第1楽章
第1話
リョータの一件のあとすぐに、中学生は夏休みに入った。
アサヒはリョータと一緒に試験もこなし、なんとか終業式にも出席した。
出席はできたものの、彼は体調が優れず帰って来てから二日ほど寝込んだが、それでも終業式に行けたことで少しばかり体力に自信が持てた。
それでつい勢いで、リョータと一緒に塾の夏期講習に申し込むことにしたのだ。
アサヒはいいかげん家と図書館の往復にも飽き飽きしていたので、新しい事が始まるのは丁度良かった。
教室で具合が悪くなったらどうしようかな…、という不安はあったものの、教科書やノートをそろえて準備していると、普通の学生みたいでうきうきした。
講習初日はリョータと待ち合わせをして、一緒に行く約束をしていた。
待ち合わせ場所はいつもの図書館。
アサヒが歩いて向かっていると自転車に乗ったリョータが向こうから声をかけてくる。
「よお」
いつも通りの元気な彼の笑顔。
普段は学生服で会うので、見慣れない私服に衝撃を受けた。
どこで売っているのか見当もつかない蛍光イエローのTシャツにはラメで『I am a bitch girl!!!』とでかでかと書いてある。
意味がわかって着ているのか微妙なラインだ。
「アサヒ、お前なー。もう少し可愛い恰好で来てよ」
自分の恰好は棚に上げ、リョータはアサヒを上から下まで眺めまわした。
「おれはリョータの彼女とかじゃないし。女子でもないし」
リョータのセリフに腹を立てたが、ここでムキになると調子に乗らせてしまうので、アサヒはつとめて冷静に対応した。
「もう行こうよ。自転車の後ろ乗せてよ」
と頼むと、リョータは満面の笑みで、
「しょおがねえなあ」
と言いながら目の前に自転車の後ろを付けてくれる。
リョータは前を向いていたが、顔がずっとニヤけているのがわかった。
アサヒは、彼が自分の顔が好きなのを前から知っていた。ゲイなのかとも思ったがそうでもないようで、ただ単に顔が好きらしい。アサヒにとって、自分の顔はコンプレックスでしかないのだが。
二人が塾の教室へ入って行くと、
「あ、リョータじゃん、お前も申し込んでたんだ」
リョータの友達グループに声を掛けられた。
知った顔が講習に来ているのにリョータも驚いていたが、友人の名前を呼んで嬉しそうにしている。
「まあ、親がな。勝手に申し込みやがって」
頭を掻きながらリョータが言うと、彼の友達が口々に喋りだす。
「あー、まぁそれは仕方ないな。確かにお前は参加すべきだよ」
「赤点あったんだもんな、ゲームし過ぎで!」
リョータが「んなわけねえだろ!」と友人にラリアットを食らわしていると、誰かがアサヒに気づいて「おい」とリョータに尋ねた。
「ってか、リョータお前何なの、彼女と一緒なわけ?」
「え? どこ? リョータの彼女? 紹介しろよ!」
その言葉に皆が一斉に好奇の目でアサヒを見る。
「へ? 何言ってんだよ」
リョータが身に覚えのないことを言われて狼狽していると、
「あ、あれ? いやいや違うわ、な、お前、たしか琴平だよな?」
背の高いリョータの友達が近づいて声をかけてきた。
「え、うん…」
そう答えると、ほかの奴らも混じってこちらに来る。
「マジかー琴平、顔見るの久しぶりだなー!」
「体調どうなんだよ、来ても平気なの?」
「あ、短い時間なら大丈夫かと思って…」
「へーそっかぁ。あ、そろそろじゃね? とりあえず、この辺に座るか」
ガタガタと音をさせて周りにいた数人が手近な席につく。流されるように同じ辺りに座ったものの、リョータの友達の息もつかせぬ掛け合いと高いテンションに、アサヒは深い溜息をついた。
友達とじゃれあっているリョータを眺めながら、彼は自分のいなかった時の長さを感じていた。
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