第20話 及坂との駆け引き

 僕は一仕事終えた気分で立ち上がり、背中をぐっと伸ばして自分の書いた文書を見直した。


「この板、見ているかな? ちょっとパスワード忘れちゃって招待し直して貰ったよ。連絡が途切れちゃったけど、真の死について話したいことがある。使い捨てのメアド貼るから、気が付いたら連絡を入れて」


 まず、最初の「この板、見ているかな?」という一文。

 これはこの掲示板のユーザー登録制度に目を付けた第一の罠だ。僕が冴羽に「招待」されたように、この掲示板のユーザーは仲の良い友人間で「招待」の輪を拡げている。つまり、掲示板の外でも会話をしている可能性が高いはず。きっと、最初の一文だけを見ればこの書き込みの主が自分の友人と錯覚するユーザーが何人かいるだろう。

 

 次に「真の死について話したい」という文。これは井崎真の関係者を釣るための第二の罠であり、関係の無い人間を排除する篩いでもある。「真の死」という言葉は、井崎を知る人間に取っては「井崎真の死」という風に解釈出来るし、そうでなければ哲学的な意味での「本当の死」という意味に形を変える。


 これなら、井崎真の関係者がヒットするかも知れない。いや、本当に一連の連続死が<ミトリさま>に関係があるのなら、きっと連絡は来る。


(我ながら良い仕事だ)


 僕は「書込」ボタンをクリックした後、近くのラーメン屋で満足な食事を済ませた。

 

 *


 というわけで、僕は数回のメールのやりとりの後、及坂と直接対面することに成功した。尤も今日までに関係の無い掲示板の他ユーザから英文の脅迫状に至るまでを大量に受信しているので、及坂のメールを発見するまで予想以上に選別に骨を折ったのだった。


店内入り口のウィンドウから見える外は、冷え冷えとした青さに灼けていた。既に午後五時。既に高校では授業を終えている時間だ。

 

 目の前に座っている及坂は、座ったきりコーヒーカップと僕の首元を交互に見ることを繰り返している。

 

 まあ、僕としてもまさかダークウェブを通じて女子高生と知り合うことになるとは思わなかった。まあ考えてもみれば女子高生の知り合いだったら当然女子高生の可能性が高いのだった。

 

「その制服、大北高校だね」


 僕が声を掛けると、特に気後れした風でもなく「はい、そうですよ」と答える。

 初対面の人間に緊張しているから黙っている、というわけではなく、単純に自分から話掛けるということに慣れていないような感じだ。美人だからそうなんだろう、というのは僕の偏見だろうか。


(とにかく、面倒な手合いだな)


 加えて厄介な状況でもある。


 目の前の彼女は、恐らく僕から井崎真について情報を得ようとしているというのに、その実僕は井崎真については何も知らず、むしろ彼女から<ミトリさま>と不審死の繋がりについての情報を探ろうしている。

 まあ、なるようになるだろう。


 僕は細く溜息を吐いた。


「その制服を着た真、見てみたかったよ。……去年の春会った時は、あんなに高校生活を楽しみにしていたのにね……」


「真は――毎日楽しそうに過ごしていました」


「君は、……及坂さんは真の親友なんだってね? 君みたいな友達がいたなんて知らなかったよ」


「はい。真が私のことをそう思っていてくれたかは分からないけれど。それに、私も真に仲の良い従兄弟がいたなんて初めて知って」不意にカップを啜って、「驚きました」と言う。


「うん……」

 彼女に合わせて僕もコーヒーを啜る。

 既にメールのやり取りで僕が井崎真の従兄弟だという嘘を吹き込んでいる。道東の方に住んでいたが、転職を機に最近札幌へ移住してきたという設定だ。そして、井崎真の死を知った僕は、個人的な繋がりを辿って<ミトリさま>について知る友人と情報交換をしていた。そこに、掲示板を見た彼女が連絡を取ってきたわけだ。


 僕は敢えて壁掛けの時計に目を走らせる仕種をした。何しろこっちは引っ越したばかりで忙しい(という設定である)のだ。


「それで、聞いて貰いたい話っていうのは何だい? 悪いんだけど、まだ身の回りがバタバタしていてね」


「あ……」


 彼女は動揺したようにカップをソーサーに戻した。

 何か、言うべきことがあるのだが躊躇しているように見える。


「そういえば、今日はこんな時間で大丈夫だった? 学校から急いで来たんじゃ――」

 僕が彼女の緊張を和らげようと話題を転がした瞬間、突然机に乗り出す勢いでこう言った。


「――真は誰かに殺されたかもしれないんですっ」

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