第016話 2人での勉強会


 木曜日にみゆきちとアリアとの3人で勉強会をした翌日、俺は計画にちょっとしたスパイスをくわえることにした。


 俺は今日、みゆきちと2人で勉強をするが、当初の予定ではその時にテストが終わったら映画に行こうと誘う予定だった。

 もちろん、これに変更はない。

 ただ、稗田先輩が言う荒治療を行おうと考えた。

 まあ、ただみゆきちの目を見るだけだ。


 ただそれだけ。

 普通ならハードルは低いが、俺にとっては非常に高い。

 みゆきちの目を見ると、俺の身体は固まってしまうからである。


 いや、下ネタではないぞ。

 本当に動かなくなるのだ。

 正直、みゆきちの前世は蛇だと思っている。


 俺はそんな蛇に睨まれたカエルのように動かなくなり、さらに頭が真っ白になって、プロポーズをした。

 それが例の事件だ。


 だが、それは1年前の話!

 今はある程度、免疫ができたと信じている!


 俺は気合を入れる。

 とはいえ、まずは普通に図書委員の仕事だ。


 金曜の放課後、図書館は昨日と同様に多くの人が利用していた。

 もっとも、本を借りる人はいないし、皆、黙々と勉強をしている。


 俺とみゆきちも受付に座りながら勉強をしていた。

 たまに筆談で世間話をしたり、勉強を教えてもらったりぐらいはしている。


 うーん、上手く誘えるかなー?

 ちゃんと目を見れるかなー?


 俺は不安にかられるが、ただ安心できることが一つある。

 それは映画に誘って断られる確率は非常に低いことだ。


 別に俺がナルシストというわけではない。

 単純に映画に行くくらいの関係性は築いたと思うからである。


 そして、何より、このことをアリアに相談すると、そっけなく、『いいんじゃない?』と言われたことだ。


 あいつは非常にわかりやすい。


 まず間違いなく、俺の事をみゆきちと話しているであろうアリアは俺がみゆきちを映画に誘うことを止めなかった。

 むしろ、みゆきちが好きそうな映画を教えてくれたりもした。


 あいつは優しいから無理っぽいなら絶対に止めるし、みゆきちの好きそうな映画も教えてはくれないだろう。


 アリアのそっけない返事はそれを隠している態度が見え見えなのだ。


 …………と、妹が言っていた。


 俺は女の気持ちや心情がわかるわけないので、こういう時に役に立つのが真っ黒な我が妹だ。

 俺は妹の『いける! これはもうもらったよ!』という言葉を信じている。

 もっとも、その言葉の最後は『…………ちゃんとしゃべれたらねー』だったけど……


 俺は最後の言葉はスルーすることに決めている。

 そもそもしゃべれたらこんなことにはなっていないのだから。


 俺は顔を上げ、時計を見る。

 時刻は5時半であり、ちらほらと帰る生徒も増えてきた。

 これからどんどんと人が帰っていき、ついにはみゆきちと2人きりになるだろう。

 そして、2人でファミレスに行って、もう少しだけ、勉強をする。


 正直に言うと、いつもの点数を取るための勉強はとっくに終わっている。

 あとはどれだけ伸びるかだろう。


 俺は時計を見た後にチラッと横目で隣に座っているみゆきちを見た。


 本当にかわいい。


 あの時、シュートを打ってよかった。

 10年近くもバスケを頑張ってきてよかった。

 ちゃんとゴールが決まってよかった。


 諦めなくて、よかった。


 まだ、チャンスはあるのだ。


 ほら、名言があるじゃん。

 諦めたら試合終了だって…………




 ◆◇◆




 時刻は6時になった。

 この図書館には私と小鳥遊君しかいない。


 いつものように私が片づけをし、小鳥遊君が窓の施錠を確認する。

 これはいつの間にか決まった役割分担だ。


 そして、図書館の入口に鍵を閉め、職員室に鍵を返しに行く。

 担当の先生に鍵を渡すと、そのまま歩いてバス停に向かった。


 この間、会話はほぼない。

 たまに、携帯のメッセージアプリで会話をすることもあるが、頻度は少ない。

 歩いているし、筆談をするわけにもいかないからだ。


 ただ静かに2人で歩く。

 私はこの時間が嫌いじゃない。

 最初はちょっと気まずかったが、それもすぐに消えた。


 ただただ落ち着く。

 図書館から職員室に行き、バス停まで歩く。

 この時間だけはしゃべらない。

 それでも十分によかったのだ。


 バス停に着くと、バスが着くまでの間に筆談をした。

 バスが来ると、2人でバスに乗り込み、携帯で会話をする。

 バスの中だと振動で文字は書きにくいし、酔ってしまいそうだからだ。


 そして、バスが小鳥遊君家近くのバス停をスルーし、私の家の近くに停車すると、2人で降りた。

 ここがいつもとは違うところである。


 小鳥遊君と私やアリアの家の方向は同じだが、私達のマンションの方が学校から離れている。

 だから、本来は小鳥遊君が途中でバスを降り、お別れである。


 だが、今日は違う。

 これから2人で勉強をしにファミレスに行くのだ。

 

