第5話
「…ねえ、リョータ! ねえ!」
絶叫しているさなかにハッと目を覚ますと、目の前にふて腐れたアサヒがいた。
「ねえ、帰ろうよ」
蛍光灯の眩しい光が目に刺さり、いつのまにか図書館の明かりはもとに戻っていた。おれは自分がさきほど漫画を読んでいた長椅子の上に、横になって眠っていたことに気が付いた。
漫画は背表紙を見せて床に落ちている。全身にびっしょりと汗をかいていた。緊張して力をこめ過ぎたのか体がだる重い。
いつの間にか握りしめていた拳を開くと、赤く爪の跡が残っていた。冷えた汗が背中をつたう。
「あ、アサヒ…おれ、寝てたのか?」
目の前にいるのが本物のアサヒか、自分の口が本当に動いているかを確認するように、ゆっくりと尋ねた。
「うん、そうだよ。だいぶ待ってたんだけどさ、リョータぜんぜん起きないんだもん」
あきれたような顔でアサヒは言う。
外はすっかり真っ暗で、時計を見ると閉館の三十分前を示している。『ほたるの光』が流れ出すと同時に、館内のざわめきが耳に流れ込んできた。
「もう帰る時間よ!」
「やだー! まだ見る!」
幼児コーナーの親子のやりとりや、急いでカウンタ―に向かう客の足音がやかましい。
おれは沢山の生きた人間の気配で、全身がほぐれていくのを感じながら、ほうっと安堵のため息をついた。そんなおれをアサヒは、やれやれどうしようもないな、と言いたげな顔で見ている。
とうてい今の夢のことなんて言えそうにない。きっとアサヒのことだから「まんがの読みすぎ!」と大笑いするだろう。
…絶対に話すまいと心に誓った。
先ほどまでの豪雨が嘘のように、夜空には星が瞬いていた。
街頭の明かりが濡れた道路を照らしている。おれは自転車を押してアサヒと一緒にゆっくりと歩きつつ、さっき起こった出来事について考えていた。絶対に話すまいとは誓ったものの、試しにアサヒに聞いてみる。
「なあアサヒ、おまえユーレイとかって信じる?」
するとアサヒは、おれの顔をしばらくの間じっと見つめてから、「あ」とつぶやいておれの後方を見上げた。
「…いると思うよ」
目線を動かさずに言う。
「…え、え! 何⁉ まさかおれの後ろになにかいるの⁉」
驚きと怯えで声が裏返ってしまう。
腰が抜けそうになり必死で自転車のハンドルを握りしめると、アサヒはそのまま口角をあげて意地悪そうな笑い顔を作った。ケタケタと可笑しそうだ。
「おい! 冗談やめろよマジで!」
おれは本気で怒鳴った。アサヒが逃げるように走り出したので、一人残されまいとあわてて追いかけた。いつも別れる交差点まで来ると、
「じゃあまたね、リョータ。おびえてオネショすんなよ!」
「うるせえバーカバーカ!」
おれは彼の後ろ姿にそう叫ぶと、全速力で自転車を漕いで家へ帰った。
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