第002話 女子としかしゃべってねーし
「バスケ部かー。まあ、ヒカリちゃんは昔からバスケ部のエースだったしねー。というか、小鳥遊君も――――」
「田中さん」
俺は余計なことを言おうとする田中さんを遮った。
「あ、ごめん」
失言に気付いた田中さんが謝ってくる。
「ん? 何?」
俺と田中さんのやり取りの意味をわかっていないアリアは俺と田中さんを交互に見てきた。
「たいしたことじゃないよ。そんなことよりも、アリアが言った通り、ウチの妹がバスケ部に入ったんだ。そして、俺は自分が学校でどういう風に言われているかを家族に一切、話していない」
「あー…………そんな感じはしたね。自己紹介の時に先輩達が苗字を聞いて、ね」
こんなやり取りがあったらしい。
『小鳥遊ヒカリです!』
『ん? 小鳥遊?』
『小鳥が遊ぶと書いて”たかなし”です!』
『…………珍しい苗字だね』
『この辺ではウチしかありません!』
『もしかしなくても、お兄さんいる?』
『1個上にいます!』
『………………そう…………あの小鳥遊君の妹さん…………』
…………うん。
ヒカリちゃん、ごめんね。
「しかも、その場には件の春野さんもいるというね。昨日、詳細を聞いたらしい妹が荒れちゃってねー……お兄ちゃん、グーで腹パンされたよ…………どう思う?」
俺は女子2人に聞く。
「ヒカリちゃんがかわいそうとしか…………」
「今日、部活に行きたくなくなってきたなー…………」
田中さんとアリアが微妙な顔をする。
「俺、どうしたらいいかな? このままだと家での俺のヒエラルキーが最下位に落ちそうなんだけど…………」
最下位は嫌だ。
親父や妹より下は嫌だ。
「落ちるしかないんじゃないかな?」
田中さん、諦めないで!
「私も無理じゃないかと…………」
アリアー! しっかりしろ!
「ねえねえ、俺、このままだと家でも学校でも気まずくなっちゃうんだけど。俺のオアシスがどこにもなくなるんだけど」
家では家族の目というか、妹の目が冷たい。
学校ではみゆきちと同じクラスで気まずい。
きっつい…………
すべての原因は俺にあるんだけどね……
「春野さんと付き合えば?」
田中さんが思考を放棄したようなことを言ってきた。
「それができれば、何も問題ないわ! とうの昔に振られとるわい!」
しかも、逃げられたんだぞ!
その場に残された俺の気持ちがわかるか!
全部、俺が悪いんだけども!
「でもさー、実際、付き合うかは置いといても、今の距離感はマズくない? 付き合うとか、それ以前にクラスメイトじゃん。3年はクラス替えがないからあと2年は同じクラスだよ?」
え?
そうなの?
「マジ? 1年ごとにクラス替えじゃなの?」
俺は田中さんの言葉を聞いて、アリアを見る。
「うん。ないよ」
マジらしい。
2人がそう言うならそうなんだろう。
「春野さんが首を縦に振るまで告りまくるのはどうかな?」
毎日のように告れば、そのうちみゆきちも折れるだろう。
「うわー……引くわー」
アリアが軽蔑な目で俺を見てきた。
「だから、小鳥遊君はそのイカれた思考を駄々洩れにするのをやめなさいって。だからモテないんだよ?」
俺がモテないのはこのせいらしい。
半分はギャグなんだけどねー。
「まあ、冗談は置いておくとして、普通に接してみるか…………うーん、女子とどう話せばいいかな?」
「いや、今、女子と話してんじゃん」
言われてみれば、そうだ。
しかも、男1人で女子2人と話している。
これはリア充と言っても過言ではない。
「いつもの図々しさと馴れ馴れしさでいいんじゃない? 小鳥遊君、得意じゃん」
俺、そんなんなんだろうか?
