第33話 人間からの脱獄

 <ルルイワ>。<イワ>という言葉は、アイヌ語では聖なる山、霊山という意味があるらしい。チセフイワとルルイワにイワという言葉が付いているということは、それらが挟む山は聖なる山――つまり、パワースポットである可能性が高い。


 ……というような話を続ける秋葉に対して、助手席に座っていた僕は相槌を打つハメになった。帰り道は後ろで寝息を立てている道地君か及坂に座らせることにしよう。


 車は<ヨミ>が社用車として使っているバンだ。利用頻度の割に清掃はされていないらしく、足下には飲みさしのペットボトルや靴に踏まれて表紙が黒ずんだノートなんかが散乱している。後部座席の後ろには、何故かスコップや工事用ヘルメットなどの土木作業に使うような道具が積み込まれていた。

 

「後ろの土木道具は何なんだい?」


眠くなる話題を避けて、僕は尋ねた。

 

「うちの社長の私物ですね。<ヨミ>を立ち上げる前はフリーのライターだったらしいんですけど、執筆業だけでは生計がままならなかったらしくて。すすきの界隈で便利屋みたいなことやってたんですよ。今でも居酒屋やってるお爺さんに頼まれて雪かきしたりしているみたいで」


「便利屋ねえ……。すすきのの辺りは妙な連中が多いな」


「それを言えば南戸さんだって妙な人じゃないですか。道地さんは分かりますけど、南戸さんはどうしてこの旅に同行しようと?」


 僕はバックミラーで及坂が眠っていることを確認した。今となってはその必要もない気がするが、彼女には僕の素性を隠しているのだ。


「正直なところ、僕もずっとそれを考えている。けど、パッとした理由が思いつかないんだ。勿論、<ミトリさま>を危惧しているっていうのもあるんだけど……強いて言えば、興味、かもしれない」


「興味ですか。南戸さんってIT系ですよね? 理系の人でもオカルトに関心があるものですか」


「オカルトに興味があるっていうのとは……ちょっと違うかな。僕の仕事について、伊代からは?」


 秋葉は首を振った。「正義のハッカーと。冗談ですよね?」


 僕は笑った。伊代は僕のことをそんな風に思っていたのか。


「正義ではないと思うけど、ハッカーっていうのは半分当たりだよ。僕の仕事は簡単に言えばスマートフォンやゲーム機にシステム上の欠陥が無いかを確認することでね。例えばスマートフォンならジェイルブレイク――所謂<脱獄>が出来てしまわないか、とかだね」


「<脱獄>なら知ってますよ。正規のアプリ以外のアプリとかを動かせるようになる奴ですよね。まあ、私はそれの何がありがたいのか分からないのでやったことありませんが」


「そう。補足すると、本来スマートフォンやゲーム機の利用者はシステム全体で言えば極限られた部分の機能しか提供されていないんだ。公園の砂場に檻で閉じ込められているようなものさ。それが、<脱獄>をすることでブランコで遊ぶことが出来るようになったり、それどころか公園そのものから出て行くことすら出来る。何でも出来るんだ。……砂場から<脱獄>するためには、何が必要か分かるかい?」


「んー……」秋葉は口を尖らせて考え込んだ。「私なら、檻を調べますね。例えに沿っている考えかは分かりませんけど、もしかしたら檻に穴が開いているかも知れないですよね」


「いや、正しいよ。そう。砂場から<脱獄>するためには、まずは大抵の人が砂場を覆う檻を観察するだろう。実際に檻に穴が開いているような欠陥があるシステムもままあるしね。ただ、僕ならこう考えるんだ。もし砂場の砂を山のように積み上げれば、檻を乗り越えられるかもしれない。逆に砂場の砂を掘り続けたら、いずれは外に繋がる脱出路が作れるかもしれない。そもそも檻の外にいる大人が鍵を持っていて、欺したり手を伸ばしたりすることで手に入れることが出来るかもしれない」


「……なるほど。興味深い話ですね。でも、南戸さんが<ミトリさま>を追う理由とどう繋がるんですか?」


「……僕は――」


 言うべきか言わないべきか迷った。自分でも馬鹿げた考えだと思う。


「<ミトリさま>が、というより呪いと呼ばれるものが、人間というシステムから<脱獄>した結果生まれたものでは無いかと考えている」


「人間というシステム……ですか?」


「うん。もしも<ミトリさま>を伝播させた人間が、人間の枠組みを超える方法を知っているのなら――知りたいんだ。その仕組みをね。その仕組みさえ分かれば……」


「分かれば?」


 僕は肩を竦めた。


「ノーベル賞を取れるかもしれないね」


 秋葉が僕の冗談に笑う。


 仕組みが分かるということは、再現することが出来る、とまでは流石に言わなかった。

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