第28話 都市伝説の子供たち
庫裏の一室を使って行われた談義は、義堂君が風呂で汗を流すという一言で一旦打ち止めとなった。
しばし後にスキンヘッドから湯気を伸ばす義堂君が上がってくると、今度は及坂がシャワーを浴びるということで、僕たちは一向に酔いが深まるばかりだった。
そして、つまみが無いと気が付いた僕たちは庫裏の中の居室から台所へとのそのそ移動し、一般家庭よりはかなり小ぎれいな台所のテーブルで話を続けることになった。
「しかし、あの娘をこのままこの寺院で保護し続けるわけにもいかんだろう」
義堂君が思い悩んだように言った。
「このまま寺で雇っちまえばいいじゃねえか。結構可愛い顔してるし、巫女にでも仕立て上げれば案外繁盛するかもしらんぜ」
酔っ払った道地君が馬鹿な提案をする。
「いや、それは可哀想だよ。前途ある若者の将来を狭めるのは……ましてや、及坂さんはまだ高校生なんだ。……なんとか、解決しないとな」
そう話していると、タイムリーに廊下から作務衣に着替えた及坂が顔を出した。
「すいません、お風呂と服、お借りしました」
自然なパーマの掛かっていた髪はよほど丁寧に乾かしたらしく、殆どさっきまでの形から殆ど崩れていない。肌は水に濡れたようにつやつやとしていて、流石に十代の若さを感じた。
「この、作務衣っていうんですか? 見た目よりずっと動きやすいんですね。お寺に泊まるのって初めてで、ちょっと新鮮です。へへへ」
「へへへ、じゃないよ。丁度今君のはなしをしていたんだ」
「あっすいません。何です? 私の話って」
「今後のことだよ。このまま寺の境内で生活していくわけにもいかないだろう」
「あっそうですよね……」
及坂はしゅんと畏まって、僕の対面の席に着いた。
「ところで義堂、親父には連絡着いたのか?」
義堂君は首を横に振った。「駄目だ。色々心当たりも当たってみたんだが、どれも空振りだよ。海外にいるのかもしらんな」
「……そういえば、さっき<くねくね>の話を聞いて思ったんですけど、お二人は寺生まれなんですよね?」
酒で顔を赤くした道地君が目を白黒させた。
「何を当たり前なことを言いだすんだ?」
「お二人とも田原さん、なんですよね?」
「そうとも」
「……<寺生まれのTさん>って、もしかしてお二人のこと、なんじゃないかな……と。すいません、急に馬鹿なこと言い出して。でも、そういう都市伝説もあったなーって、シャワー浴びてるときふと思って、ずっと気になってて……」
<寺生まれのTさん>?……そういえば、今まで当然の如く道地君たちが寺生まれであることを受け入れていたが、考えてみれば二人は確かにTさんだ。
「ははは。なるほど」
僕は思わず笑ってしまった。確かに二人は<寺生まれのTさん>と言える。
<寺生まれのTさん>というのも、ゼロ年代初期にインターネットに登場した都市伝説というか、ミームの一つだ。身の毛もよだつような怪奇に襲われた人々の下に、どこからともなく現れて、「破!」というかけ声一つで雄風と解決してしまう、という話だった気がする。
だが、少し考えてみれば分かることだが、その都市伝説が語られていた頃、僕たちは小学生か中学生だった。語られる<寺生まれのTさん>は、少なくとも成人を迎えていた人物だったので、二人が<寺生まれのTさん>であるわけがない。
ところが、道地君はあっさりと「ああ、そりゃ静岡の叔父さんのことだよ」と言い出したので思いっきりビールを吹いてしまった。
「――なんだってえ!?」
「やっぱり!」
「ガキの頃、親戚の集まりでそんなこと言ってたぜ。俺は<寺生まれのTさん>の話なんて読んだことは無いが。なあ? 義堂」
「いや、あれは親父のことだよ」
「何? 俺の聞いた話と違うな」
「というか、親父の可能性が高いと俺は考えている。ウチの親戚って結構多いだろ? だから皆が皆<Tさん>を面白がって自称する時期があったんだよ。ただ、親父が酔っ払った時に話した若い頃の話に、<Tさん>の話に一致するものがあったんだ。だから多分親父なんだろう。……そもそも、あんなに神出鬼没な人なんて他の親族にいないしな」
「なるほどな。今度親父に聞いてみっか」
「だな」
二人の寺生まれは満足そうに話を終えようとした。
「いやいやいや、お父さんが<Tさん>だったなんて話、長い付き合いの僕でも聞いたことないんだけど」
慌てて僕が突っ込むと、道地君は不思議そうな顔をする。
「そりゃ、聞かれなかったからな。俺昔から嫌いなんだよ。ウチのパパはパイロットだのなんだのと身内の自慢する奴は」
「えっ? そういう自慢話とはまた別な気がするんだけど……」
どうも道地君とはここら辺の価値観がずれているような気がしてならない。幼い頃からインターネットに触れていた僕が、却って過剰反応しているのだろうか?
「まあ、まあ。話を戻しましょうよ、進さん。今は及坂をどうするかって話だったじゃありませんか」
確かにそうだった。かなり気になる話題ではあるが、取り敢えず差し迫った出来事について考えなければ。
「う、うん。……その、推定<Tさん>であるお父さんに来て助けて貰うことはできないのかい?」
「さっきも言ったろ。音信不通だよ。それに親父が来たところで、俺たちがさっきやったことと出来ることはそう変わらないと思うぜ」
「そうなんですか?」
及坂が落胆した声で言う。
「目の前に現れた何かに対して俺たちはアクションを取ることが出来る。これから現れると分かっているもんにも一応アクションは取れる。俺が進さんに厄除けを渡しておいたようにな。しかし、アンタの場合はこれからも同じことが起こり続けるわけだ。その原因を何とかしない限り、どうにもならんな」
「こうなったら、直接<ミトリさま>に会うしかねえじゃねえか」
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