第7話
「なんかさ、最近おれ、おかしいんだよ」
期末試験が終わったある日のこと。
今日も勉強を教えようと、机の上に参考書やノートを準備しているアサヒの隣で、おれはぽつりと呟いた。アサヒに相談しようかしまいか悩む前に、いつの間にか言葉が口をついて出ていた。自分では意識していなかったが、結構参っているらしい。
アサヒはこちらへ興味深そうに顔を向けた。
「おかしいって、何が? 顔以外で?」
失礼な奴だなと思いつつ我慢する。
「いや、どうってことないんだけどさ」
と前置きしてから、ここ最近起こったことをアサヒに話した。
おれの顔がいつになく真剣そうだったのだろう。ちゃかすことなくアサヒはふーんと聞いていた。
「それで、その黒い人影っていうのはお前になんかするわけ?」
ひと通り聞き終わったアサヒは、真剣な顔で尋ねてきた。
「え、お前信じるの?」
自分から話しておいて何だが、気のせいだと思わなくもないし、いまどき幽霊とか子供っぽいし、おれ自身バカらしいという意識があるので、逆に半笑いで聞いてしまった。てっきり「そんなの気のせいだよ」とか、「なに、中二病発症したの?」とかいう反応をされるかと思っていたので拍子抜けだ。もしクラスの連中に言ったら、そういう反応をするに違いないだろう。
だがアサヒはそのまま続けた。
「うん、まあ。そういうこともあるかもね。それで、そいつらはお前に何かするの?」
早く先を話せと言わんばかりにアサヒは顔を近づけてきた。
おれの気のせいかもしれない話を、そんなに真剣に聞く必要もないのに…と思いつつ嬉しくなる。
顔近いし。
「いや、そいつら何もしない。ただ立ってこっちを見ている気がするだけなんだ」
アサヒの熱い視線と体温を感じ、変にモジモジしてしまう。
そう答えるとアサヒは明らかにホッとした顔をして、おれの目の前に広げた教科書を差し出してきた。
「それなら大丈夫だ。じゃあ勉強しようぜ。赤点取ったのを幽霊のせいにすんなよ」
そう言って彼はシャープペンをおれの手にしっかりと握らせる。
「え、待って、お前。もしかしてそういうのわかる人?」
アサヒの表情の変化ぶりに、何かわかるのではないかと期待した。
「そんなのわかんないよ。別に害がなかったらいいんじゃないの。それよりホラ、来週追試なんだろ」
そう言うとアサヒは数学の公式を指さした。
心なしか不機嫌そうだ。
「ああー、ゴメン。でも、もしお前がそういうのわかるんだったら、何か心強いな」
心強いと言われて複雑そうな顔をしているアサヒには気づかず、
「あのさ、この間おれ図書館で寝ちゃったじゃん? その時に変な夢見たんだ」
この際全部言ってやれと、おれはそのときの事を話し始めた。
幽霊やお化けなんて、これまで意識したこともなければ、たまにテレビでやる心霊番組以外触れる機会もない。話をしながら、そういえば変なことが起こり始めたのは、あの夢を見たあとからなんだよなーと思い出していた。
しばらくアサヒは黙って話を聞いていたが、怒ったような口調で、
「もういいよその話。やめよう」
と珍しく途中で話を切った。
「くだらないよ」
そう言われてしまい、急に恥ずかしくなった。もしかして本当にあるのかもしれない、おれ、実は何かの能力者で、悪の組織に狙われてるのかも…などと思っていたのを見透かされた気がした。
そのあとは大人しくアサヒに勉強を教わり、見事に撃沈して頭から煙が噴きだし、机に突っ伏して泣いた。そのあいだ、アサヒは別の考え事をしていたのだが、おれは気づくことはなかった。
「おかえり。あれ、もう帰って来たの? 早くない?」
くたくたになって家に帰ると、母親が開口一番にそう告げた。時計を見るともう二十時すぎで、何ならいつもよりも遅いくらいだ。そう告げると、
「あら、そうね。そういえばそうね。すぐごはん食べる?」
母は何事もなかったかのように食事の準備をはじめた。
変なの、と思いつつ鞄を置いてからリビングのソファに腰を下ろし、テレビをつける。夕方のニュース番組が始まっていて、薬物の危険性を特集していた。
ボーっと眺めていると台所から母親が話しかけてきた。
「ねえ、涼太。今日アサヒ君のお母さんから電話があったわよ。食事にお誘いしたいって。明日、家に寄ってくださいですって。涼太の好きなものを聞かれたから、何でもいいですよーって言っておいたんだけど。なつかしいわね、アサヒ君てあの昔から病弱な子よね。学校もあんまり行ってないんでしょう? 可哀想に。今も仲良かったのね」
「ああ、うん。まあ」
おれはテレビから目を離さずにあいまいに答えた。何となく、アサヒと自分の事はほかの人には内緒ごとの様な気がしていた。
誰にも言わないとか、そんな約束はしてないけど。
「初めてよね、アサヒ君のお宅行くの。失礼のないようにね」
「わかってるよ」
答えながら、でもアサヒのお母さんって、確かこの前行った時は家に入るのを嫌がってたはずなのにな、と思った。まあいいか。
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