五月十日 夕刻(1)

 結局あれからエリちゃんは見つからなかった。それは当たり前で二年のクラスに尋ねると菩薩女がエリちゃんは欠席だということを教えてくれた。非常に残念だった。


 日も沈みはじめてもう帰ろうという頃合い、一人制服姿の菩薩男が校庭に突っ立っていた。カツラも付けないで突っ立っていた。私はおかしくって仕方がなかった。こんな自由な世界で、何を規範の中に収まろうと意地を見せているのか。調子に乗っている私はひと声かけて見ようと思った。変な奴と思われても構わない。名乗らず明日から服を変えてしまえば、変人の烙印を押されることもないのだ。

 軽快なステップで廊下を歩いていく。一歩二歩、三歩。一歩二歩、三歩。エリちゃんの言う糾弾者なんてこの世界にはきっといない。あのを知るのは私だけしかいないのだから。


「やあ少年!どうしたんだい?そんなふうに黄昏れちゃって!」


 少年は私を無視する。


「本当に大丈夫?」


 この世界にも悩みのタネはあるのだろう。私には想像もつかない。両親の不仲にしても今の私には些細なことに映るのだ。


「……失くしちゃったんだ」

 

「え?」


 探しものかな。私は少年の失くしたものは気にならない。私には関係のない話だ。

『少年少女よ!光陰矢の如し、探し物などほっぽりだして、目一杯今を楽しめよ!』

 いつか見た広告に素敵な言葉があったことを思い出した。よーし、言ってやろう。


 「少年少女よ!光陰……」

「顔がなくなったんだ!」


 遮られて出てきた言葉。私の脳天をぶち破り、心臓を破裂させ……ることはなかったが、まあ驚いた。


「顔って、あの?」

 

 口から出た言葉にまた驚く。は消えてなんかなかった。私の喉を通って、その2シラブルはたしかに校庭にポツリと響いた。

「あれ、言えてる?顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔、言えてるよ!やっと出てきた」

 子供みたいにはしゃぐ制服坊やを前に私は戦慄している。


「よかった……自分だけかと思っていたよ。はじめまして俺、宇陀彰。君も顔を知っているということは奪われたことを覚えているんだろう?名前は?」


 戦慄どころの騒ぎじゃない。天地ひっくり返るほどのわななき。どうしたものか。顔を知る者が二人。それも、私とあの


 「私は、茅吹千聖……です。ごめんなさい、先輩。後輩なのに生意気な口聞いちゃって」


 私とあの学校一の人気者、宇陀先輩だったなんて、悪魔「顔」負けの運命設計ではないだろうか。

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