五月九日 晩刻
今日も屋根裏のイタチが騒がしい。
とは言っても私の両親には遠く及ばない。
三匹の動物にサンドイッチにされた私はやはり眠れなかった。水を飲みに二階の洗面台に向かった。
頭も眼も冴えている。ハッキリした意識の中廊下を渡っていく。昼間のことを思い出したりしながら私は歩いた。
イタチ様。この町の神様はそう呼ばれている。私が屋根裏のイタチの話をすると、エリちゃんはそんなことを教えてくれた。ちょっぴりミステリアスな空気を漂わせながらなんでも教えてくれる可愛いあの先輩は最近の私のお気に入りだ。先輩といっても偉そうな感じのしない優しいお友達みたいな先輩。素敵な先輩だ。
「イタチ様〜イタチ様〜どうか我が家の〜鬼を鎮め給え〜」
下らないことを呟きながらポチッと水回りのLEDをつける。
鏡にパアッと映った私の顔を見た。私は俯いてため息を吐いた。世の中にどうにもならないことはたくさんある。その代表選手は【顔】だ。
私、茅吹
コップに水を入れて喉に注いだ。小さな
「またやってるね」
和馬は私にそう言って、歯ブラシを手に取った。
「イタチのこと、それともママのこと?」
水を飲みきった私は可愛い弟に返事をしてあげた。
歯ブラシの手を止め、ヨダレ・歯磨き粉・水の混成物を口からペッと吐き出し私の目を見て弟は答えた。
「どっちもだよ」
無愛想な子。私はつまらない弟を横目に暖かい色の洗面台を後にした。まだまだフンギャフンギャ、ドタバタドタバタ、聞こえている。夜は長くなりそうだ。
顔だけでも。顔だけでも、なくならないだろうか。【顔】という概念を、辞書から【顔】という見出しを無くすことはできないだろうか。会話なら問題ない。発声器官をどっかに付け足しちゃえば、もうそれでことは済む。表情は言葉に先行するだなんて言うけど、あんなのは嘘っぱちだ。電話だけでも十分事足りてるもの。
でも……そんなことはやっぱり無理だ。やっぱり、顔がなくちゃ色々不都合が多すぎる。ご飯こそが一番の問題だ。うん……口以外から食べるなんて化け物でしかない。
みんな同じ顔なら……そんな馬鹿なことを考えながら、和馬の点けっぱなしにした廊下の電気を消しに向かった。
お昼にエリちゃんが教えてくれた。
「イタチ様は、人を騙して
キラキラ光る喫茶ルミエールの店内、二人っきりで話した先輩はとっても格好良かった。
部屋に戻ると、ちょうど真上の天井にイタチがいるのがわかる。それなりに良いお家であることは知っている。このイタチはちょうど一週間ほど前にやってきた子。いつもはすぐに業者に頼んで追い出してもらうけど、今回は我が家の事情もあってか、特別に長居させている。
ベッドのなかでお祈りしてみた。
「イタチさん、人類皆が【顔】のことなんて忘れて、自由に暮らせるようになりますように」
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