保健室

目が覚めた時、まず窓の外を見た。

(もう真っ暗じゃないか・・・)

そこが保健室のベッドだというのはわかっていた。いわば"お馴染みの寝心地"のスプリングは一真の骨張った背中を容赦なく押し上げていた。

(ふぅ~)と溜息をつくと、気配を悟られたのか白いカーテンがスッと開いて、田原教師が滑り込んできた。

「どう?保健の水嶋先生は単純な貧血だろう、って言ってたけど」

一真は窓の方から視線を変えずに

「そうだと思います、昨日から食べてないんで」

「あー、やっぱりそうか」

と、田原がベッドの端に腰掛けて上体を寄せてきたので一真は思わず毛布を引っ張り上げて固まった。

「何よ、そんなに怖がる事ないでしょ?」

「・・・・・」

「そうね、悪かったわ、もうあんな事はしないから安心しなさい」言いながら一真の額に手を当てる。

「うん、熱はないわね。とにかくビタミン剤くらいは飲ませて、って水嶋先生に言われてるから」

「はい、飲みます・・・」どうしても声が震える。

やがてベッドから立ち上がった田原が水差しと薬瓶を持って戻り、一真は2つの錠剤をコップの水で飲み下した。

「先生、ここまで 運ばれたんですか、俺」

ふふん、と口の端で笑った田原は

「ちょうど、テニス部の後輩ちゃんがあなたを訪ねて来てね、木村くんと後輩二人の三人で運んでくれたわよ」

「後でちゃんとお礼を言うのね」

「はい、すみません、先生にも迷惑かけて」

「どう?帰れそう?おうちには連絡入れてないわよ?そのくらいはあたしだって心得てるんですからね」

そこでようやく一真は少し表情が緩んでホッとした。

「助かります、あの人は相変わらずピリピリしてるんで・・・」

「ねぇ矢沢くん、お母さんを「あの人」なんて言うもんじゃないわよ?」


しばらくの沈黙の後、田原が口を開いた。

「やっぱり君はまだ、心がフワフワしてるままなの? もう大丈夫かと思ってたけど」


三年生になってすぐ、一真はどうしようもない倦怠感と無気力、そして過呼吸に襲われ、田原に連れられて保健医の水嶋と共に神経科を受診して「ノイローゼ気味」という診断を貰っていた。

ちょうど受験のための三者面談を控えていたが、一真の懇願もあり母の芳子にはそういった事象はあえて伝えず、ほぼ田原の胸の内に留められていた。


そして、田原と一真にはもうひとつ 誰にも言ってない「秘密」があった。

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