第021話 アリアの家でよくわからない状況になるの巻


「お邪魔しましたー」


 俺は玄関で靴を履くと、置いていた紙袋を持ち、見送ってくれている2人に頭を下げた。


「いえいえ。またいらしてください」

「はい!」


 俺はみゆきちのお母さんの社交辞令に食い気味に即答する。


「来る気満々…………小鳥遊君、また学校でね!」


 みゆきちが笑顔で手を振ってきた。


「う、うん。あ、小説、ありがとう…………帰ったら読んでみる……ね」

「うん。ゆっくりでいいし、合わなかったら無理して最後まで読む必要はないからねー」


 いや、そうは言うが、そういうわけにもいかないだろう。

 めっちゃ悩んで、5冊も貸してくれたんだし…………


「いや、読むよ。ありがとう。ばいばい」

「ばいばーい」


 俺は2人に見送られ、家を出た。

 そして、ドアを閉めると、一つ、息を吐いた。


 はぁー……緊張した。


 俺はいつまでもここで立ち止まっては行けないと思い、エレベーターがある方向とは逆の方向に歩き出す。

 そして、インターホンを押した。


 ピーンポーン。


『はーい』


 チャイムの音が聞こえると、インターホンから知っている声が聞こえてきた。


「あ、アリアー? 元気かー?」

『は? はい? 小鳥遊君?』


 アリアが呆けた声を出す。


「そうそう。いや、特に用はないけど、挨拶。じゃあなー」

『いやいや! なんでいんの!? ちょい待ち!! 帰るなー!』


 アリアの叫び声にも似た声が聞こえなくなると、ドアがガチャッと開いた。


「よっ!」

「マジでいるし!? なんでいんの!?」


 アリアがビックリした表情で玄関から出てくる。

 当たり前だが、アリアも私服だ。


「いや、さっきまでみゆきちとデートだったんだよー」

「あ! 家まで送っていったのか! でも、普通、上まで上がる? マンションの前までいいじゃん」


 なるほど。

 俺がデート終わりにみゆきちを家に送っていったと思っているのか。

 今度からはそうしようかな。


「うんにゃ。みゆきちの家にいた」

「は?」

「お母さんに挨拶し、みゆきちの部屋にも入った」

「はい?」


 耳はちゃんとついてるか?


「いや、だからさっきまでみゆきちの家にいたから帰りに隣に住んでいるというお前に挨拶でもって思って」

「どういうこと!?」


 こいつ、混乱しすぎだろ…………


「これを借りたの。映画が思ったより面白かったから」


 俺はそう言いながら持っている紙袋を見せる。


「あー……なるほど」


 アリアはその紙袋を覗きながら頷いた。


「読んでみようかなって言ったら貸してくれた」

「ふーん、あ、まあ、せっかくだし、入る?」


 意外にもアリアは俺を家に入れてくれるらしい。


「じゃあ、ちょっとだけ……お邪魔しまーす」


 俺はアリアに招かれて、家に入った。


「お前の部屋はどこだ?」

「部屋はダメ。テスト期間中だったからめっちゃ汚い」


 どうやら今日は掃除をしていないらしい。


「めっちゃわかるわー。俺の部屋もめっちゃ汚い。妹の部屋はもっと汚い」

「だよねー。ミユキの部屋はきれいだったでしょ」


 そういえば、めっちゃきれいだったな。

 性格かねー。


「掃除した後の俺の部屋よりもきれいだったわ」

「あの子はきちんとしてるから」


 俺らはきちんとしていない、と。

 反論の余地はありませーん。

 

 俺はアリアにリビングに通された。

 すると、普通にアリアの両親がおり、目が合った。


「あ、クラスメイトの小鳥遊君」


 アリアはそれだけ言って、キッチンに向かう。


 もっと言うことない?

 お父さんもお母さんも目が点だよ?


「山岸さんと同じクラスの小鳥遊といいます。突然、お邪魔して申し訳ありません。すぐに帰りますので」


 俺は両親に頭を下げる。


「あ、いえ、いらっしゃい」

「ゆ、ゆっくりしていってください。あ、どうぞ」


 お母さんにテーブルに座るように促される。

 俺は若干の気まずさを覚えたが、遠慮なく座ることにした。


「小鳥遊くーん! 何か飲むー?」


 キッチンからアリアの声が聞こえてきた。


「すぐに帰るし、みゆきちの家で紅茶をごちそうになったからいいよー」

「えー、でも、なんか出すもんじゃない?」


 知らねーよ。


「じゃあ、山岸さん家の名物の水道水でいいぞー」

「麦茶にするねー」


 俺のボケをスルーしおった。


 俺がそのまま待っていると、アリアがコップに麦茶を入れて持ってきた。


「ほい」

「ありがと」


 俺はまあ断るのもなんだしと思い、麦茶を受け取る。


「で? 映画はどうだった?」


 アリアが早速、本題に入る。


「面白かったぞー。ミステリーも面白いな。みゆきちはほぼスクリーンに釘付けだった」

「ふむふむ。ということは、小鳥遊君はほぼミユキを見てたんだね」


 いや、まあ、そうだけども…………


「横目で見てただけだよ。ほんでもって、映画が終わったらコーヒー飲みながら感想とか言ってた」

「ミユキ、テンション高かったでしょ?」

「うん。本当に好きなんだなーって思った」

「実際、昔から好きだしね。部屋に行ったんだったら本棚も見たでしょ」


 確かにかなりの量の本があった。

 もっとも、俺にはそれがミステリー小説なのかどうかもわからんが。


「見た見た。まあ、それでその本を貸してくれるっていうことで、急遽、お邪魔したんだよね」

「ほうほう。家にまで招くとはミユキもかなり好ましくは思ってそうだね」

「そう思う!?」

「圧が強いよ…………まあ、ミユキが人を家に招くって聞いたことないし」

「女子も?」


 男子はわかる。

 というか、俺が許さん。


「うーん、ないと思うなー…………ずっと同じクラスってわけじゃないし、何とも言えなないけど」

「ふーん…………」

「でも、小鳥遊君、意中の女子の家に行った帰りに別の女子の家に行くって最低だね」


 ひでー。


「いや、挨拶するだけのつもりだったよ。お前にもリサーチやらなんやらで協力してもらったし、上手くいったよーって報告するだけ。あとは家に帰ってから妹と反省会する予定だったの」

