第003話 モテるためにバスケ部に入った漫画を見た


 小学校の低学年の時、バスケの漫画を読んで、バスケを始めた。

 翌年、妹も俺のバスケの漫画を読んで、バスケを始めた。


 単純な兄妹と父親は笑ったが、すぐにボールを買ってくれたし、けっして広くない我が家の駐車場にバスケゴールを設置してくれた。


 あれから中学を卒業するまでずっとバスケ部だったし、バスケばかりしていた。

 中学の時に地区大会でいい所まで行ったこともある。


 だが、高校ではバスケ部には入らなかった。


 当初は入るつもりだった。

 しかし、入らなかった。

 入れなかった。


 理由は春野さんが女バスに入ったからだ。

 正直、バスケ部に入れば、お近づきになるかもしれないし、練習している春野さんを見ることが出来るのは最高だと思う。


 下世話だが、あの平均よりちょっとある…………いやいや。

 運動をしている春野さんを見たいと思ってもいる。


 だが、入部届が書けない。

 足が動かない。

 

 考えてしまう。

 ちゃんと集中してバスケにのめり込めるのか?

 男女が違うとはいえ、春野さんに迷惑をかけないだろうか?


 そう悩んだ時に気付いてしまったのだ。

 俺の中のバスケ熱は完全に春野さんに食われてしまっていることに。


 俺はバスケ部に入ろうと考えた時に想像するのはバスケをしている自分ではなく、バスケをしている春野さんの姿になってしまっているのだ。


 それがわかった時に俺はバスケ部に入るのをやめた。

 多分、長続きはしないと思ったし、これまでのバスケ人生が汚れると思ったからだ。

 良い思い出として残そうと思った。


 それほどに俺の中のバスケ熱が冷めてしまっていた。


「バスケ部に入らなかったのは春野先輩が女バスに入ったから?」


 この言葉はきついなー。

 別に春野さんのせいにする気はない。

 ぶっちゃけ、俺が病気なだけだ。


「うーん、まあ、それもあるけど、ちょっと思うところがあってなー。帰宅部にした」


 俺はこの気持ちを何と表現していいかわからない。

 いや、恋の病だよ、で終わるんだが、それを身内には言いたくない。

 恥ずかしいもん。


「そう…………まあ、お兄ちゃんがそれでいいならいいけど、早く病気は治しなよ」


 ヒカリちゃんはそう言うと、写真立てを元に戻し、部屋を出ていった。


 恋の病であることがバレてるし…………

 あー、1年前のあの日に戻りてー。




 ◆◇◆




 翌日、目覚めた俺は準備をし、学校に向かう。

 いつものバスに乗りこむと、後ろの方に座っているクラスメイトを見つけた。


「おー! わが友よ。もうちょっと奥に行け」


 俺は2人用シートを独占する知り合いを奥に追いやる。


「いやいや、空いてる他の席に座ってよ。この状況で女子の隣に座ろうとする!?」


 クラスメイトであるアリアが文句を言ってくる。


「まあまあ。気にすんなって」

「これが昨日、田中さんが言っていた図々しさと馴れ馴れしさかー」

「アリア、昨日、妹に聞いたんだが、色々と気を使ってくれてたらしいな。ありがとよ」

「うん、どういたしまして。いや、真面目な顔をしているけど、無視すんな」


 アリアはいまだに文句を言ってくる。


「悪いんだけど、妹を頼むわ」

「いや、そりゃあ、同じ部活の後輩だし、気にはかけるけども…………」


 それが中々、出来ることじゃないんだよなー。

 立派なヤツだ。


「あいつ、異常なまでに馴れ馴れしいから心配でなー。ひんしゅくを買ってない?」

「かわいらしい子じゃん。というか、小鳥遊君達って、そっくりだね」

「え? 俺、かわいい?」

「そこじゃねーし!」


 いや、まあ、俺はかわいいと言われることはほぼない。

 子供の頃ぐらいだろう


「わかってるよー。それとさー、昨日、練習したんだわ」

「練習? あのミユキと話す練習とかいうふざけたやつ? マジだったんだ……」


 どうやらふざけた冗談だと思ったらしい。


「本気だった。そして、無理だった。俺はしゃべれそうにない」

「しかも、無理なんかい…………重症すぎて、かける言葉が見つからない」


 アリアは呆れてしまい、窓の外を見る。


「なんかいい感じの言葉をかけてよ」


 俺がそう言うと、アリアは窓の外を見ながらうーんと悩み始めた。


「他の子と付き合ってみるとかは?」


 アリアが再び、こちらを向く。


「アリア…………」

「いや、私じゃなくて。昨日の話を聞いて、小鳥遊君と付き合うわけないじゃん」


 えー…………

 絶対に今のは私と付き合おっかの感じだったじゃーん。


「思わせぶりなことをしおってからに…………他の子ねー。1年の時にあんなことをやらかして有名になった俺と付き合ってくれる女子っているかな?」


 いなくね?

