第017話 いいから金寄こせ!


 俺は無事にみゆきちを映画に誘うことに成功した。

 だが、一つ失敗してしまった。

 目を見ることは出来なかったのである。


 まあ、言い訳をするのならば、俺は一つ忘れてたことがあった。


 それはファミレスに入って、席に座った時に気づいた。


 あ…………みゆきちが対面じゃなくて、隣に座るから目を見れねーどころか顔すら見れねーじゃん……と。


 いや、横を向けばいいじゃんと思ったヤツは素人だ。

 そんなことが出来るわけないだろう?


「いや、向きなよ…………何してんのさ……」


 素人の妹が呆れている。


「お前、ちょっとベッドに腰かけろ」


 俺はベッドで寝ころんで漫画を読んでいる妹に指示を出す。


 どうでもいいけど、君、テスト勉強は?


「んー? こう?」


 妹は起き上がると、ベッドに座った。

 俺は椅子から立ち上がると、妹の隣に座る。


「この距離だ」


 俺と妹の肩と肩の距離は20センチ程度であり、結構近い。


「…………近くない? 恋人じゃん」

「筆談をするとな? 途中でノートの交換がめんどくさくなり、ノートを真ん中に置いて、交互に書き出すんだ。すると、自然とこの距離になる」

「な、なるほどー。確かにそうかも…………」


 俺が実演で説明すると、妹も納得し始めた。


「それで、デートに誘う文章を書き、ノートを見せながら横を向く」


 俺はノートを横に滑らすジェスチャーをした後、妹を見る。

 妹もノートを読むジェスチャーをした後に俺を見た。


「近い! 目を閉じちゃいそう!」


 妹はキャっ! と言いながら笑う。


「だろう。キスはともかく、手ぐらいは握る感じだろう?」


 そっと包み込む感じ。

 ラブコメか恋愛ドラマで見たことあるね。


「まあ、その辺の冗談はともかく、確かにハードルは高いね。お兄ちゃんの病気がなくても、これはレベル高いわ」


 無理よ…………

 目を合わす作戦は次回に持ち越しだわ。


「だろー? まあ、次にするわ。さて、勉強すっかなー」


 俺はベッドから立ち上がり、机に戻った。


「がんばれー」


 いや、お前もテストあるだろ…………


 俺は勉強をする気がまったくない妹に呆れつつも勉強を再開した。


 俺はその後も勉強を続け、土日もフルで勉強をした。

 親が『お兄ちゃんはどうしちゃったのかな? 頭でも打ったのかな?』って言ってきた時はやる気がめっちゃ落ちたけどね。


 そして、翌週、ついにテストが始まった。

 俺はいつもの一夜漬けはせずに余裕を持って、テストに挑んだ。


 多分、俺が眼鏡をかけていたならば、キラッと光っただろう。

 それくらいに手ごたえはあった。

 最低でも赤点はないことは確かだ。


 すべてのテストを終えた金曜日、目が虚ろな三島をからかった後、俺は図書館に向かった。

 図書館は先週とは打って変わって、人が少なかった。

 まあ、テストも終わったし、通常モードに戻ったのだろう。


 俺とみゆきちは特にやることもないので、筆談をしながら明日の予定を確認していった。


 あくまでも予定だが、明日は昼前に集合して、映画館があるショッピングモールに向かう。

 そして、昼ご飯を食べた後に映画を見る感じだ。

 映画を見た後は適当に喫茶店かどっかで映画の感想等を筆談する流れだろう。


 そんでもって夕方には帰る。

 最初のデートだし、あまり遅くまでは付き合わせずにいこうと思う。


 妹やアリアの意見を参考にしながら練った計画だ。

 まあ、こんなものだと思う。


 俺達はいつものように夕方の6時になると、閉館の準備をし、職員室に鍵を返却しに行く。

 そして、そのままバス停に行き、話をしながらバスに乗った。


 バスに揺られながら到着を待っていると、俺の家の最寄りのバス停に着いた。


 俺は立ち上がり、バスから降りようと、1歩、2歩、歩いた。

 そこで、ふと気づき、後ろを振り向く。


 俺が振り向いたため、みゆきちと目が合った。


「また、明日……」


 我ながら情けないが、非常に小さい声だったと思う。

 だが、バスのエンジン音は聞こえるものの、他に乗客はほとんどいなかったため、みゆきちには聞こえただろう。

 その証拠にみゆきちはニコッと笑った。


「今日は合ってるね。また明日」


