父からの依頼

(父さんがビートルズの武道館公演を観てるんだって?)

これには、さすがに一真は頭を殴られたようなショックを受けた。

「ええっ?僕が生まれて・・・半年くらい?」

「芳子には言ってないんだ」ちょっと小声で達也が答える。

そりゃそうだろうなぁ、と 一真も冷や汗が出てきた。

「でな、俺がちょっと前にゴルフの仕事やってた頃、群馬から長野にかけてゴルフ場のアテを取るのにずっとそっちの方に泊まり込んでたんだが、その頃、軽井沢にジョンが住んでたらしくてな、で、偶然見かけて話しかけて、少し会話も出来たんだ」


一真は目が回りそうだった。

日本でジョンと話をした? そんな夢の中みたいな事があるのか・・・?

「嫁さんの実家の関係で別荘があるらしくて、あの小野家ってのは、すごい家らしいからな」

軽井沢が高級別荘地だと言うことくらいは一真も知っていたが、まさかジョンが日本に来ていたとは思いもしなかった。

「優しくて、いい人だったぞ。ヨーコの方も思ったより柔らかな人でな、通訳みたいにしてくれたが、ずっと笑ってて」

「ふーん・・・その時、音楽の話もしたの?」

「ああ、「もう構想はある、子供は元気に大きくなってるから安心して音楽に復帰できるよ」って言ってくれたんだぜ」

一真は、父とジョンとヨーコが立ち話している所を想像しようとしてみたが、映像が浮かんでくる前に、達也がいきおいこんで言ってきた。

「カズ、お前 ダブル・ファンタジーは買ったのか」

「あ、うん、ずっと待ってたんだもの。予約して買ったからポスター貰ったよ、貼ってないけど」


しばらくの間の後、意を決したように達也が口を開いた。

「あのな、頼みがある」

「えっ?」

「カセットに録ってくれよ、アルバム丸ごと。今すぐにだ」

テープなら買ってきたんだ、と達也は上着のポケットからSONYの水色のパッケージを出してみせた。

「わかった、やるよ」

「そしたらな、水道道路向かいの喫茶店あるだろう、隣の酒屋の娘がやってる店」

「あぁ、響子きょうこ姉ちゃんの店?」

「あそこで待ってるから、録ったら持ってきてくれよ」

言いながら、達也はテーブルを右手指でトントントン、と何度もはじいていた。

なるほど、タバコ吸いたいんだな、と一真は察しをつけ、少し笑った。

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