第001話 あれから1年
1年前、入学式があった日。
俺は人生で初めての恋をした。
そして、1分も経たないうちに玉砕した。
『好きです!! 結婚してください!!』
さすがに、自分でもこの告白はマズかったと思う。
というか、話したこともなければ、知り合いですらない関係だ。
もっと言えば、当時は名前すら知らなかった。
明らかに頭がおかしいとしか思えない。
ただ、言い訳をさせてもらうとしたら俺は告白する気はなかったのだ。
あまりの衝撃で頭も回らなかった状態で自然と己の欲望というか、願望が漏れてしまったのである。
返事は当然、ノーだった。
『ご、ごめんなさい!』
彼女、春野ミユキはそれだけ言い残し、走り去ってしまった。
その場には大勢の1年生と共に呆然と立ち尽くす俺が残されていた。
名前も知らない男子数人と昔から知っている友達が皆して俺の肩に手を置いたのを覚えている。
あれから1年、俺も彼女も2年生になった。
俺が告白してからの1年間はあんなことがあったものの、楽しく過ごしていたと思う。
俺の告白→玉砕劇はすぐに噂になり、1年生では知らない者はいないし、2年、3年生もかなりの人が知っていた。
実際、中学の時の先輩にからかわれたりもしたし、知らない人に名前を名乗ると、『あー……あの小鳥遊君…………』だもん。
とはいえ、小学生じゃないんだからそれがイジメに繋がることもなかったし、からかわれはしたものの、普通に過ごしていた。
だが、2年になると、事態が急変した。
俺と春野さん、心の中ではみゆきちと呼んでいる彼女がこの1年間、平和に過ごせてたのは、単純にクラスが離れており、ほぼ接点がなかったからだ。
みゆきちは5組であり、俺は1組だったし、みゆきちはバスケ部で俺は帰宅部である。
会うことはほぼない。
本当は変に注目を集めてしまった告白の事を謝ろうと思い、5組に行ったこともあるのだが、俺が5組に入った瞬間、騒がしかった教室がシーンとなったのだ。
さすがに、これはマズいと思い、5組にいた昔からの友達に教科書を借りに来た体で誤魔化した。
なお、1組の人間がわざわざ5組まで借りに来た不自然さからちょっとストーカー疑惑が流れたのはご愛敬である。
それから何度か接触を試みたが、すべて上手くいかず、これ以上の接触は彼女に迷惑がかかると思い、関わらないようにした。
正直、辛くもあった。
彼女の事を思えば、距離を取るのが正解なのはわかるが、俺はまだ彼女の事を好きなのである。
当たり前だが、簡単には割り切れない。
そんな1年生時代を終え、2年になった。
2年に進級すると、クラス替えがある。
俺とみゆきちは何の因果か同じクラスになった…………
嬉しいと思う半面、マジで気まずい…………
俺は2年になり、10日経つが、一度もみゆきちと話していないし、目も合わせていない。
こっそりと見る程度だ。
今日も午前中の授業が終わると、みゆきちをチラッと見る。
彼女はお弁当を持って、友達数人とどこかに出かけてしまった。
俺は彼女が教室を出た瞬間、鞄から弁当を取り出し、後ろを向き、後ろの席の人の机に弁当を置いた。
「ねえねえ、美人で有名な田中さん」
俺は出席番号で俺の次である田中さんに話しかけながら弁当を広げる。
「なーに、珍しい苗字で有名な小鳥遊君、もとい、アホな告白をして、秒で玉砕したことで有名な小鳥遊君」
美人で有名な田中さんも自分の弁当を広げだす。
「長いよ……」
「しょうがないじゃん。というか、なんで自然に一緒にご飯を食べる流れになってんの? 私は小鳥遊君の彼女じゃないよ」
「しょうがないじゃん。俺ら、仲良しじゃん」
実は美人で有名な田中さんは小学校、中学校が同じであり、ずっと同じクラスだった。
もっと言えば、幼稚園も同じらしいが、それは覚えていない。
とはいえ、幼なじみとかそういうのじゃない。
というのも、この辺に住んでる人達は大体が同じ学校に行くので、この学校の半分以上は同じ小中学校卒なのだ。
「日本語、通じてる?」
「通じてるよー。俺、去年の国語の成績が3だよ?」
「微妙だなー」
田中さんがふふっと笑う。
笑っている顔は本当に美人だ。
「田中さんは?」
「2」
ふふっ、田中さんは顔が良いから頭が良さげに見えるが、バカなのだ。
あんま、人の事は言えないけどね。
「お互い、頑張ろっか。今年はフルで夏休みを過ごそうね。毎年、補習で顔を合わせるのも飽きたよ」
「だねー…………それで何か用なの? 小鳥遊君が私とご飯を食べるなんて珍しいじゃん」
まあねー。
大体、男子と食べるし。
「ちょっと相談があってね」
「なーに? 小鳥遊君の運命の女神さまの事?」
田中さん、すげー!
エスパーだ!
