第12話
二ヶ月経った日本も韓国より寒さは柔らかいものの、吹く風は冬の訪れを感じさせる。
「そういえば、冬って庭に植えられる花ってあるのかな」
「意外と沢山あるよ。ノースポールは霜に強いから、庭に植えても元気に花を咲かせてくれるし。白い花だから雪みたいでとても綺麗。プリムラやパンジーもいいね。冬ってどうしても景色が霞んでるっていうのかな……だから、色鮮やかな花が庭に咲いていると元気が出るっていうか、」
緊張していたのか先ほどまで口数の少なかった花歩が、途端に口数が多くなるから思わず笑ってしまう。隣を歩く花歩はハッとしたように言葉を詰まらせてから僕を見た。
「ごめん」
「なんで謝るの? 花歩が楽しそうにしてくれて嬉しい。花のことは、僕はちょっと詳しくないから花歩に任せてもいい?」
花歩が目を逸らす。「うん」と頷いた彼女の耳は少し赤くなっていた。楽しみだね、と言えば、花歩から「そうだね」と小さな声で返って来た。彼女の口元が少しだけ緩んでいるのを見て、照れ隠しから目を逸らしたのだと分かり安心する。僕はもう一度、今度は自分の気持ちを確かめるように「楽しみ」と呟いた。花屋へと向かう道が、とても晴れやかに見える。
「次は車で来ないとダメだね」
「僕も、荷物がたくさんになることをすっかり忘れていたよ」
花が咲くポットが敷き詰められた段ボール箱を両手で抱え、僕たちは笑い合う。
「でも、あの広い庭を一度にやるのは難しいから。今日、一ヶ所でも綺麗にできたらいいな」
「そうだね」
帰って来た屋敷の門を抜け、連なるアーチの中を潜る。屋敷をまわり、広い庭に出ると僕たちは段ボール箱を置いた。ずっと同じ形で荷物を持っていたから、固まってしまった体を一度グッと伸ばす。
花歩は庭の隅に置いてあったプラスチック製の茶色い籠を持ってくると、中に入っているガーデニンググッズの中から僕に赤いスコップを渡してきた。少し錆が見えるそれは小さくて可愛らしい。
「これ、私が小さいときに使ってたやつ。ジアンに貸してあげる」
「これは可愛いね」
「でも、ジアンにはちょっと小さすぎるかな?」
「いや。僕はこれがいいな」
分かった、と花歩は僕を見て満足そうに頷く。小さい頃の花歩は、これを持って、きっとニコニコと庭の手入れを手伝っていたのだろう。その頃の彼女の思い出が僕の中に雪崩れ込んでくるような気がして、胸の奥が熱くなるのを感じた。
花歩に指示を貰いながら、痩せてしまった庭に新しい土を入れ直したり、ポットから花の苗を出していく。根っこをほぐして、色とりどりの花を植えていった。花歩は僕が花を土に植えていくたびに、花の名前を丁寧に教えてくれた。その中には店に行く途中に話したノースポールやプリムラ、パンジーもあった。たったこれだけなのに、庭のことに随分詳しくなった気がするから、僕はとても単純な性格だったのだと今更ながら自覚して、それがおかしくて、思わず一人で笑ってしまった。
買った花を全部植えるころには、すっかり夕暮れになっていた。
「花歩、そろそろ冷えてきたから、今日は終わろうか」
「うん。あと、これだけ」
僕たちが植えていた花壇の隣、小さなスペースに花歩が何かを一生懸命植えている。これでよし、と土をポンポンと叩いた彼女の隣に腰を下ろし直し、手元を覗き込んでみたけれど、そこにはまだ何もなかった。首を傾げた僕に花歩はくすくすと肩を揺らす。
「これは、春の準備」
「春の?」
「そう。春になったら、ここにチューリップが咲くよ」
「そうなんだ」
「うん」
僕を振り向いた彼女の鼻先に土がうっすらと付いている。ふ、と吹き出してしまった僕に、花歩は驚いたように目を丸くした。
何か面白いことがあった?と慌てる彼女が愛しい。
花歩の手を握り、その顔を覗き込むように、彼女の唇に自分の唇をそっと重ねた。僕より少し高い柔らかな体温。それを長く感じる度胸は僕にはなく、すぐに離れる。
「春が楽しみだね」
「ジアン、また一緒に見てくれるの?」
「うん。見に来る。約束」
互いに照れ臭さを隠すように話す。それでも花歩は、繋いだ手を強く握り返してくれた。
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