでいた。細い道々には萎んだサッカーボールや錆の浮いた三輪車が放置されている。
やはり、この辺りに人はいないのだろうか?
と思えば、海沿いのある一件の建物では、真っ白なシーツが風に吹かれていた。最近干されたものに見える。やはり窓は割れているが、窓枠の上から板が貼りつけられているようだ。
不思議に思って眺めていると、「あんたここ初めてかい」と背後から声を掛けられて驚いた。
振り返ると、三十台後半くらいの男が釣り竿を持って立っている。
「え!? はあ……あなたは?」
「ここまで来るのわやだったべ」
男は無表情で、村の端にある丘の上を指差した。
「したっけ、あそこへ行きなー」
男の指差した方角をよく見ると、山の緑の中に白亜の建物が垣間見えた。
何だあれは? ここらの建物とは造りが全く異なっている。身近なもので例えると、真新しい市民センターのような――見れば見るほど、この辺りでは異質で浮いている。
さっきの少年はあそこにいるのだろうか。
……いや、それよりも。
海沿いに並んだ建物をよく観察すると、白いシーツが干されている一件の他にも数件人の出入りの形跡がある家がある。ある家の玄関は開きっぱなしになっており、土間にスリッパが複数並んでいた。やはり、人がいるんだろう。
まさか、彼らは皆<伝道師>なのだろうか?
流石にそれは無いだろう。今まで聞いていた<伝道師>は明らかに特定の人間を指している。と、すれば……<能戸>たちか?
とにかく、丘の上の奇妙な建物へ向かう他無いだろう。
一旦海沿いの通りから村の中へ戻り、迷路のような廃屋の隙間を大雑把な方向感覚で進んでいく。すると、突然建物の軒が辺りから消えて、目の前には来た道と別の登り坂が現れた。ここら辺の地形がどうなっているか分かりにくいが、丘に上がれば白亜の建物に続く道も見つかるだろう。
坂を登ると、目論見通り例の建物が水平の位置に見えた。
「よし……」
俺は小走りに切り替えて不自然な建物の正面へ向かった。
近くで眺めると、その建物の異様さがいよいよ露わになる。寒さに備えたコンクリート造りのようで、違和感を憶えるほど意匠のような物がない。ただ、必要に応じて建てられたという感じだ。窓も少なく、内部が見えるのは正面に貼られたガラス扉――それも、驚いたことに自動扉だ。
「電気が通っているのか……」
ガラス扉は特に鍵も声かけも必要とせず、ただ近くに人がいたら開くという極シンプルな仕組みだった。ただし、これも寒さに備えるためなのか自動扉を抜けた先にもう一枚スライド扉があり、これは人力を必要とした。
中の様子は学校――とも少し違う。床や壁は殆ど乳白色で病院に近い清潔な印象があるが、両方向に伸びた廊下の隅をよく見れば堆く埃が積もっている……。それに中の様子が見えないスライド扉が点々と付いていて、こちらには鍵穴も付いているようだ。
どうも形容しがたい施設だが、強いて言うなら何らかの居住施設、それに研究所のような雰囲気だ。
僕は取り敢えず円形に回った廊下を慎重に歩きながら扉を点検していった。殆どの扉には鍵が閉まっているが、そうではない数部屋は窓の無い奇妙な空き室だ。
丁度正面玄関と反対の位置に来たとき、扉が開いたままになっている一室を見つけた。
――物音が聞こえる。
足音を殺して近寄ると、床に散乱した書籍やガラクタが視界に入ってきた――あれは子供の玩具か? それに他の部屋とは違って床や壁にはカラフルな柄のカーペットと壁紙が貼られているようだ……。
とうとう部屋の前に立つと、奥で這いつくばっている子供の姿が見えた。土汚れが付いたシャツとジーンズ――とうとう見つけた。
「君」
僕が声を掛けると、さっき僕の前から姿を消した子供が竦み上がってこちらを振り向いた。
「う……」
子供は声にならない声を喉の奥で鳴らした。
「――君が、<伝道師>なのか?」
「うっ……うっ……」
子供は手に掴んでいたらしい玩具を放り投げて、部屋の隅に後ずさる。
僕は子供の逃げ道を塞ぐ位置からゆっくり近づいて、腰を屈めた。いよいよ真相に近づいている興奮が額に汗を忍ばせる。
「教えてくれ――<ミトリさま>とは、一体何なんだ?」
「……」
「君は……君が――<ミトリさま>、なのか?」
「その子は<ミトリさま>じゃありません」
不意に聞こえた女の声は僕の後ろから聞こえた。
驚いて振り向くと、ゆったりとしたシャツを着た三十代くらいの女性が部屋の入り口に立っている。
「<ミトリさま>は――」女性は人差し指を僕の方に向けて言った。「あなた」
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