第10話
「はじめてリョータが変なものに会ったのは図書館でだよね」
アサヒはペンを紙に走らせ、状況を整理していく。
「そうそう。あ、そういえばおれが漫画探してるときに、後ろに立ったやつがいて…」
そうだ。よくよく思い返してみると、あいつ、やたらおれの後ろにいた時間が長かったような気がする。おれの前にあった漫画が取りたいなら「すみません」とか「ちょっとゴメン」とか声をかければいいのに、無言で後ろに立っていた。
そしておれが避けたのを見て、疑われないようにと、何でもいいから漫画を持って行ったのかもしれない。怪しい奴。そのことをアサヒに言ってみた。
「へえ、それは少し怪しいね。もしかしたら、リョータそいつに呪いか何かをかけられたのかもしれないよ」
と彼は真剣な顔で分析しはじめた。
「呪いとかマジ? でも真後ろでいたの、長いって言っても何分もないぜ。それにおれ呪いをかけられるようなこと、した覚えないぞ。あいつ学生だったと思うし。学生がそんなことするのか?」
おれはまさかそんな短時間で、しかも子供が何の目的で…と思ったが、解決の糸口が見えたおかげか少し気が楽になった。
「うーん。呪いっていろんな種類があるから。おれ漫画描くのに少し調べたことがあるんだ。その中だったら三十秒やそこらでできる呪いもあるし、それに学生だったら気軽に試してみようってやつも多いと思う」
「ふーん、そうか呪いかあ。あんま現実感ねえな」
呪いなんてものが本当に存在するなんて考えてみたこともなかった。
アサヒは本棚のあたりで何かをごそごそと探している。
「なあ、もし呪いがあったとして、本当に効いたりすんの?」
俺が尋ねると、アサヒは手を止め、振り向くとあきれた顔をしてため息をついた。
「リョータさ、この間から黒い影が見えるとか蛇が出たとか、挙句の果てには自分の頭が変になったんじゃないかって大騒ぎしてるのはどこの誰さ。実際に呪いにかかってると、それが呪いだって気付きにくいものらしいぜ。っていうかもしリョータを呪い殺したかったら簡単そうだな。ジメツしていくしな」
「ご、ごめん…」
すこし睨まれた気がして、おれは神妙な顔でうつむいた。
「まったくもう…」
そう言いうと彼は再び本棚のあたりを探りだす。
「あったあった。やっと出てきた」
しばらくすると一冊の本を持ってきて「はい」と真面目な顔でおれに差し出した。
ピンクと箔押しでキラキラした装丁の本。
タイトルは『ぜったい効く♡ 願いを叶えるおまじない集』
噴き出しそうになるのを何とか堪え、パラパラと本をめくってみた。想像通り女子向けの可愛らしい字体で、女の子や猫、星のイラストなどがふんだんに印刷してある。こいつってやっぱ女子なのかも…。
「あの…本当に効くのかこれ?」
「うーん…おれも試したことないけど。でもやらないよりは良いかと思って」
試したことないのかよ!じゃあなんで買ったんだよ!
ていうかよく買えたな…恥ずかしくなかったんだ。
もっと古めかしい本とか密教の秘伝、みたいなジャンルを想像していたおれは、また一気に不安になった。
そんな心配をよそにアサヒはブツブツと言いながらページをめくっている。
「えーと、リョータに使えそうな呪い返しは…」
「なあ、なあ。もっとなんか、ないのかよ。お経とか九字切りとか、ありがたいお札とかさ。これじゃあ恋愛占いやってる女子と変わらないぜ」
彼の肩を揺り動かしながら訴えたが、アサヒはしたり顔で答えた。
「えーだって、おれそんなことやったことないし、修行したことないからできないもん。まあ効けばいいじゃん? あ、あったよ。これだ」
彼が指し示したページには、『邪魔されたくないあなたに、焼き塩のおまじない』と書いてある。
「じゃあさっそく試してみようか」
おれたちは彼の両親の様子をうかがいながら、そっとキッチンへと向かった。
まだ食事中なのか、先ほどの部屋からはテレビの音が聞こえてくる。
「アサヒ、焼き塩ってどうやるの?」
「んっと、フライパンで天然塩を焼くだけらしいよ。はい、リョータも読んで」
♪おまじないの作り方♪
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★邪魔されたくないあなたに、焼き塩のおまじない★
焼き塩はとっても簡単だけど、とっても効果がある浄化グッズだよ。
恋のライバルたちが邪魔をしてくる気や浮遊霊なんかにも効果てきめん!
