第4話 死貌

 自由な個人事業主とはいえ、仕事を回してくれる大叔父の信頼を裏切るわけにもいかないので、僕も仕事に励むことにした。専門的な知識をギリギリまでかみ砕き、機器の弱点がどういった攻撃に利用される可能性があるのか、どういうシナリオでどういう被害が出るのか……そういうことを分かりやすい図と共に丁寧に報告書に仕上げる。日本のセキュリティ意識は世界的に見てもまだまだ底で、読み手が素人でも意味が分かるように苦心しなければならない。


 午後六時に道地君と狸小路の焼き肉屋で落ち合った。

 

「寺生まれで刑事になった俺も大概だが、お前も随分おかしな仕事に就いたもんだよな。……というか、仕事なのか?」


「仕事だよ。僕にはこういうことしか出来なかったんだから、しょうがない」


道地君はグラスに霜が降りているビールを喉を鳴らして飲んだ。

 

「まあ、最新式の探偵業、みたいなものなのかねえ。対象を調査して、弱みを見つけるってわけだ」


「そう言えなくもないかもね。僕みたいな弱小じゃ、せいぜいセカンドオピニオン的な使われ方が殆どだけど」


 テーブルのコンロの上では、美味しそうなカルビとハラミが音を立てて金網に脂を食い込ませている。


「セカンドオピニオン?」


「僕の客は、大抵が大手の調査業者にも依頼しているんだよ。とはいっても国内の調査業者は数が少ないから報告書が出るまでに時間が掛かるし、下手だからね。僕みたいな低コストな事業社を第二の調査業者として雇うわけさ」


「ふん」


 道地君は鼻を鳴らして、勢いよく焼けた肉をライスと一緒に頬張り始めた。こうして彼が鼻を鳴らすのは、僕を嘲笑っているわけではなく相づちのつもりなのだ。


「ところで、何か話があるんじゃないの?」


 僕が尋ねると、ビールを喉に流していた道地君は如何にも苦そうに眉を顰めた。


「……」


「なにさ」


「……憶えているか、俺たちが小学校五年生の頃の出来事」


「出来事って――あれのこと?」


「そう。あれ」


「……」


 今となっては昔のことだ。


 小学五年頃、僕には三人の幼馴染がいた。田原道地、神宮司美里、冴羽伊代。道地君と伊代は家が近かったこともあって幼稚園に通っていた頃からしょっちゅう遊んでいたらしい。一方美里は僕らが住んでいる街から随分掛かるというのに、どういうわけか小学校一年生の頃から仲が良かった。


 僕らが通っていた小学校は生徒が少なく、一学年一クラス、四十人程度の教室が各階に二つ収まるの小さな校舎だ。


 五年生の秋頃に、こっくりさんをやった。


 小学校の頃の思い出は殆ど忘れてしまったが、そのときのことだけは、瞼の裏に焼き付いたように憶えている。

 確か、当時の僕たちは道地君を除いてオカルトに熱中していたのだ。伊代も美里も、棒もそうだが、なんとなくオカルトというものが現実に一番近しい、というか、少なくとも宇宙人や魔法使いよりは信憑性のあるファンタジーだったんだろうと今では思う。


 それでも、正直くだらない遊びだとは思っていた。


 しかし、僕たちはそのくだらない遊びで美里を失うことになった。今でもあのときの白目を剥いた美里の様相が頭を離れない。


「似てるんだよなあ……」


 道地君の言葉で、僕の意識は現実に戻った。焼けた肉の脂の匂いが鼻の奥に戻ってくる。


「何が?」


 僕が尋ねると、向かいのソファに座る道地君は顔をぐっと近づけて声を落とした。


「死貌がな」


「え」


 僕はマヌケな声を出してしまった。


「一連の事件で、俺が初めてガイシャと面を合わせたのは、実は三人目でな。全くの別件で現場――高校の近くにいたもんで俺が急行することになったんだ。高校さ。そこで午後の授業中に急に発作を起こしたっていうんだ。こういう場合は普通警察より救急を呼ぶもんだけどな……きっと焦ってたんだろ。しかし、驚いたぜ。全く一緒なんだ。その……」


「顔が?」


 道地君は黙って頷いた。顔が白くなっている。女子高生の顔を思い出しているのか、美里の顔を思い出しているのか。


「道地君、美里は亡くなったわけじゃないよ」


「……分かってるよ。……あの女子高生の死貌を見てから、あのときのことを思い出すようになっちまったんだ。自分でも馬鹿げているとは思っているさ。けど――けどよ、だったらあの時の出来事は一体何だったんだ? どうして、今回のガイシャと当時の子供の死亡状況が似ているんだ? 当時、こっくりさんを遊んだ子供の多くが、俗に言う集団ヒステリーを起こしたよな」


「それで、美里もその一人となった」


「そうだ。幸いにも、美里はすぐに病院に搬送されて一命を取り留めたらしいが。……その後、俺たちと会うことも無かったな。……ヒステリーを起こした子供の多くは不可解な発作症状で死亡し、そうでなきゃあ精神科にぶち込まれたそうじゃないか」


「後者に関しては、噂の域を出ていないよ」


「だが、俺たちは一つ実例を知っている」


 美里。


「まあ……。というか、刑事がそんなことを言っちゃまずいんじゃないの」


「構わねえさ。俺の見立てだと、この事件はどう行っても迷宮入りで終わるだろう。そもそも、我が社ではこの一連の事件を連続したものとして考えること事態に懐疑する目もある。……ま、いいとこ週刊誌か何かのネタにされて終わりってところじゃないか」


「そうかもね。数年後には都市伝説にでもなっているかも知れない」


 そこで、卓上に肉の脂がブツブツ焼ける音が静かに拡がった。僕も道地君も、一旦話を止めにして無心に肉の脂のうまみを味わうことに努める。尤も、僕の方は事件の気味の悪さが頭にちらついて食事に集中できなかったが。


「なあ、こっくりさんってのは何だったんだ? あれはただの遊びだったんだよな?」


 僕は困惑して肩をすくめた。


「そんなの、僕に分かりようがないじゃない。知りたきゃ詳しい人にでも聞いたら?」


「詳しい人?」


「そうさ。僕らの友達にいるじゃない」

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