「よくわかるねー」
「そりゃねー。不自然なくらいに距離を取ってるし」
「わかるの?」
自然を装っているつもりなのだが…………
「いや、小鳥遊君さー、この教室の半分から向こうに行ったことある?」
田中さんは箸でみゆきちの席がある窓際を差す。
「あるよー…………」
「春野さんがいない時限定でしょ」
うん、まあ…………
「俺が春野さんに近づくと、周囲がピリッとしない?」
クラスメイトが一瞬、固まっている気がする。
「そりゃあ、小鳥遊君がそういう空気を出してるからねー」
「え? マジ?」
そんなつもりはみじんもない。
「いや、小鳥遊君、春野さんを避けすぎじゃない?」
「そんなつもりはないんだけどなー。出来たらお近づきになって、付き合って、結婚して、子供を生んで欲しいと思ってる」
最初は女の子がいい。
次は男の子。
「小鳥遊君さー、普段はまともなのに、急にトチ狂うのやめてよ。昔からそういうところあるよね」
「そうかな?」
「そうだからアホな告白をしたんじゃないの?」
「それを言われると、何も言い返せない…………」
事実、あの告白はない。
せめて、挨拶と名前を聞く程度に留め、後日、仲良くなればよかった。
そこから春野を小鳥遊に変えないって? って聞けばよかったのだ。
……いや、それはないわ。
「第一コンタクトに失敗したんだよ」
「”大”失敗ねー」
そうとも言う。
「おやー? ウチのミユキに粉かけておいて、別の女とご飯を食べている軽薄な男がいるぞー?」
俺と田中さんがご飯を食べていると、うざそうなしゃべり方で俺を煽る声がしたので後ろを振り向いた。
そこには、クラスメイトである女子がニヤニヤと俺を見ていた。
「春野さんの友達で有名な山岸さんか…………」
山岸さんは俺が告白した時にみゆきちの隣にいた友達で山岸アリアという名前である。
1年の時はみゆきちと同じクラスだったため、俺とは違うクラスだったが、何とかみゆきちに謝ろうとした俺は山岸さんに接触し、謝罪を伝えてもらったのだ。
それ以来、たまにメッセージでやり取りをする仲であり、この度、同じクラスになった。
「その何とかで有名なって枕詞は何? たまに同じようなことを言う人がちらほらいるけど」
「小学校や中学校の時にあったブームだよ。お金持ちで有名な佐藤君とか」
「遠足の時にお菓子を忘れた事で有名な小林君とかねー」
懐かしいね。
ひどいのでは隣のクラスの村山君が好きな事で有名な山本さんとかあった。
いじめっぽいが、そのおかげで付き合えたのだから感謝してほしい。
今も隣のクラスで仲良くご飯を一緒に食べていることだろう。
いやー! あだ名をつけたかいがあったね。
もっとも、山本さんは俺の事がめっちゃ嫌い。
ウケるね。
「ふーん。でも、春野さんの友達で有名な山岸さんはなくない? 私の個性ないじゃん」
言われてみれば、結構ひどいな。
みゆきちのオマケみたいだし、良くないと思う。
「じゃあ、俺の相談を乗ってくれる事で有名な優しいアリア。座れ」
俺は隣の空席から椅子を引っ張り、田中さんの机にくっつける。
「いきなり呼び捨てだし……」
「こういう人だから。普段はまともなんだけど、切羽詰まると、距離感や常識が狂う人だから」
「まあ、それは間近で目撃しているから知ってる」
特等席で見せてやったんだから感謝してほしいわ。
「お前、飯は?」
「そして、お前呼ばわり…………食べたよぅ」
「みゆきち、じゃない、春野さんは? 一緒じゃないの?」
いつも一緒にいるし、親友的なものかと思ったが、違うのかな?
「みゆきちって…………いや、私は今日は学食だから」
そういえば、みゆきちは弁当を持っていたな。
学食は席を取る争奪戦があるから学食で弁当を食べるとひんしゅくを買うので誰もあそこで弁当を食べないのだ。
「なるほどね。まあ、ちょうどいい。ちょっと聞いてくれる?」
「いいけど、ミユキの情報は教えないよ」
スリーサイズくらいは教えてくれてもいいのに。
「いや、そういうのは仲良くなる過程で知るものだ。そうじゃなくてさ、実は俺、妹がいるんだよね」
「…………へー」
山岸さんが微妙な表情で目を逸らした。
まあ、何故、目を逸らしたかの理由は知っているのでスルーだ。
「お兄ちゃんにエロ本をプレゼントしたことで有名な妹ちゃんね」
田中さんが余計なことを言った。
「えー……あの子、そんなんなんだ」
過程がごっそり抜けているんだけどね。
エロ本じゃなくてレディコミだし。
もっと言えば、あれ、BLだし。
「ん? あの子? 山岸さん、ヒカリちゃんの事を知ってるの?」
田中さんがアリアの反応を見て首を傾げる。
「うん…………バスケ部に入ったし」
実はそうなのだ。
小学校の頃からバスケをやっていた妹はこの高校に入ってもバスケ部に入った。
ここにいるアリアがいるバスケ部に…………
そして、入学初日にプロポーズされたことで有名な春野さんと同じバスケ部に…………
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