第6話
その日から、おれの周りで少しずつおかしなことが起き始めた。
携帯に知らない番号の着信が何度もくる。しかもワン切り、何度かけ直しても話し中。家族や親しい友人くらいしかアドレスにないので、誰から掛かってきたのかも不明だ。他にも、図書館の帰りに自転車に乗って、一人で音楽を聴きながら家に向かっていると、ふと目の前を黒いものが横切った様な気がしたり、夜にポツポツと街灯のある道を自転車で走っていると、遠くに黒い人影が立っているのが見えたような気がしたり。
おれ、疲れてるのかな…と思ってみたが特別疲れるようなことをした記憶はない。
電話の件はともかく、やはり図書館での夢がよほどこたえていたのだろうか。自分でも自分の小心さに半ばあきれていた。
ある時、家族で夕食を食べている最中に突然、リビングで飼っている金魚がダイブした。バシャッと水音も高く跳ね上がったかと思うと、ペチャッと床へ落下して苦しそうに跳ねている。あっけにとられた全員が顔を見合わせて、箸を止めた。
「何? どうしたんでしょうね、突然」
母が不思議がりながら立ち上がり、金魚を拾い上げ水槽へと戻した。
何事もなかったかのように泳ぎだす金魚にみな安心したが、何故か食卓の雰囲気はこれまでの和やかなものとは一気に変わってしまった。
「金魚、どうしたのかしら。今まで一度もそんなことはなかったのに、ちょっと気味が悪いわね。そういえば、最近何となく変なことが多いのよね。」
母が話し始める。
「今日もね、近所のスーパーに行ったらベビーカーを押した奥さんがいたんだけど、様子が変なの。何度も何度も、同じコーナーをぐるぐるしてて、何も買う気配もなくて。ちらっと赤ちゃんが見えたんだけど、目をぎゅっと閉じて、すごく苦しそうな顔をしてたのよ。でも奥さんはあやすでもなく、ただ黙々とベビーカーを押してるの。髪が顔にかかって表情は見えなかったんだけど、育児ノイローゼかしらね…」
「えーなにそれコワイー」
三歳年上の姉は、言葉とは裏腹に興味深げに聞いている。
母の話を聞いていた父も、そういえば、といって話し始めた。
「最近会社でも、何かがちょっと変なんだよ。重要なメールが突然消えたり、全館で一瞬だけ停電したり、よく知ってる奴から全く違う名前で呼ばれたり。なんだろうな?」
いつもなら飯が不味くなるからやめろ、というはずの父親が今日は神妙な面持ちで話に参加している。
「おい、飯時にそんな話やめようぜ」
代わりにおれが言ったが、聞こえていないのか、もしくはおれの意見は無視されるものなのか、父も母も、姉もそのまま会話を続けていた。心なしかそんな話をすることが楽しげな雰囲気さえする。うんざりしたおれは自分の部屋へ退散することにした。
「ごちそうさま」
食器を片付けて、二階へ上がろうと階段に足をかけたとき、
「涼太」
後ろから声をかけられた。
「何?」
振り向くとダイニングから、こちらを見ている母と姉の二人と目が合った。
二人とも目を見開いて、何かに驚いたように口をぽっかり開けている。その様子に何だかうすら寒さを感じた。
「なに?」
もう一度尋ねると、母は急に笑顔になった。
「…ううん。なんでもないわ。早く寝るのよ!」
そう言うと、姉とまたおしゃべりを始める。
「何だよ揃いも揃って…やめてくれよ」
おれは鳥肌の立った腕をさすりながら、自分の部屋へと戻った。
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