 みゆきちはそう言って、笑いながら手を振ってくれた。


 俺は手を振り返し、バスを降りた。


 そして、家まで歩いて帰る。


 俺、天才だわ。

 というか、最初からこうすればよかったのだ。

 帰りの時ならそのまま別れるだけだから、固まることもなく、スムーズにその場を離れられる。


 俺のレベルは1上がり、お別れの時だけ目を見られるようになった。


 俺は家に帰ると、晩御飯を作っている母親の元に行く。

 そして、手を伸ばした。


「何? 邪魔なんだけど?」


 母親はそっけなく、俺が伸ばした手をぺちんと叩く。


「お金ちょうだい」

「なんで?」

「明日、みゆきちとデートに行く」

「テスト勉強しすぎた? やっぱおかしいと思った」


 ひでー。


「勉強疲れでもないし、妄想でもないから」

「ふーん……それでお金? あなた、いくら持ってるの?」

「500円!」

「…………500円で行きなさい」


 アホか。


「映画に行くんだよー」

「お金も持ってないのに映画なんか行くんじゃありません」

「うるせー! 練りに練った計画なんだよ! これで明日500円しか持って行かなかったとしてみろ! みゆきちにお金を出してもらうことになっちゃうだろ! そんなヤツと付き合いたいと思うか!?」


 絶対にないわ!


「いや、それで親にねだる方も大概……」

「あのね、これは俺の人生がかかってるの! これで上手くいくか、いかないかで、俺の人生は大きく変わるの!」


 俺は今、分岐点に立っているのだ!


「…………なんで?」

「お母さんがお金を出してくれた場合、みゆきちと上手くいき、付き合う。そして、その付き合いは長く続き、そのうち結婚する。子供にも恵まれ、あんたらも孫が出来てハッピー。俺もみゆきちもおしどり夫婦でハッピー。子供も素敵な両親でハッピー」


 ハッピーエンドだね!


「……………………お金を渡さなかった場合は?」

「フラれて、心に大きなの傷を負う。そして、その癒えることのない傷は俺を女性不振と導き、俺は一生独り者でパパとママの脛を齧る。妹も俺に影響されて、脛を齧る。そんな親子4人は近い将来、お金も尽き、最後は無理心中…………ばーっど、えんど!」


 哀れな小鳥遊家…………


「…………あなたがもし、小説家になりたいって言っても絶対に反対することにするわ」

「なるわけないじゃん」


 こんな話、誰が読みたいねん。


「ハァ…………あなたって本当にバカだったのね……誰に似たのかなー……」


 両方じゃね?


「おかーさん、お金、ちょうだいよー。孫を見せてあげるからー」

「孫はいいです。10年早いわ!」

「こんなに珍しい苗字が絶滅しちゃうよー」

「お母さんのところの御手洗は絶滅しそうですよ」


 ママの旧姓は御手洗である。


「おじさんがいるし、トイレなんかどうでもいいじゃん」

「お手洗いじゃないわよ…………いくら欲しいの?」

「え? …………映画、1500円……昼食代……その後の喫茶店代………もしかしたら、ちょっとしたお店を見に行く可能性も………………ごせ、1万円!」


 こういうのは多めに言うもんだ。


「5000円ね。バカだけど、計算は早いのね」

「みゆきちに奢らないと…………」


 1万円…………


「学生の分際で見栄張るな。ちゃんと割り勘にしなさい。大体、奢られても向こうも迷惑よ」


 そんなものかなー。

 うーん、夏休みになったらバイトしようかな。

 部活ねーし。


「じゃあ、そうするー。5000円ちょうだい」


 俺がそう言うと、母親はリビングに行って。カバンから財布を取り出す。

 そして、俺に5000円札を渡してきた。


「今回だけよ。学生らしいお付き合いをしなさい」

「まだ付き合えるかは微妙だけどね。しゃべれないし」

「…………ねえ、その子って……」

「実在してるから」


 2次元ちゃうわ!


 母親から軍資金も受け取り、準備は完了した。


 俺はその日は早めに就寝し、翌日に備えた。

 ドキドキして眠れないよぅ…………と思ったら朝だった。


 うん。10時間は寝たな!

 バッチシ!


 俺とみゆきちの初デートの日が始まった。

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