第022話 勉強会 in みゆきちハウス


 みゆきちと初デートを終えた後、俺とみゆきちの会話が少し変わった。

 これまで筆談や携帯での会話しかしてこなかったが、ここに少しだけ口頭による会話が混ざるようになったのだ。


 というか、電話だ。

 ほぼ毎日のようにほんの少しだけ電話をする。


 そして、図書委員が終わった後にも話をしていた。

 多くを話すことはない。

 俺がそこまでしゃべれないし、みゆきちがずっとしゃべっている時もある。

 それでも少しずつ、しゃべる量を増やしていった。


 話す内容はいつもの会話に加え、借りているミステリー小説についても話すようになった。

 これが非常に助かりもした。

 ミステリー小説の話になると、みゆきちが饒舌になるし、俺自身もミステリー小説の話をするのは楽しかった。


 まだ読んでいる途中で、犯人を予想したり、謎解きをしていくのは楽しいし、それを聞くみゆきちも楽しそうだった。


 俺はこの1ヶ月、もう付き合ってんじゃね?と思うくらいにはみゆきちと話をしていた。

 だが、当たり前だが、付き合ってはいないし、告白もしていない。


 俺はもうみゆきちとどうなりたいかを悩んではいない。

 付き合うということしか頭にない。

 もし、これでフラれたらどうなるかはわからないが、それでも告白を止める気はない。

 問題は告白をいつにするかというか、いつに出来るかということだ。


 アリアのお父さんからちゃんと目を見て、口頭で告白しないと、後々のキスの時に困るぞ、というアドバイスをもらったため、告白のハードルが俺的には上がってしまった。

 だが、俺はこれを完遂しなければならない。


 俺とみゆきちの幸せのために!


 ということで、今日も図書委員の仕事終わりにみゆきちとしゃべっています。


「もうすぐ期末だねー。その後は夏休み。来年の夏休みは受験勉強だから今年が遊べる最後の夏休みかなー」


 図書委員も終わり、鍵を職員室に返した後、みゆきちがそう言ってきた。


 そうか……

 来年は3年だから受験か。

 俺だって、大学には行くつもりだ。

 だが、みゆきちがどこの大学に行くかはわからないが、今のままではみゆきちと同じ大学には行けないだろうな。


「夏休みかー……みゆきちと会えなくなるのかー」

「いや、別に会おうと思えば会えるじゃん」


 そうは言うが、学校ほど顔を合わせることはないだろう。

 良く考えると、夏休みってヤバくないか?

 関係性というか、俺の病気の治療がリセットする可能性がある。


「会ってくれる?」

「うん。家に来てもいいよー。あ、アリアの家でもいいよ。アリアのお父さんとお母さんが小鳥遊君のことを面白い子だねって言ってたらしいし」


 苦笑い付きだろうけどね。

 それにしても、みゆきちの家に行ってもいいんだってさ。

 もうね、これは付き合ってますわ。


 いやいや! これは危険だ!

 現状で満足してはいけない!

 やはり夏休みに入る前までに決めないといけない。


「山岸家は置いておいてさ…………期末も一緒に勉強しない?」

「あー、前に言ってたね。小鳥遊君、本当にテストの点が良かったもんねー」


 俺は中間テストで平均点が70点台後半だった。

 母親は驚き、父親は天気予報を見始めた。

 妹には裏切者扱いされた。


「みゆきちと一緒だったら頑張れるし」

「そっかー。まあ、一緒にやるって約束したしねー。いいよー。やろうやろう」

「頑張るかなー。親も金くれるって言ってたし」


 実は俺がみゆきちのためにバイトするって言ったら成績が良ければデート代を出してやるから勉強しろだそうだ。

 完全にみゆきちを餌にしてやがる。

 おもっきし、食いついたけどね!