大事な日には封筒に入れて持って出るのもおすすめ。
ただし焼き塩の浄化効果は一日。捨てる時は生ごみと一緒にね。
・作り方
フライパンで一つかみの天然の塩を焼くだけ!
油は引かないで、3分から5分焼いて薄いオークル(狐色)になれば完了だよ♪
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腰の力が抜け、本を持ったまま砕けそうになっている間に、アサヒが手際よく作り始めた。
バチッ‼ という音を立てて焼けた塩が跳ね上がる。
「あちっ」
という彼に、おれは書かれていた注意事項を読んで聞かせた。
「…ポップコーンのように塩が跳ねる現象がある場合は、その塩を捨ててもう一度最初からやり直してください、って書いてあるぜ」
「え、そうなの? なんかコワイな、やっぱりリョータ呪われてんだ」
クスクス笑いながら再度作り始めるアサヒを、おれは恨んでいいのか感謝するべきかと考えた。
…とにかく焼き塩は簡単に出来上がった。
音を立てないように、そっとまたアサヒの部屋に戻る。
部屋で封筒を探したが、古いお年玉のポチ袋しかなかった。
子犬が跳ねている絵柄の袋に入れた焼き塩は微妙な可愛さで、ともかく浄化グッズが完成した。
これを一日中持っていなくてはいけないのか…。
「なんだか、こんなので効く気がしねえな」
気の抜けた声でため息をつくと、彼もウンウンとうなずいて同意してきた。
ウンウン、じゃねえだろアサヒ。
不意に、ドアがコンコンとノックされた。
「あの、お取込み中のところ悪いんだけど」
ドアの外から、アサヒ母の声がする。
アサヒがそのままの姿勢で返事をした。
「なに?」
「もうそろそろ時間も遅いし、涼太君のご両親も心配なさるんじゃないかしら?」
時計を見ると時刻はすでに夜の九時をまわっていた。
「あ、ヤベ! もうこんな時間!」
おれはあわててカバンを持ち上げ、ポチ袋を受け取るとドアを開けて後ろを振り返った。
「またなアサヒ! あ、ごちそうさまでした! お邪魔しました!」
ドアの外にいた母親にお辞儀をして階段を駆け下りる。
玄関でかがんで靴を履きながら、ちらりと階段の上を見上げると、アサヒの母親がじっと無表情でこちらを見つめているのが見えた。
ゾクッと寒気が走り慌てて目をそらす。
気味が悪いと感じながら玄関から外へ出ると、暗がりの中に黒い人影がじっと立っている。
心臓が止まるかと思うほど驚いてしまった。
「うわぁ‼」
思わず大声が出た。だがよく見ると、そのいでたちは先ほど見たアサヒの父親のものだった。
こちらに背を向け、暗い中ホースで庭の植物に水をやっている。
そういえばまだ挨拶もしてない。
「あの、リョータです。今日はお世話になりました」
声をかけた。父親は無言のまま振り向く。
と、一瞬その顔に、口がないように見えた。
口があるはずの部分にはのっぺりと皮膚がはっており、その代わりに何かを訴えるように目を見開いておれを見ている…ように見えた。
「ひぃっ!」
情けない声が出てしまった。
そんなことあるはずがない、ぜったい目の錯覚のはず‼
そう思いながらも逃げるように門を出ると、自転車に飛び乗り全速力で家までこいだ。
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