第22話 走れ

「それで、<ミトリさま>は? そもそも、ここからどうやって呼び出したり質問したりするんだい? ちょっと、やってみせてくれないかな」


 及坂は気怠げそうに首を横に振った。


「それが、できないんです」


「は?」


 ルーズリーフを摘まみ上げて僕に見せつけた。僕はちょっと思いついてスマートフォンを取り出し、図式を撮影すると見せかけてついでに及坂の素顔を撮影した。

 

「<ミトリさま>は、一度きりの儀式なんです。この図式に自分の手を当てて、『ミトリさま、ミトリさま、お招きください』と言えば――」


 突然、甲高い女の歌い声がテーブルの下で鳴り始めた。……これは確か、古いアニメの主題歌だった気がする。


「失礼」と言って、及坂は彼女のスマホから鳴っている音楽を止めた。今時着信音を設定しているのも珍しいというか、……アナログというやつなのか。これは少し違うか。スマホをしまうとき、煩わしげな表情が垣間見えた。


「えーと、平気?」


「――気にしないでください。……とにかく、儀式は<ミトリさま>に私たちが招いてもらうことで成立するんです。降霊を行うこっくりさんとは真逆ですね。そこからはシンプル。<ミトリさま>に招かれた人間は、自分が恨んでいる人間の名前を三度呟いて、<ミトリさま>に教えるんです。そして――呪いは実行される」


 突然太ももを掴まれたと思ったら、僕のスマホが振動しているだけだった。


 *


「よう、フィッシング作戦の調子はどうだ?」


 店を出て着信ボタンをタップするなり、道地君の声が聞こえてきた。


「現在進行中だよ。……ていうか、そのダサい作戦名やめてくれる?」


「うるせっ! で、相手はどんな奴だ?」


「女子高生。井崎真の親友らしい。及坂結唯という名前だけど、心当たりは?」


「オイサカね……」


 スピーカー越しに手帳を手繰る音が聞こえてくる。道地君も及坂に負けず劣らずアナログ人間なのだ。


「いや、ウチとは面識がねえ……筈だ。井崎真の親友、なんだよな?」


 僕はウィンドウ越しに店内のテーブルに座る及坂を見た。彼女はぼんやりとした表情で目印にしていた<ヨミ>のページを捲っている。


「そうらしいね。警察は井崎の関係者に事情聴取をしなかったの?」


「したに決まってるだろ。まあ、大したことは聞いちゃいないがな。最近井崎が悩んでいる様子は無かったか、とかドラッグを使用していた噂は無いかとか、そういうのは聞いた」


「井崎の交友関係については?」


「勿論聞いている。……及坂なんて名前は出てこなかったがな……」


「井崎はどんな生徒だったんだろう?」


 またページを捲る音が聞こえる。


「……何というか、目立つ生徒だったようだな」


「え? どういうこと?」


「井崎は、クラスの中では目立つというか、簡単に言えばスクールカーストの上位に居た生徒のようだ。連れの連中は皆社交的で、男も女も関係ない。こう言えば想像が付くだろ?」


 確かに想像が付いた。休み時間は必ずトイレの鏡の前で延々と髪かスマホを弄りながら駄弁っているタイプの生徒だろう。僕の偏見も入っているかもしれないが。


 ――及坂はどうだろう。いまいちそういう気質の女子高生とイメージが一致しない。

 だが、彼女は井坂真の親友だったと言う。


 何か、不自然さを感じるが、これは一体どういうことか。


「おい、結局そっちから手がかりは得られそうか?」


「どうかな……<ミトリさま>の儀式については教えて貰えたけど、どうも手詰まりになりそうに感じるよ。そっちは今何を調べているんだい?」


「別に新しい手がかりも無いからな。今までの調査の考え直しってところだ。……ま、何か分かるとも思っちゃいないが、進展があれば連絡する。じゃあな」


 道地君が電話を切りそうになったので、慌てて言葉を挟んだ。


「あっ、ちょっと待った。及坂の写真を撮ってあるんだ。後で送るから見覚えが無いか、一応目を通しておいてくれないかな」


「――おう、分かった。俺のメアドに送っといてくれ。じゃあな」


 電話が切れた。僕は道地君の言った通り撮影した写真のファイル名を選択して道地君へ送信しておいた。


 喫茶店の店内に戻ると、今度は及坂が口元を押さえて通話している所だった。しばらくぼそぼそと喋った後に、溜息を吐きながらスマホをポケットにしまう。


「ごめんなさい。うち、門限厳しいんです。今日は帰らなければならないようです」


目の前の及坂が急に年相応に見えた。考えてもみれば、彼女も女子高生なのだ。放課後に町をほっつき歩いていたら親も心配するだろう。

 

「そうか、及坂さんはまだ高校生だものね。申し訳無い。今日は面白い話を聞けて良かった。それじゃあ……」


 会計をしようと立ち上がると、急に及坂が伝票を持った僕の右手を掴んできたので驚いた。


「待ってください。最後に一つ。どうしても聞きたいことがあったんです」


「な、何?」


「ナントさん、私と一緒に北へ行ってくれませんか?」


「北? 北って……」


 左手に持っていたスマホが一瞬震えた。ロック画面にSMSのメッセージ。「今すぐ走って寺に来い急げ」という道地君からの短文。一体何だ――と思った次の瞬間に世界が反転した。

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