「何それ?」

「まあ、成績が良ければお小遣いが増える感じ」

「なるほどー。じゃあ、頑張らないとねー」


 ええ、頑張りますとも。

 それと同時に頑張らないといけないこともある。


 俺達はバス停に着き、バスを待っている。


「みゆきち、変なことを頼んでいい?」

「セクハラじゃないならいいよー」


 いや、ひで。


「……そういう意味じゃないから。ちょっと目を見てもいいかな?」

「あー……そういうこと。いいよー。えっと、どうすればいいかな?」

「こっちを見て」

「ん」


 みゆきちがこちらを見ているのが横目でわかる。


 俺はそーっと、みゆきちの方に顔を向けだす。

 そして、みゆきちの顔を見た。

 がっつりと見るみゆきちの顔は本当にかわいく、輝いて見えた。

 そして、メデューサかバジリスクの生まれ変わりであるみゆきちの目を見た俺は身体が完全に固まってしまった。


「け!」

「結婚してくださいはもういいよー。何回も聞いたし」


 あれ?

 完全に俺の芸風みたいに思われてない?

 飽きてない?


 俺はそっと目を逸らした。


「ふぅ……」

「帰る時の挨拶は目を見てくるのに、なんで今はできないのかがわからないねー」

「実際、目を見て会話したいと思う?」

「そりゃねー。だってさ、会話って言葉だけじゃなくて、顔の表情や目も含まれてない? 話してて、あ、この話題はマズいとか、この話題は相手が喜んでいるんだっていうのも表情とかでわかるじゃん。というか、小鳥遊君の方がそういうのに長けてるでしょ」


 まあ、そうかも。

 やはりそれが大事なのかもしれない。

 特に恋人同士では……


「ごめん。もうちょっと付き合って」

「いいよー。いくらでも付き合うよ」


 みゆきちは俺がみゆきちに対して、普通に話せるようになるために色々としてくれている。

 俺はこれに応えないといけない。


 ってかさ、これ、告白してフラれる可能性があると思う?

 俺、ないと思うんだけど……

 いや、俺がまともだったらっていう前提条件があるけど。


 俺はバスが来るまでの間、みゆきちに協力してもらい、何度もそのきれいな目を見た。




 ◆◇◆




 それから1週間が経ち、期末テストまで1週間となった土曜日の朝、俺は玄関で靴を履いていた。


「あれ? あんた、出かけるの? 勉強は?」


 俺が出かけようとしていると、母親が声をかけてきた。


「みゆきちの家で勉強会」

「は? 家?」


 母親が呆ける。


「俺はマジで言っている。そして、ガチで勉強してくる。お母さんはお父さんのボーナスを確保しておけ。このテストで必ずいい点を取ってやる。そして、俺はみゆきちに告白する。彼女が出来る。夏休みはデート三昧だ。孫は…………10年後に見せてやる」

「ミユキちゃんと一緒で勉強に集中できるの?」

「俺はそこら辺のサルとは違う。10年後、20年後を見据えているのだ。というか、アリアも一緒だから2人きりではない」


 アリアは家が隣だしなー。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 お母さんは慌ててリビングに行く。