 以前も来たことのあるファミレス…………


 あの時も2人だったが、今日は状況がちょっと違う。


 私達はファミレスに入ると、店員さんに席を案内された。


 私は小鳥遊君が座ったのを見て、自然と隣に座る。

 完全にこのポジションに慣れてしまった気がする。


 実は昨日もそうだった。

 私は昨日のアリアと小鳥遊君との勉強会で小鳥遊君の隣に座った。

 その時は何も思わなかった。

 小鳥遊君との会話は筆談だし、隣同士の方が見やすいし、交換しやすいからだ。

 もっと言えば、隣同士ならば、小鳥遊君が私の目を見なくて済む。


 だが、小鳥遊君が先輩達の手伝いをすると言って、図書館に残り、アリアと家に帰る途中でアリアにツッコまれた。


「彼女ポジじゃん。普通は私の隣に座らない?」


 言われてみて、気付いた。

 本当にそうだなーと。

 そして、今もだ。

 いや、例え、恋人でも普通は対面に座るだろう。


 私達は軽食とドリンクバーを頼み、勉強を始めた。


 さっきまで図書館の受付で行っていた時と同じように雑談をしながらも勉強に集中している。


 昨日、今日の勉強会で正直、意外だったことは小鳥遊君がかなり真面目に勉強をしていることだ。

 小鳥遊君は私とは筆談だが、基本的におしゃべりな人である。

 一緒に勉強をしようと誘われた時もてっきり勉強はちょっとだけで、おしゃべりというか、筆談による雑談がメインだと思っていた。

 でも、小鳥遊君は真面目に勉強をしている。


【小鳥遊君、ホントに真面目に勉強してるね。ちょっと意外】


 私は少し疑問に思ったので聞いてみることにした。


【せっかくみゆきちが教えてくれるし、ちょっと真面目にやろうかと思って】

【正直、ビックリした。昨日とかもアリアがいるし、もっと雑談がメインだと思ってたよ】

【みゆきちと一緒だと勉強に集中できるんだよねー。良いところを見せよう的な? アリアと2人だったら絶対に勉強にならないと思う(笑)】


 この人は本当にナチュラルに好意を示してくるなー。

 まあ、こういう人なんだけど。


【ごめん。わかるよ。アリアと小鳥遊君だと絶対に勉強せずにしゃべってそう】


 これは簡単に想像ができる。

 小鳥遊君もだが、アリアもおしゃべりなタイプだもん。


【まあねー。だからアリアとか、三島とかとは勉強しない。補習は嫌だもん(笑)】


 まあ、実は似たようなことをアリアも言ってけど、それは言わないでおこう。


 私達はその後も雑談を交えつつも勉強を続けた。

 そして、時刻は8時を回った。


 私はそろそろかなーと思った。

 さすがに学生が遅くまでファミレスにいるわけにもいかない。

 この前に来た時も大体このぐらいの時間には帰った。


 私がそう思っていると、小鳥遊君が筆談用のノートを取り、何かを書き始めた。


 あ、お開きっぽいな。


 私はそう思い、受け取ったノートを見る。


【みゆきちさー、テストが終わったら一緒に映画を見に行かない?】


 私はその文章を見た時に動きが一瞬、止まった。


 …………これか。

 ああ…………わかった。


 今まで一歩引いていた小鳥遊君は進むことを選んだんだ。

 アリアが言わなかったことはこれだろう。


 私だって、バカじゃない。

 これの意味することは分かっている。


 これはデートのお誘いである。

 私に好意を持っている小鳥遊君のからのデートのお誘いだ。


 私は少し、ビックリしたが、答えは決まっている。


【いいよー。映画を見にいって、お疲れ会しよー】


 …………私の中に断るという選択肢はない。


【来週の土曜でいいかなー?】

【うん。大丈夫。何を見るか決めないとねー】


 多分、アリアからリサーチしてるだろうなー。

 小鳥遊君もだし、参謀っぽい位置にいるヒカリちゃんは用意周到だもん。


【だねー。今日は遅いし、また連絡するよー】

【うん。楽しみだね! あ、ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね】


 私はそう書き、トイレに向かった。

 別に本当にトイレに行きたかったわけではない。

 ちょっと間が欲しかっただけだ。


 私はファミレスのトイレの洗面台で手を洗う。

 そして、前の鏡で反射した自分を見た。


 私の顔は赤かった…………


 ああ…………2年前から変わらない。

 私は小鳥遊君の事が好きなのだ。


 私は近いうちにごめんと言わないといけない。


 去年の入学式での告白から逃げたことを…………

 プロポーズはないが、本当はOKと言うはずだったことを…………


 小鳥遊君は自分が病気だと言っていたが、それは私も同じだ。


 …………私は小鳥遊君と一緒の学校になりたくて、この学校に来たのだ。


 最悪、しゃべれなくてもいい、筆談で十分だ。

 一緒にいるだけでいい。


 告白する勇気もない私にせっかく向こうから告白してきてくれたというのに…………

 私は急すぎて、ビックリしてしまったのだ。

 そして、逃げた。


 というか、そもそも私は告白を断ってない。

 ごめんなさいと謝って、逃げただけだ。


 いや、誰が聞いても断っているようにしか聞こえないか…………


 何度、去年のあの日に戻りたいと思ったことだろう。

 でも、小鳥遊君はいまだに私に好意を向けてくれている。


 小鳥遊君、告白してくるかなー?

 いっそ、私の方からしようかな…………?

 いや、無理だ。

 私にそんな勇気はない。


 期待して待つことにしよう。

 いや、でも、アリアにも言ったが、筆談で告白は嫌だなー。

 それに結婚って…………

 私がはいって答えたらどうする気だったんだろう?

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