第020話 会話の特訓だよ!


 俺はみゆきちの家に招かれ、みゆきちの部屋にいる。

 そして、みゆきちのお母さんがお茶菓子を持って、部屋に入ってきた。


「あらあらー、お邪魔して、ごめんなさいねー。お茶でもどうかしらー?」

「お母さん、私達、カフェオレを飲んできたんだけど」


 みゆきちが顔だけをお母さんに向けて言う。


「そう思って、紅茶にしたわー」


 ホンマかいな……


「紅茶好きですー。ありがとうございます」


 お礼は言っておかねば!


「あらあらー。どう…………どうぞー」


 お母さんはテーブルの上にある筆談ノートに気付き、一瞬、止まったが、気を取り直して、テーブルに紅茶とお茶菓子を置く。


「ちなみに、ミユキの彼氏さん?」

「お母さん!」


 みゆきちのお母さんの発言にみゆきちが怒る。


「いえいえー。クラスメイトですよー。今日、一緒に映画に行ったんですけど、見たミステリー映画が思いのほか、面白かったので、ミユキさんが持っているミステリー小説をお借りしに来たんです。僕、図書委員なんですよー」

「あらー! そうなのー?」

「そうなんですー。僕、趣味が読書でしてー」


 あははー。


「アリアが言ってた意味がよくわかる…………漫画しか読まないんじゃかったっけ?」


 みゆきちがツッコんでくる。


「漫画も読書ですよねー?」


 みゆきちとはしゃべれないのでお母さんに振る。


「まあ、そうですねー」


 お母さんも頷いてくれた。


「ですよねー。これを機会に活字に挑戦しようと思いまして。いやー、本当に面白い映画でしたよー。漫画しか読んだことのない僕が小説の挑戦しようと思うくらいには面白かったです」

「そうですかー。良かったですねー」

「…………めっちゃしゃべるし」


 あ、しゃべりすぎたかもしれない。

 親にうるさい彼氏って思われるのもなんだし、黙るか。


「……紅茶、美味しいですねー」

「…………急に静かになったし」


 寡黙キャラ、寡黙キャラ…………

 俺は知的な寡黙キャラ。


「えーっと、ごゆっくりー」


 お母さんはそう言って、出ていった。

 すると、みゆきちが俺の隣に座ろうとする。

 それがわかった俺は少しずれた。


【お母さんがごめんねー】

【ううん。娘が男を連れてきたら気になるもんでしょ。お父さんは? 挨拶しなくてもいい?】

【お父さんはゴルフみたい。というか、お父さんに会いたいと思う? 普通、嫌じゃない?】

【別に…………挨拶して、娘さんにはいつもお世話になってますーって言うだけだし】


 むしろ、挨拶せずにいると、印象が悪くなってしまう。

 今後の事を考えると、印象を良くしておいた方がいい。

 将来、挨拶に行く時もスムーズに事を運べるだろうしね。


【小鳥遊君って、本当にそういうところはすごいよね】

【まあ、そうかもね】


 問題はあなたとしゃべれないということなんだけどね。

 ちょっとしゃべってみようかな…………


「あのー…………」


 声、小っちゃ!

 自分でもわかるけど、声が小さすぎだし!


「ん? どうしたの?」


 みゆきちは俺の小声も拾ってくれたらしい。

 いや、まあ、こんだけ近かったら当たり前なんだけども。


【なんでもなーい!】


 情けない男である俺はすぐに筆談に逃げた。


「あのさ…………なんで私にだけしゃべれないの?」


 みゆきちが筆談ではなく、声に出してきた。


【緊張しちゃって……】


 それでもなお、筆談な俺…………

 マジで情けないな。


「うーん……お母さんには普通にしゃべってたよね?」


 そらねー。


【まあ、しゃべれたね】


 普通にしゃべってた。

 しゃべりすぎたかもしれないくらいにはしゃべってた。


「お母さんには緊張しなかった? 異性の親だよ? 私は小鳥遊君の親後さんに会ったら緊張すると思う」


 …………まあ、そうかもなー。


【実際、俺はこの家にいるだけで緊張しているからわかんない……】


 みゆきちに家に誘われた時から胸がドキドキしてる。

 養命酒をくれ。


「うーん…………小鳥遊君さ、ちょっとしゃべってみて」


 えー…………


【ごめんだけど、無理。何を言うかが自分でもわかんないだ。それが去年のアレ…………】


 例の入学式のプロポーズ事件だ。


「あー……まあね……小鳥遊君、何を言っても気にしないからしゃべってみて。プロポーズしてもいいから」


 マジ?


