第3話

次の日も、やはりアサヒは学校を休んでいた。

昨日は大丈夫だったのだろうか…おれは少し心配していた。


「なあなあ、りょーちん。お前、期末試験の勉強してる?」

朝のホームルームで後ろの席のタケルが声をかけてきた。


おれは振り向いて答える。

「え? 期末? やってるわけねーべや。それよりさ、タケちゃんあのゲームどこまで進んだ?おれどうしても倒せないやつがいてさ、レベルは上げたんだけど一発で消されんの」

「ああ、あそこな。ワカルワカル。攻撃する前にあの呪文かけないと…なんだっけ」


友人とゲームの話で盛り上がり、午前のつまらない授業で寝て弁当を食べ終えると、昨日のことなんて夢のようにすっかり忘れてしまった。帰りの会では友人とふざけあって先生に怒られるのもいつものこと。


放課後、駐輪場から自転車を取り出していると、同じ部活のショウが声をかけてきた。

「明日なーりょーちん。土曜日、タブレット買いに行くの手伝ってくれる約束忘れてねえよな。」

「おお、忘れてねえよ。明日なー」

友人に告げ、自転車にまたがると鼻歌まじりに図書館へと向かった。


だが図書館の前まで来ると、何故か急に中に入るのがためらわれた。入口まで来ているのに、なんとなく今日は会わなくてもいいか…と思い始めたのだ。


何だかめんどくせーし。

一日くらいいいだろ…あ、でも昨日、また明日って約束しちゃったしなあ、と頭をかきながら中へ入る。


入ったものの、何となくアサヒの所に直行しづらくて漫画コーナーを見渡し、新しいやつ入ってないかな…と中腰で物色していると、誰かが背後に立つ気配がした。漫画を物色しているのだろうか。おれはそのままの姿勢でそいつが去るのを待っていた。


が、なかなか動こうとしない。何だよ、おれの前にある漫画が取りたいのか?

少し横にずれると、すっと後ろから学生服の腕が伸びてきて漫画を抜き取っていった。すると急に、アサヒを待たせてしまっていることが気になりだした。

「あ。こんなことしてないでアサヒに会いに行かなきゃ」


口の中でつぶやくと、おれは急いで立ち上がり自習コーナーへと歩いて行った。

その様子を、背の高い男子学生が眺めていたのも気づかず。


自習コーナーでは、アサヒがいつもの席で、分厚くて難しそうな本を熱心に読んでいた。やっぱコイツ、学校のやつらと違うよなあ。しみじみ思う。学校じゃこんな本を読んでいる奴は誰もいないよ。感心しながら見ているとアサヒがこちらに気付いて顔を上げた。


「あっ来た、リョータ。おそいぞ」

「悪いわるい」


悪態とは裏腹の満面の笑みで迎えられ、今日は会わなくていいかと一瞬でも思ったことに罪悪感を覚える。かばんを置いてアサヒの隣に座ると、アサヒの読んでいる本の表紙を覗き見た。


「すげえ分厚い本。何読んでんの?」

「ギリシャ神話」

「ギリシャ神話ぁ⁉ おまえー、女子かよ!」


おれは罪悪感を隠すため、ノリを良くしようとつい口に出してしまったが遅かった。アサヒの顔がみるみる赤く染まり、明らかに怒っている。


「あ、ゴメン…」

謝ったが、アサヒは膨れてそっぽを向いてしまった。おれはあわてて話題を変えることにした。

「そ…そういえばさ、期末試験が近いの知ってる? 大丈夫かお前、勉強してるか?」

彼の機嫌を探るように尋ねると、アサヒは横目でおれに冷たい視線を投げてきた。


「は?しないよ。いつも通りだよ。おれは特別に試験勉強とかしなくてもいいし。まあリョータは頭が悪いから大変だな」

胸に刺さる言葉を浴びせてきたので、おれは半分本気でへこんだ。

良かった、昨日は具合が悪そうだったけど、今日は元気そうだな。


「元気そうで良かったよ」


ぽつりとアサヒが洩らした。ん? それ、おれの台詞じゃね?

「へ?頭は悪いがおれはいつも元気だぜ?頭はいいが休んでばっかのお前に言われ

たかねえな」

「あはは、それもそうだね」

少し強く出たつもりだったが、アサヒは屈託のない可愛らしい顔で笑った。


クソ負けた…口を尖らせ彼から目をそらしたまま、ぶっきらぼうに頼んでみる。

「お前が特別勉強しないなら、おれの試験勉強、教えてくれよ。これから毎日」


アサヒは恥ずかしそうなおれを面白そうに眺め、少し考えてから、いいよと答えた。

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