「みゆきち、ヤッホー。今日も可愛いねー。結婚しよ!」
俺はアリアを見ながら練習する。
「ダメでしょ」
アリアは呆れたようにジト目だ。
「というか、ナンパみたいだし」
「うーん、ちょっと家で練習するわ…………」
やはり、相手がみゆきちだと思うと、言葉が上手く出ない。
◆◇◆
俺は授業を終えた後、速攻で家に帰った。
家に帰り、自室に入ると、服を着替え、ベッドにダイブし、携帯を操作する。
そして、携帯の中に入っている写真データからみゆきちの写真を開いた。
これは去年のいつぞやにアリアから送られてきた写真だ。
アリアはみゆきちと2人で水族館に行ったらしく、その時に2人で撮った写真を俺にデートだよーと自慢してきたのだ。
俺はこの写真を完全保存している。
さすがに、待ち受けにするのはやめておいたが、バックアップもしてある。
俺はこの写真をジーっと見る。
「お、おはよう…………」
ダメだ……
他の人には普通に話せるのに、みゆきちを前にすると、思考が停止し、言葉が出なくなる。
写真でこれなのだから、当人を目にしたら何を言うかわからない。
俺がこの1年間、みゆきちに再アタックできなかった最大の理由がこれなのだ。
「ハァ…………こんなんになるとはなー……」
俺は思わずため息と共に独り言が口から出た。
俺は昔から人に対し、物怖じをする性格ではなかったはずだ。
美人で有名な田中さんとも普通にしゃべれてたし、俗に言う思春期の時も女子に対し、何かを思うこともなかった。
まあ、ほとんどのヤツが昔から知っているヤツらというのもある。
「反動かねー」
もしくは、俺の思春期は今であり、みゆきちにのみ発動するのかもしれない。
「ままならないなー…………」
俺の初恋は大ダメージを受けたまま、最悪な形で終わりそうな気がする。
いっそ、初恋など、非常に失礼だが、田中さんくらいで済ましておけばよかった。
そうすれば、ここまでボンクラにならなくても済んだのかもしれない。
俺はいやーな気持ちになり、目を閉じた。
目を閉じて、しばらくすると、トントンと扉をノックする音が部屋に響く。
「なーにー?」
おそらく母親だろう。
父親はまだ仕事だし、妹はノックする人間ではない。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
そう言って、入ってきたのは予想とは違う妹のヒカリちゃんであった。
俺は意外な人物だったので、ベッドから起きる。
「どうした? 部活は?」
俺は扉を開けたのに、扉の前から動かない妹に声をかけた。
「終わった…………入ってもいい?」
こいつ、どうした?
ヒカリちゃんはそんな殊勝なことを言うような妹ではない。
「いいけど……」
俺がそう言うと、妹は扉を閉じ、俺の椅子に座った。
「どったの? 部活でいじめられた? アリアを殴ろうか?」
「いや、いじめられてなんかないし、山岸先輩を殴らないでよ」
冗談、冗談。
アリアを殴ったら本当に終わってしまうわ。
「今日ね。部活で春野先輩と話してきたよ」
マジ?
「お前、よく話せるなー。気まずいどころじゃねーだろ」
こいつは俺以上に物怖じしないな。
素直に尊敬するわ。
「お兄ちゃん、あの人の事が好きなの?」
「そうだよー。お前ももう知ってるだろうが、プロポーズしてフラれちゃった」
「バカじゃない?」
「そう。バカだと思う。思わず、言葉が出ちゃったんだよ。おかげで、春野さんにもだが、お前にも迷惑をかけた。悪い……」
本当にごめんね?
「いや、私はいいんだけど……」
いいのかーい!
俺なら絶対に許さんけど……
「春野さんはどうだった?」
「気にしないでって言われた」
みゆきちは優しいなー。
俺が謝罪の伝言をアリアに頼んだ時も『気にしないで。それよりも、その場を逃げてしまったことをごめんなさい』と逆に謝られた。
「まあ、我慢してくれ。俺が言うのもなんだが、もうどうしようもない」
完全にやってしまったのだ。
この1年間、何度、後悔しただろう。
ちゃんと関係性を作ってから告白すればよかったと。
たとえ、それで振られたとしても、ベストを尽くした結果なのだからと諦めきれるかもしれない。
そう思ってしまう。
「どうしようもないって…………もう諦めたの?」
「そう割り切ろうと必死になっている」
「まだチャンスはあるんじゃないの?」
ゼロではないだろう。
何事も可能性は無限大にある。
「しゃべれないんだ…………」
「ん? どういうこと?」
ヒカリちゃんは俺の言葉の意味を理解できなかったようで首を傾げ、聞き返してくる。
「そのまんま。緊張なのか、何なのかはわからないけど、春野さんとしゃべろうとすると、言葉が上手く出ない。それで何とか出そうと出てきた言葉が例のプロポーズだ…………正直、次は何を口に出すかわからない。もしかしたら、ガチでヤバいのが出るかもしれん。今日、田中さんから聞いたが、俺はたまにとんでもない言葉を口にすることがあるらしい」
ヤラせて!
とか出てきたら、俺はマジで社会的に死にそうだ。
そして、春野さんを前にすると、出そうだから怖い。
「お兄ちゃん、性根がヤバいもんねー……」
「そうらしい。だから諦めようとしている。普通にクラスメイトとして、友達として接したいと思っている。今、その練習をしていた」
「そう…………中々、身内の聞きたくないことを聞いたけど、わかった…………頑張って。こっちの事は気にしなくていいから。山岸先輩がめっちゃフォローしてくれてるし」
おー! アリア!
わが友よ!
今度、ジュースを奢ってやるからな。
「悪いな」
「ううん。それともう一つ…………」
ヒカリちゃんはそう言って、俺の机に置いてある写真立てを取った。
「バスケ部に入らなかったのは春野先輩が女バスに入ったから?」
ヒカリちゃんが手に取ったその写真立ては中学の時のバスケ部の集合写真である。
俺はヒカリちゃんと同様に小学校の時からバスケをしていたのだ。
そして、俺は高校では帰宅部である。
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