降職

 瞬時に動けなくなったリアンは、身体全体がしびれてくるのが分かった。

「ほうら、言ったでしょう。あなたが私に制裁を侵すことなどできないのです。フフフフフ・・・・・」

 この痩せたメガネザルはかなりヤバいやつだった。

 出来たら今すぐ蹴り殺したいほどなのだが、それは出来ないのだ。

 むしろ、僕が呪い殺されそうな立場となっている。

「おい、東君。これはないんじゃないですか。いくらあなたがオリビアと同じ力を持っていたとしても、オリビアはあなたのことを認めるわけが・・・・・」

 そこまで言うと、さらにしびれが強くなり、尻から倒れた。

「そうですか。なら、これから振り向かせて見せますよ」

 そこまで言って、さらに魔力を強めようとしたその時だった。


「東、あんた何やってんの?! 私の大切な夫に。許さない。あなたのこと、私は認めないから」

 ――オリビアが来た。

 そして、いつもの“あのアイテム”を取り出すと彼に向けて空を切った。

「ぐっ」

 その時、東は喉元を抑えた。

「オロロロロ」

 そのまま、カーペットに吐き戻し始めた。

 リアンは痺れから解放されたが、疲れていて今すぐ寝転がりたいほどだった。

「大丈夫、リアン。目には目を歯には歯を、で、魔法には魔法を、だよね。ホント、良かった」

 オリビアは顔を赤くして、目をウルウルさせながら言った。

 ――ああ、これだからかわいいんだよ。

 このキュートな顔に完全に眠気を覚まされたリアンに、オリビアはまた言った。

「ねえ、見てあの東。カーペットにめっちゃ吐いて、部員が懸命に拭いたり袋を持ってきたりする。滑稽ね」

 オリビアは笑いをこらえられなくなって、けらけらと笑い始めた。

 少し、残酷な笑いでもあったがやっぱり彼女の笑いはリアンの心を食んでいた。


 東がやっと落ち着いたころ、リアンは少し話しかけてみることにした。

「大丈夫ですか、千馬さん。おかげで、経理部の今日のスケジュールは洗濯と掃除で埋まってしまったようですが」

 少し皮肉を言ったところで、続けた。

「ところで、あんたうちのオリビアが好きなのですか。そっちも白状してもらわないとですね」

「えっ」

 東の顔が少しだけポット赤くなったのをリアンは見逃さない。

「そうか。僕の婚約相手が好きなんですね。それは、重大な社内規則違反だ。懲戒処分にしましょうかねぇ」

 懲戒処分とは会社の規則などを破った時に、制裁を付けて職を降格させる処分のことを言う。

「それだけは、やめてくれ・・・・・」

「イイでしょう。ただし、降職はしっかりさせますからね」

 冷徹な一言を放つと、さっき少し赤かった東のメガネ顔が、一気に青ざめた。


「へえ、あいつが私のことを好きとかありえないね」

「それは大変だ。まあ、社内規則に対する重大な違反というほどでもないから降職で言いだろう。経理部の一番下に東を落とせ。新部長には副部長のみなみをつけろ」

 社長はめちゃくっちゃキレていた。

 自分と婚約した愛する娘を経理部長が好きだとか、ありえんことだと。

「ありがとう、パパ。実は、最近あの東にいじめられていたから。良かった。一番下なら私と会うことも少なくなるだろうしね」

「そうだ。いじめも無くなるだろう。それでもやったら、あいつには懲戒だ」

 凄い親バカだな・・・・・。


 その日の夕方、社長室に呼び出された東は経理部の部長を下ろされ、ただの一部員になり下がった。

 黒縁メガネの奥には、真っ青になった顔があった。

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