「結婚してー」

「それは言えるんかい…………嫌。ってか、無理でしょ。私ら、未成年の高校生だし」


 まあね。

 というか、みゆきちはともかく、俺は無理だよ。

 まだ16歳だもん。


【断られちゃった…………】


 ショック…………


「いや、そりゃそうでしょ。他には?」


 まだやんの!?

 もうオチついたじゃん!


「えーっと……そのー、いい天気だね」


 俺、いっつも天気の事を言ってんな……


「だねー。出かけるのにいい天気で良かったよ。そろそろ梅雨だしねー」

「……う、うん。バスケ部は体育館がじめじめして嫌だね…………」


 声、小せー。


「わかる。暑いし、汗がヤバいよね。バスケ部は何故か走らされるし」

「みゆきちの…………帰っていい?」


 俺は何を言おうとした!?


「言って」


 みゆきちが俺の肩を掴んできた。


「えー…………」

「大丈夫だから。本当になんでもいいからしゃべってみて。というか、すでに何を言おうとしたか大体、想像がついてるから」


 女子ってすぐにエスパーになるわ…………


「汗でみゆきちの身体に体操服が張り付いているところを想像すると、興奮するよね」

「…………うん。思ったよりもひどかったけど、大体合ってた…………うん」


 違っただろ!

 絶対にもっとライトだと思ってだろ!

 騙されたわー!

 めっちゃ引かれたわー!


「……ごめん。やっぱ帰る」


 お布団に入って、枕を濡らそ。


「待って。次にいってみよー。テストはどんな感じ? 頑張ってたけど、良い点は取れそう?」


 まだやるらしい。

 しゃべる訓練かね?


「えーっと…………そこそこかな。平均で70以上はあると思う」


 数学は特によかった。

 数学担当の岡林先生も満足だろう。


「頑張ってたもんねー。なんであんなに頑張ってたの?」

「え? ぶ、部活してないし、勉強くらいは頑張ろうかと…………」

「小鳥遊君、さっきもだけど、言いにくい時は目がキョドるね」


 見透かされる気分だな…………


「そ、そんなことないよー」

「目を閉じたね…………言って」


 みゆきちがSに目覚めてない?

 優しいみゆきちに戻ってー。


「ここで頑張ったら期末も一緒に勉強できるかなー、と…………」

「なるほど。今度は思ったよりライトだった…………期末も頑張ろうね」


 みゆきち、俺が何を言うと思ってたんだろ…………


「…………うん」


 期末テストの勉強も一緒にやってくれるっぽいな。

 よしとしよう。


「小鳥遊君さ、普通にしゃべれてない? 声は小さいし、多少の欲望が出てるけど、普通にコミュニケーション取れてると思うよ」

「そう?」

「うん。少なくとも、いつぞやの図書館の入口の時よりは遥かに取れてる。変な言い方だけど、ちゃんと会話が成立してるもん」


 まあ、あの時はほぼ初めての会話だったしね…………


「そ、そうかー…………」

「うんうん。ほら、このノートだって4冊目が終わりそうなんだよ? それほど筆談してるんだよ?」


 まあ、我ながらとんでもない文量を書いたと思う。

 おかげで字が上手くなったし、漢字も結構な量を覚えた。


「そうだね……それだけ話をしていれば、ちょっとは慣れてきたとは思う」

「でしょー。だからさ、普段は筆談でいいし、メッセージアプリでの会話でいいよ。でも、ちょっとだけでもいいからしゃべってもみようよ。小鳥遊君が何を言っても絶対に嫌いにはならないって約束するから」


 うーん、まあ、ちゃんと普通にしゃべれるようになるのが理想だしなー。

 それにみゆきちがわざわざ協力してくれるって言っているのだ。

 断る理由はない。

 でもなー…………


「……本当に嫌いにならない? 引かない?」

「引くかどうかは発言によるけど、絶対に嫌いにならない」


 引くには引くらしい。

 まあ、さっきも引いてたしね。

 女子に下ネタを言えば、引くに決まっているわな。


「うーん…………俺もこのままよりかはしゃべりたいとは思っている……」

「でしょー。必ずしも携帯やノートを持っているとは限らないもん」


 たとえば、みゆきちとどっかに遊びに行くとして、そこが携帯を利用できる場所じゃなかったら会話が出来ない。

 もっと言えば、携帯の充電が尽きたらアウトだ。


「確かに…………じゃあ、頑張ってみる」

「うんうん。じゃあ、しりとりしてみようか!」


 悲しいレッスンだなー…………


 俺はこの日、帰るまでみゆきちと何故かしりとりをした。

 やってみると意外と面白かった…………

 そして、しりとりだと普通にしゃべることが出来たのだった。

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