第8話

翌日、学校は昨晩のニュースの話題で盛り上がっていた。


「おいりょーちん、見たかニュース」


タケルが興奮気味に声をかけてきた。


「知らねえ、何?」


「なんかさ、ヤバい事件があったんだって。池袋で刃物を持ったやつが暴れて何人か刺されたらしいんだけど。その時に叫んでた内容がマジキチ。SNSでも動画が公開されてるぜ。ほら」


そう言うと動画を見せてきた。


池袋駅東口前。信号待ちの人込みの中心で、刃物を振り回している男が写っている。 周りの人間は近寄れず遠巻きに眺めているか、携帯のカメラを中心にいる人物に向けていた。男は何かをわめいているが聞き取れない。


途中から画面の下に字幕がついた。


「お前らみたいな黒いやつがよー。俺のまわりウロウロしてよー。寝てる間に少うしずつ、脳を食うんだ。口が白い輪になっててよ、そこからちゅるちゅるって…ムウゥゥ、俺の脳みそ返してくれよう。モ。頼むよー。お前の脳みそ代わりにくれよー。ウモ。ひひひ」


ひとしきり暴れたあと、そいつは泡を吹き地面へと倒れた。


しばらく「嫌だ嫌だ‼」ともがいていたが、警察が突進し羽交い締めにされ、連行されていくところで動画は終わる。


おれはその動画にくぎ付けになってしまった。

タケルから携帯を奪い、何度も再生ボタンを押す。

頭の中で「黒いやつ」という言葉が反響していた。


黒いやつ…おれも最近見るよ。それのことじゃないよな、いやまさかな…あれは気のせいだったじゃないか。いやでも、そんな映画みたいなこと…。

ありえない、気のせい、気のせい気のせい。

そう思えば思うほど不安になってきた。


アサヒは、何もしないなら大丈夫みたいな事を言っていたが、もしも今後何か変化があったら…もし、襲われたりしたら…。


動画で叫んでいた「脳を食う」ってなんだ。

「嫌だ嫌だ‼」と叫び泡を吹いて倒れる男の姿と、自分が重なって見えた。


どうしよう、おれも嫌だ…。


授業が全く耳に入らなかった学校の帰り、わき目も振らずまっすぐに図書館へ行くと、いつもどおりアサヒが本を読みながら待っていた。おれに気づくと笑顔で手をふる。走り寄って息を切らしつつ彼の隣に座ると、身を寄せて唾を飛ばしながら喋った。


「なあアサヒ、昨日のニュース見たか⁉ 池袋で起こったやつ‼」


おれの剣幕に驚いたアサヒは、メモをしていたペンを机の下に落としてしまった。


「なんだよ、見たよ。ツバとばさないでよ」


拾いながら答える。


「あのさ、あの男の言ってた黒いやつってさ、おれが最近見てるものの事じゃないよな!そうだよな!」


気づくとアサヒの肩をしっかりとつかんでいた。

自分の手が震えているのがわかる。


「おれ、どうなっちゃったんだろ。なあ、おれ大丈夫だよな、アサヒ。お前わかるやつなんだろ⁉どうなるのかなあ。おれ…」


すがるようにアサヒの目を見ると、彼は黙ったまましばらくおれの顔を見つめていた。

そしてため息をつく。


「うーん。おれ、わかることしか、わかんないけどな」


そう前置きしてから、言いにくそうに話し始めた。


「おれが見たところだけど、お前は今引き込まれはじめてるみたい。図書館で偶然何かに魅入られ、付きまとわれているんじゃないかな」


「何だよそれ、おれなんか悪いことした⁉」


彼にぐいと詰め寄る。そんなの理不尽だと怒りが湧いてきた。


アサヒは嫌そうに両手でおれの顔を押し戻した。


「おれに言われてもわからないよ。向こうの世界の理屈って、こっちと違うから。お前の何が気に入ったかはわからないけど、きっと何かが引っ掛かったんだろうね」


平然と言う。


「どうにかしてくれよ!」


おれは彼の座っている椅子に手をかけ、さらに強い力で詰め寄った。


アサヒの綺麗な顔が目前にあり、さらにちょっといい匂いまでした。

あ、く…唇…。


彼は「うわぁ!」と小さく叫んでからグーでおれの頬を殴ってきた。

衝撃で少し冷静になるおれ。


「おれも、どうしていいかわからないで過ごしてるから。いつも。」


息をはずませ殴った手を痛そうに振りながら、こともなげにアサヒは言った。

おれはうなだれ、そばの椅子に腰を下ろす。


「…そんなの、意味わかんねえよ…」


おれは顔面を手で覆い、机につっぷした。


「…うん、ごめん、リョータ」


泣きそうなおれに、アサヒは頭を少しかいてから提案してきた。


「でもリョータは友達だからさ、力になってあげたいとは思うよ。そうだ、今日おまえ、うちに夕食に来るんだよな。その時に一緒に何かいい方法がないか探してみようか」


「おお! そうしようぜ!」


願ってもない申し出に、心強い味方ができた気がした。がばっと起き上がると、おれたちは急いで図書館を出た。おれは自転車を駐輪場から出してアサヒの前で止めると、自転車の後ろを叩いてテンション高くアサヒを促した。


「早く乗れよ! さあ! ここだ!」


アサヒは苦笑いしながら後ろにまたがる。


漕ぎながら、自分の肩に乗る両手の温かさと重みを感じる。


そうか。こいつ、普段からいつもそういう目に会っているのかと思うと、なんだか妙な肌寒さが背筋を襲った。

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