第3話 連続変死事件
「参ったね。札幌は大雨なんだって? 一部では冠水しているそうだな」
道地君が部屋に入ると、部屋の湿度が一気に上がったような気がした。彼のタクシーからエントランスまでの短い距離でも、彼の短く切りそろえられた頭から背広の肩までが雨に湿っている。
「今日来るとは聞いていたけど、まさか朝っぱらに来るとは思わなかったよ。稚内での用事はもう済んだの?」
「ああ。全く、とんだ骨折り損だったよ」
「その様子だと空振りに終わったらしいね」
「まあな。例の事件の被害者も何だって事件前に札幌から高速バスで稚内への弾丸旅行へ行ったんだか分かりゃしない。言っちゃ悪いが、こっちの仕事も考えて欲しいぜ」
実家の寺を継がずに警察官になった道地君は、今では新米の刑事だ。それも、北海道警察札幌方面中央署の刑事一課というから、話を聞いたときには驚いた。刑事ドラマや警察小説の知識でしかないが、刑事一課が扱うのは殺人や強盗犯。知能犯を扱う二課や暴力団を取り扱う三課よりも優れている、というわけでは勿論無いが、花形には違いない。
道地君の昇進を祝う二人きりの酒の席では、「笑っちまうぜ。寺の息子なら仏さんを見慣れているだろうから、だってよ」と、嘘か本当かよく分からない配属の理由を話して笑った。
ちなみに、道地君の実家の寺は弟の義堂君が継いだらしい。
「結局、被害者の足取りに大した意味は無かったのさ。ちらっと宗谷岬の眺めでも目に収めておきたい気分が興ったんだろう」
道地君が今調べている事件は、昨今道内を賑わせている変死事件だ。
「一人目はトラックの運転手。二人目は道議会議員。三人目は女子高校生で、四人目は二週間後に結婚式を控えた新妻ときた。全員が全員、急性な心臓発作によくにた症状で急死しているんだが、検死してもそれと断定できるような痕跡がないんだとよ。検死官に言わせりゃ、心臓発作に見られる筈の血流の梗塞が無いんだとよ」
「それじゃあ、毒物か何かかな」
「それが分からないから、こうして地道に聞き込みをしているんだ。仮に毒物を使った連続殺人事件にしても被害者には全く関連性が無いんだ。トラックの運ちゃんが市議会議員や女子高生と知り合いだとも思えないしな」
この事件が知られる切っ掛けになったのは、道議員である椎葉の、公然での発作死だ。大通公園で同自民党議員の応援演説を行っていたのだが、突如として喉からぞうきんを絞るような声を出して倒れ、死んだのだ。このニュースは全国的に取り上げられて、一時は椎葉に恨みを持つ人間の暗殺では無いかと疑われたほどだった。しかし、死亡した状況的には心臓発作が疑わしく、遺族に許可を取って行政解剖を実施したところ、ちょうど今道地君が言ったような曖昧模糊とした徴候が見られたのだった。
時を前後して、大型トラックが札幌市内の二車線道路を走行中に歩行者が行き交う歩道に突っ込んだ事件があった。これが一人目の死亡者だ。彼も突然死で、事件性の有無を確認するために彼の遺体は警察に引き渡された後、同様の徴候が確認された。
二人の男性の不明な死は、時期的にも近く、それぞれが道内を賑わせた事から関連性を疑う声が起こった。
例えば、二人は毒を盛られた、という言説。
今となっては昔の話になるが、昭和の時代には公衆電話に遺棄されたジュースに青酸カリが混入されており、拾って飲んだ人間が相次いで死亡する連続殺人事件がある。また、自動販売機に放置したように見せかけたペットボトルに劇薬であるパラコートを混入させた恐るべき事件もある。
そういった噂話がすすきのの居酒屋で交わされる頃に、三人目の女子高生変死事件が発生した。これで、何か奇妙で、恐ろしい事件が起こっているということが、道民のなかでは明白の事実となったのだった。
「俺の話は良いんだよ。辛気くさい話は無しにしようぜ。ほらっ、おみやげ」
道地君はそう言って、作業デスクの上に大きな紙袋の中身をばあっとぶちまけた。あっという間に奇怪な形のピラミッドが大きな音を上げて積み上がった。よく見ると、それらは全てIoT機器のようだ。ルーターや、最近流行のスマートホーム向けの家電、中には関係のないハードディスクまである。多くは旧式のジャンクと思しき代物だったが、中には、どうしてか最新式の機器も含まれていた。
「うお!」
僕は思わず歓声を上げた。
「札幌から稚内までの聞き込みで時間があったからな。お前がこういうの欲しがっていたってことを思い出して、道々のジャンク屋を回ったんだ。俺にはよく分からないが、仕事の種になるんだろ」
道地君は、昨晩から解析を進めている機器を見た。実はこれらの機器も半数はジャンクなのだ。市内のリサイクルショップで購入したそれらは最新のセキュリティ対策を施されたものほど強靱ではないものの、様々な観点から研究することで、最新機器にも通用するようなハッキング手法が発見されることがある。
そして、今解析を進めているもう半数は、実は開発の最終段階にあるIoT機器のプロトタイプなのだ。僕の仕事というものは、自社製品にセキュリティ面で不安を持つ企業からの依頼で、企業の製品機器に攻撃を試行することなのだ。そして、攻撃に成功した原因となる機器の弱点や、その対策方法を教える。
いわゆる、ホワイトハッカーだ。
「そうだよ……あ、値段払うよ。幾らだった?」
道地君はレシートの束を財布から取り出した。
「ジャンク機器だから、数の割に大した値段にはなってねえよ。そんなら、飯奢ってくれ。今夜でいいだろ?」
「オッケー」
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