 逆の立場だったら絶対に嫌だよ。


「田中さんとかは? すごく仲良さそうだったじゃん」

「田中さんねー。昔からの知り合いすぎて、そういう目で見れんわ。というか、田中さんは誰とも付き合う気はないぞ。あの人は芸能界に入ろうとしているし」


 結構、有名な話だ。

 昔から美人だった田中さんは歌に演技と頑張っている。

 そして、何人も田中さんに告白してきたが、誰とも付き合っていない。

 10年以上も同じクラスだった俺が言うのだから間違いない。


「マジ? 確かにすごく美人だけども……」

「土日に原宿に行くと会えるぞ。あそこでスカウト待ちしているから」

「すごいねー…………」

「まあ、あの人はそういう人だから。だからちょっとドライなんだよねー」


 そういうところが彼女の魅力でもある。

 話しやすいしね。


「じゃあ、無理かー。他にはいないの? ここまで自然に女子に密着できるんなら仲が良い女子も他にもいるでしょ」


 実はバスが揺れる時とかに肩とか足がくっついたりしている。

 せまいねー。

 ナイスだわ。


「うーん、いないこともないけど、付き合う感じではないなー。それになー…………」

「どしたの?」

「昨日の田中さんの指摘から反省することにしたんだけど、ダメだったら言って。付き合っても、春野さんと比べそうで…………」

「そりゃダメだわ。最悪すぎる」


 だよねー。


「これからはこれも言わないようにしよう」

「小鳥遊君はぶっちゃけすぎるんだろうね。気を付けた方がいいよ」

「そうするわー」


 正直は美徳だが、正直すぎるのもダメなんだろう。


「ここまで女子と話せるのにミユキはダメなのか…………」

「多分、他の女子がどうでもいいからかも…………」

「それも言わない方がいいね。殴りたくなったもん、今」


 確かにやばい発言だったな。


「ごめーん。そういう意味じゃなくて、恋的な意味」


 ちゃんとアリアにも魅力は感じてるよー。

 スカートから見える足とか、首筋とか。

 さすがに、これは言ってはいけないことだというのはわかる。


「わかってるけど、言葉のチョイスよ」

「ごめん、ごめん。でも、アリアの言っている意味がちょっとわかったよ。恋の病を治すには別の恋の病にかかればいいわけだ」

「うん、まあ…………すげー。恋の病って初めて聞いたし、かかっている人を初めて見たわー」


 ちょっとうざい。


「アリア、俺と付き合おう」

「100パーセント冗談とわかるシチュだけど、それを言える人は中々、いないよ。それなのに、なんであんなんになるのかねー…………」


 多分、春野さんには本気だからだろう。


「俺も予想外だよ。高校に入ったら漠然と彼女が欲しいなーとは思ってたけど、こうなるとは思ってなかった」


 バスケ部はモテると聞くし、高校になれば、告白されるかもーと思っていた俺もいたなー。

 あの俺はどこに行ったんだろう?


「多分、ミユキがいなかったら出来たんじゃない?」

「アリアかー」


 アリアもバスケ部だし、同じバスケ部同士というのもあるかもしれない。


「まだ言うか、こいつ」

「ここで田中さんの名前を出す方がダメでしょ。女の人としゃべっている時は他の女の話題を出すなって、妹がそう言ってた!」

「この軽薄さはあの子のせいなのか…………いや、そもそも、主題が別の女子じゃん。しかも、私の友達」


 まあ、春野さんの話だもんね。


「まあねー。あとさー…………春野さんって、彼氏いる?」

「小鳥遊君…………あんた、今までの話はすべてどうでもよくて、ホントはそれを聞きたかっただけでしょ…………」


 いいから吐け!


「何も聞かずに答えて。返答によってはバスを止めて帰る」

「寝込むのね…………彼氏はいないね。少なくとも、そんな影は今までなかった」


 セーフ!!


「そういえば、春野さんとはいつから付き合いなの?」

「覚えてないねー。物心がつく頃から一緒だった。マンションに住んでんだけど、隣同士なんだよね」


 ガチの幼なじみか。


「お前の家に遊びに行っていい?」

「色んな意味でダメ」


 ダメだった。

 まあ、そうだろうね。


「さすがに冗談」

「あんま冗談には聞こえなかったけどね。でも、好きな人がいたことはあるっぽいねー」


 ふーん。


「へー。そうなんだー……」

「狭いのに震えないでくれる? 怖いから」


 今日は寝られないだろうなー。


「ちなみに、どんなヤツ?」

「めっちゃ気にしてるし」

「人生で95点以下を取ったことがないことで有名な生徒会長の過去問を回してやるから」

「マジ!? 何、その人脈!?」

「単純に近所に住んでいる先輩ってだけだ」


 プラモを作るのが得意なメガネの兄ちゃん。


「へー……えーっと、私も良くはわかんないけど、中学の時だね。他校の人だと思う。バスケの試合の時に応援もせずに他校の試合を見てたことがあったし、その時くらいに様子が変だった」


 くっ……!

 やはりバスケ部か!!

 俺もバスケ部に入れば、その男よりかっこいいところを見せれたのに!

 こちとら中一の時からの(自称)エースだぞ!


「バスケ部に入ろうかな…………」

「そんな不純な気持ちで入らないでよ…………」


 だよね…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る