五月十一日 朝刻(3)

「手短に言うわ、あなたが今回、イタチによって選ばれた《対極者》よ」

 熱いアールグレイが二杯、それとバナナスムージーが一杯テーブルに届く。サービスのカヌレも時を同じくしてやって来た。

「俺がタイキョクシャ?ちゃんと説明してくれ、一から十まで」

 私は予想がピッタリと言わないまでもそこそこ当たっていて少しホッとした。タイキョクシャ。漢字を推測するに対極タル者。すなわち【顔】の消失を願った私の対に据えられた存在というわけだ。顔に嫌われた私の対役には、顔に愛された先輩が適役だろう。右手にカップを取り、熱い紅茶を喉に通す。猫舌をごまかしながら、冷たく乾いた食道にぬくい潤いを注ぎ込んだ。

「そう宇陀くん、あなたは対極者よ。願いを望む者、その対に据えられたのが今のあなた」

「はあ。いまいちわからないな。第一、願いを望む者って誰なんだよ?」

 エリちゃんは紅茶を飲みながら、ひょうのように細い目で私を睨んだ。カチャリと静かな音を立ててソーサーの上にカップを置く。


 「罪な子ね。


 私はこの場で確信した。私の断罪者は宇陀先輩なんかじゃなかった。は「洲上エリ」だったのだ。

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 洲上エリは全てを語った。私がかねてから願い続けていたことについて。宇陀先輩が質問を入れる隙もなく、流れるように語った。宇陀先輩は私に多少の同情の視線を送ってくれたが、そんなものは当たり前のもの。先輩が私を許したという事実はどこにも見いだせなかった。

 洲上エリは鬼?悪魔?いやそんなものじゃない。怪物なんてもんじゃない。無機物という方が良い。洲上エリは鉄だ。鉄の女だったのだ。私の体は目の前に座った女に対する恐怖に縮こまっている。人の顔をした鉄の女に菩薩の顔はどう映るのだろうか。

 宇陀先輩との話を終えたのか、洲上エリは私に話をふってくる。

「茅吹さん、一つ聞きたいことがあるのだけれど」

「なん……ですか」

 震える声で答える。

「どうして菩薩なの」

 わからない。答えられない。鉄に満足ということがあり得るのか私はわからない。でも、ここは答えるべきだ。私の脳みそが訴えていた。

「わからないのね」

 タイムリミットだった。

「すみません」

「いいのよ」と口にして洲上エリは紅茶を飲みきったかと思うといきなり思いきりの伸びをした。

 宇陀先輩は目を真ん丸にしている。さっきの後の私でさえすこしおかしく感じた。

「あら、どうしたの?ふたりとも」

「いや、洲上でも気を抜くことはあるんだなって思って」

 にこやかにバナナスムージーを左手に持った先輩が指摘した。

「そうね、昨日からあまり寝ていないもの。茅吹さんの情報集めに徹夜したの」

「えっ!?」

 私は思わず驚嘆を漏らした。身を乗り出して「全部知ってたのって、その、魔法みたいなのじゃないんですか?」と尋ねる。

「何を言っているの?そんなものは使えないわよ」

 驚いた。を読む。このヒトはそんな下らないことに、どれだけの執念を持っていたのだろうか。

 「私は、言うなれば、監督者よ。イタチのもたらすあやかし。その全てを管理するの」

 トンチンカンな言葉を私はそのまま聞き流す。

 「だから、その……顔はそのままなんですか?」

「当たらずとも遠からずね。これ以上は答えられないってことで」

 そう言って口の前でペケを作ってみせた。

 洲上先輩は不思議な人だ。鉄みたいに冷たいと思えば、人並みに暖かくなることもある。緊張が変にほぐれて肩が重い。肩を回して私は両手で二度、顔を叩いた。深呼吸して、口に出した。

「戻りましょう、元の世界に」

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