合否発表(2)

翌週の月曜の朝、一真は登校するよりも早く家を出て電車に乗り、満員電車に辟易しながらも都心方面に向かっていた。

私立の工業高校のひとつはけっこう遠く、電車を二度三度乗り換えねばならない。

(もし受かってても、こっちに通学するのは嫌だなぁ)などと思いながらも、耳は懐に入れたSONYのウォークマンが再生するUFOのライブ盤の臨場感あふれる雰囲気をしっかり捉えていた。

「やっぱりこの盤を買って良かったな」と真剣に思ったのは先週、父と別れた後自室に戻り、初めて盤に針を落とした時だった。

荒々しい音色ながらも妙に哀愁を帯びたギター、しっかりしたリズムセクション、ちょっとくぐもった、いかにも英国人らしく安定しているヴォーカルの声、控えめながらも効果的に音を繋いでいくキーボード。

こういう「一曲づつがしっかりアレンジされててメリハリがあって、でもドラマティックに展開する・・・」

一真は言わば「理想のハードロック」を発見した気分になっていた。

すぐに90分カセットテープをみつくろい、昨日の日曜のうちに2枚組ライブをきっちり録音して「外出」に備えていたのだ。

そんなヘッドホンからの音楽に身を委ねているものの、やはり高校の合否発表は気になる。

工業高校は少しでもレベルの高い学校の方が、大学受験、特に一真の考えている電子工学関連の学部に進むのには最良のルートだとされていた。

これが公立の工業高校になると、あからさまにレベルが落ちてしまう。

高校在学中に、とにかく初級段階の技能免許を取り、高卒で即、職人や現場仕事などの実務に就かせることが目的になってしまっているからだ。

電車を乗り換え、カセットをB面に入れ替えて一曲目の途中あたりで、目的の駅に着いた。

同じ目的の中学生が多いのか、母親連れの学生も多く見られる。

一真はヘッドホンを頭から外し、コードを巻き取ってショルダーバッグに仕舞い大股で歩いていった。

私立高の門を入ってすぐの広場に臨時造りの掲示板が建てられ、一真が入っていった時にちょうど群衆がざわめき始めたところだった。

白衣姿の教員らしき男性が「今から掲示しますが、あまり近くに寄らないようにしてください、危険ですので!」と大声で言い、すぐにもう一人の男性と二人がかりで巻いた模造紙を広げて貼り始めた。

さすがに少し緊張してきた一真も、じわじわと前に寄っていく。

(873番・・・873番・・・)

えっ と息を呑んだ。


850番から880番まで、スパっと切り取られたように番号が飛んでしまっている。

(うーん・・・けっこう厳しいんだな、こっちは)

気がつくと左手を強く握りしめていて、背中にじわりと汗が感じられた。

周りもけっこう意外だった生徒が多いらしく、ざわめきは一段と大きくなってきて、一真は踵を返し早々に校門を後にした。

(どうしよう、いちいち連絡を入れた方がいいのか、それとも、もうひとつを確認してからにするか)

駅前の公衆電話の列を見て、すぐに諦めてまた切符券売機の列に並んだ。

電車はすぐにやってきて、さほど混み合ってもおらず、一真はヘッドホンを取り出しかけたが、すぐにまた戻した。

嫌な想像が一気に膨らんで襲いかかってきたのだ。

「もうひとつも、落ちてたら・・・・どうするんだ?」

もう一校は一旦自宅方面に戻り、私鉄に乗り換えて数駅の所だったが、駅からの距離がけっこうあった。

歩きながら一真は不思議に予感のようなものが頭に浮かび、思わず「ダメだな、きっと・・・」と呟いていた。


そしてその予感は見事に的中した。

一真の受験番号はあっさり抜けており、一真は線路沿いの戻り道をのんびり歩きながら「さて、学校と母親の会社と、どっちに先に電話しようか」と思案していたが、なぜだか先週の、達也がカウンターに腰掛けてタバコを燻らせている姿が浮かんだ。

(なんだろ、今、俺はタバコを吸いたくなってるのかな?)と思いつつ、口から出てきた正直な言葉は

「あーあ、めんどくせえなぁ」だった。


ちょうどすれ違った中年の男性がギョッとした顔を見せ、一真は少し笑う。

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