 そして、財布を手に持ち、すぐに戻ってきた。


「お金をあげるから手土産にケーキでも持っていきなさい」


 お母様はそう言って、1000円札を渡してくる。


「お母さん…………あんたがボケたらちゃんと良い施設に入れてやるからな!」

「…………まあ、そうして」

「行ってくるー。あ、ヒカリちゃんは勉強する気が皆無っぽいから叩き起こした方がいいよ」

「そうするわ……!」


 俺はケーキ屋に寄り、ケーキを買った後、みゆきちの家に向かった。

 そして、みゆきちのマンションに着くと、インターホンを押す。


「はーい」


 俺がインターホンを押すと、すぐにみゆきちが出てきた。


「お、おはよー……あ、これ、えーっと、ケーキ」


 いきなりみゆきちに出てこられると、どもるな……


「おはよう! ケーキ、ありがとう! お母さん、小鳥遊君がケーキくれたー! あ、上がってー。アリアはもう来てるから」


 みゆきちがそう言いながら奥に行ってしまったので、俺は玄関に入り、靴を脱ぐ。

 そして、みゆきちの部屋まで行くと、ドアをノックした。


「どぞー」


 俺はアリアが許可をくれたので、ドアを開け、部屋に入る。

 部屋の真ん中にはテーブルが置かれ、アリアが勉強道具を出しながら携帯を弄っていた。


「おはよー」


 俺はアリアに挨拶をしながらテーブルの前に座る。


「んー。小鳥遊君、ケーキ持ってきたんだねー」

「聞こえた?」

「そらね。グッジョブだよ。私の中の小鳥遊君がヘタレから紳士に進化したよ」


 やっすい女だなー…………


「みゆきちの家に行くって言ったら母親が持っていけだってさ」

「いいお母さんだねー」

「早く孫を見せてあげないとね」

「それ、ミユキに言わないでよ…………」


 言うわけないじゃん。

 何を言っても嫌いにならないとは言われたけど、普通に引くだろ。


「あ、これ、過去問」


 俺はカバンから生徒会長からもらった過去問のコピーを取り出し、アリアに渡した。


「お! ありがとー。また解説付きだし。生徒会長、本当にすごいねー。というか、めっちゃ良い人」


 今回も頑張ってくれた。

 なお、過去問をもらいに家に行って、お礼を言った時、良い息抜きになるって返され、俺と妹は頭に?マークが浮かんだ。

 あの人、頭良いけど、息抜きの意味は知らないらしい。


「おまたせー」


 俺とアリアが話していると、みゆきちが部屋にやってきた。


「ケーキは?」


 もうアリアの頭の中にはケーキしかないな。


「後でお母さんがお茶と一緒に出してくれるってさ」

「おあずけかー。まあ、楽しみにしておこう」

「うんうん。さあ、勉強しよー」


 俺はすぐにみゆきちにも過去問を渡すと、各自でテスト勉強が始まった。

 今回も基本的には各自でやるが、たまにみゆきちに教えてもらったり、雑談も交えながら勉強をしていった。


「小鳥遊君さー、今回もいい点を取るつもり?」


 みゆきちがトイレに行き、席を外している時にアリアが聞いてくる。


「だなー。平均80点はいきたいなー」

「ホント、頑張ってるねー、どうしちゃったの?」

「みゆきちと同じ大学に行くから…………」


 俺とみゆきちの成績の差では厳しいのだ。

 だから頑張ろうと思う。


「あ、なるほどね。小鳥遊君のそういうところはホントにすごいわー。行きたいじゃなくて、行くだもんね」

「堂々とした陰湿ストーカーだから…………」

「怖いわ」


 アリアがケラケラと笑う。


「あー、でも、そっかー。私はそこまで考えてなかったけど、進路も考えないとなー」

「大学は行くだろ?」

「一応、そのつもり。うーん、勉強かー」

「お前もみゆきちと同じ大学を目指せば? 実はみゆきちがどこ行くか知らねーけど」


 これで女子大志望だったら笑えるな。


「うーん、頑張ってみるかなー」

「いいじゃね? 少しずつでもいいから上げていけよ。お前は俺と違って部活もあるし」

「そうするー。私もミユキと同じところに行きたいしねー」


 不純かもしれないが、俺達の志望動機なんてそんなものだろう。

 別にやりたいことなんてないし。


 少ししたらみゆきちが戻ってきたので、勉強を再開した。


 この日は朝から夕方までずっと勉強をし、ものすごくはかどった日となった。

 アリアもまた、やる気が出てきたらしく頑張っていた。


 ケーキはみゆきちにもアリアにも大変に喜ばれ、俺の評価がぐーんと上がった。

 今日ほど母親に感謝した日はないと思う。

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