「あ、電話する気だったのね…………」


 まあ、反省会という名の自慢がメインなんだけど。


「そんな感じ」

「で? ミユキの部屋で何かした?」


 普通に自分の親御さんがいる前で何てことを聞くんだ…………


「んー? しりとりした」

「…………小学生?」


 いやまあ、気持ちはわかるけども。


「いやね、ほら、俺、みゆきちとしゃべれないじゃん? それでちょっと訓練してみよう的な?」

「あーね。それでしりとりか……」

「そそ。最初はちょっと会話もしてたけどね」

「へー。会話したんだ…………よかったねー…………プロポーズした?」


 俺=プロポーズするヤツという認識。


「みゆきちが何を言ってもいいし、プロポーズしてもいいから会話してみようって言ったんだよ」

「あ、ホントにしたんだ……」

「嫌って即答された。ワロタ」

「そら、そうでしょうよー」


 まあ、俺も半分、冗談だったので気にしてない。

 実際、フリかなって思ったし。


「で、実際に会話するとそこそこ出来たわけだ。まあ、目は一切、見れなかったけどな」

「うーん、まあ、進展したような気もするし、良かったんじゃない? 目を合わせるのは次の課題ということで」

「なあなあ、女子。女子的にはこれはいけると思う? 男子的にはいけると思うんだけど」

「女子的にはせめて目を見れるようにしてほしいね。彼氏が自分の目を見ないってヤバくない?」


 …………そうかなー?


「お母さん、どう思います?」


 もう一人の女子というか、女性に聞いてみよう!


「え!? 何が?」


 聞いてないんかい…………


「彼氏…………この場合は旦那さんでもいいんですが、パートナーが一切、自分の目を見ないってアリです?」


 俺はお母さんに話を振ると、お母さんは悩みだす。

 …………というか、言葉を選んでるな、これ。


「ナシかな…………」

「ほら」


 いや、まあ、なんとなくわかってはいたけどね。


「うーん、目を見る……しゃべる…………」


 俺は自分がみゆきちと普通に会話をしているところを想像する。


 だが、どう想像しても想像上の俺はみゆきちからすぐに目を逸らしている。


「小鳥遊君、ちょっといいかね?」


 俺が悩んでいると、お父さんが声をかけてきた。


「はい? 何でしょう?」


 ところで俺はアリアの家でアリアの両親と何をしてるんですかね?


「盗み聞きというわけではないが、話を聞くに、君は隣の家のミユキちゃんが好きということで合ってるのかね?」


 まあ、目の前にいるのに盗み聞きも何もないわな。


「そうですね。娘さんは良き友人ですし、その際にはお世話になってます」

「ふむ…………それで君はミユキちゃんが好きだけど、ろくにしゃべれないし、目も合わせられないと?」

「そうですねー。病気なんです」

「恋の病らしいよ」


 娘はいらんことを言うな。


「ちょっと度が過ぎる気がするが、気持ちはわからないでもない。男女問わずだろうが、好きな相手には緊張したりするもんだしな」

「ですよねー」


 ほんそれ。


「それでなんだが、君、ミユキちゃんに目も合わさずに告白する気か?」

「え……?」


 想像上ですらすぐに目を逸らしているのに目を見て、告白?

 …………あ、それがあの時だ。

 入学式のプロポーズ事件だ!


「筆談じゃダメですかね?」


 一応、奥さんにプロポーズしたであろう成功者に聞いてみる。


「…………ダメだろ。少なくとも、娘を持つ立場からしたらそんな男は嫌だぞ」


 うーん、俺も妹が告白されたって聞いて、告白が筆談って聞いたら心配になるな。


「…………ラブレター的にはアリじゃない?」


 俺は自分でもないと思っているが、アリアにも聞いてみた。


「小鳥遊君達的にはラブレターの要素がないじゃん。ノートじゃん。直接言った方がいいよ…………そのために特訓しなよ。せっかくミユキが言い出したんだし」


 それもそうか…………


「よく考えたら、ちゅーする時に目を見るしな…………」


 目を閉じる前は絶対に見つめ合う気がする。


「こら! 欲望を垂れ流すなって田中さんに注意されたでしょ!」

「あ、そうだった…………お父さん、ありがとうございます。確かに後の事を考えると、目を合わさないとマズいですね!」


 さすがは成功者だわ。

 言葉の重みが違う。


「え? ん?」

「パパの良いアドバイスがちゅーするために変わってるし!」

「よし! 帰って妹を使って練習しようかな!」

「ヒカリちゃんにちゅーするの!?」


 誰が妹にキスするか!

 ちゅーから離れろよ…………


 その後、俺は相談に乗ってもらったアリアとご両親にお礼を言い、家に帰った。

 そして、妹相手に告白の練習をし、ウチの両親にかわいそうな子を見る目で見られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る