愛を教えて

口羽龍

愛を教えて

 3月下旬、もう春休みは始まっている。この時期の学生は色々だ。新しい学年に向けての準備をする人、来月から進学する人、来月から就職する人、春休みを遊び倒す人。それは様々だ。


 加奈子の場合は新しい学年に向けての準備だ。加奈子は勉強熱心で、小学校の頃から家庭教師が来ている。


 現在の家庭教師は雄介という男で、中学校教師を夢見る大学4年生だ。両親がともに教員で、自然に自分も教員になるという夢を持ったようだ。


 そんな家庭教師の日々も、今月で終わろうとしている。今月に大学を卒業して、来月から夢だった中学校教師になる事が決まっているからだ。夢のためとはいえ、家庭教師で教えている生徒との別れは辛い。だが、学校は出会いと別れがつきものだ。乗り越えなければならない。


 今日の指導を終えて、雄介は加奈子とその両親と面談をしている。そこは和室で、先祖の仏壇もある。加奈子とその両親、そして雄介は正座で面談をしている。


「次で終わりですね」

「はい」


 雄介は寂しそうな表情をしている。それを見て、加奈子の両親も寂しそうな表情をした。3年間お世話になったけど、来週で終わる。


「今月で大学を卒業して、教師になる事が決まっているので」

「そうですか」


 加奈子も寂しそうだ。せっかく仲良くなったのに、色んな事を教えてもらったのに、来週で最後だ。


「次が最後だと思うと寂しいですが、教員になりますんで」


 雄介は笑みを浮かべた。教員になれる事を考えると、嬉しくなる。


「いえいえ、あなたの夢を頑張ってください」


 雄介は立ち上がり、玄関に向かった。3人はその様子を見ている。こうして見送るのも来週で終わりだ。


 雄介は玄関を出て、入学祝いにもらった軽自動車に乗った。来月からはこの軽自動車で中学校に通勤する。どう思うと、少し寂しい半面、嬉しくなる。


 その頃加奈子は、リビングで母と会話しながらバラエティ番組を見ている。


「次の先生も考えてるのよ」


 すでに次の家庭教師は決まっていて、すでにその事を知らされている。寂しいけれど、人生には別れがつきものだ。乗り越えなければならない。


「ふーん、どんな人?」

「女の人。同じ大学の1年生」


 次にくる家庭教師は、雄介の大学の後輩で、同じく教員志望の女だという。残念だけど、新しい人で頑張らなければならない。


「そう・・・」


 加奈子は残念そうな表情だ。せっかく好きになれたのに、両親に言えないまま別れてしまう。最後の好きと言えたらいいのにな。


「どうしたの?」


 母は表情が気になった。何を考えているんだろう。とても気になる。


「な、何でもないよ」


 だが、加奈子の様子がおかしい。何かを隠しているようだ。


「そう」


 母は首をかしげた。どうしたんだろう。何を隠しているんだろう。まさか、雄介に恋しているんだろうか? だったら、伝えてほしいな。




 翌日。今日は休日で、加奈子は街を歩いている。加奈子は気晴らしのため、週に1度は街を歩くようにしている。歩く事で、気持ちがリフレッシュできるだけでなく、新しい発見ができて、そこに行ってみたくなる。


 休日は多くの人々が街を歩いている。だが、加奈子にはまだ恋人がいない。雄介の事が好きなのに、誰にも言うことができない。


 今日は雲1つない快晴で、桜が咲き始めた頃だ。まだ満開ではないものの、あと2週間ほどで満開になるだろう。


「あれ? 加奈子ちゃんじゃない?」


 突然、誰かに声をかけられた。加奈子が振り向くと、そこには雄介がいる。雄介も休日で、街を歩いているようだ。まさかここで出会うとは。


「は、はい。そうですけど」


 加奈子は戸惑っている。まだ戸惑っているようだ。


「気晴らしに歩いてるの?」

「うん」


 加奈子は少し笑顔を見せた。


「そうだね。気晴らしも大事だよね」


 だが、すぐに何かを考えこんでいるような表情になった。好きと言えない。家庭教師と恋に落ちるなんて、悪い事じゃないだろうか? 不安でたまらない。


「どうしたの? 浮かれない顔して」


 雄介はその表情が気になった。何を考えているんだろう。とても気になる。


「な、何でもないですよ」


 加奈子は焦っている。やはり気になる。僕の事が好きなんだろうか?


「ふーん、もしかして、俺の事が好きだって事?」


 初めて加奈子に出会った時から、そんな感じだと思って来たし、加奈子もそう思っているんじゃないかと思ってきた。


「えっ、どうして知ってたの?」


 加奈子は驚いた。まさか、好きだという事がわかるとは。


「そんな目をしてたから」


 雄介は笑みを浮かべた。こんな恋もありかな? 周りからは変に思われるかもしれないけど、面白い恋だと思えばそんなに気にならない。


「家庭教師と恋に落ちるって、それでもいいのかなって思って」

「こんな恋があってもいいじゃないの」


 加奈子は少し照れた。迷っていたけど、これで迷いが消えた。


 2人は街を歩きながら、互いのことを話している。2人はとても楽しそうだ。まるで恋人同士のようだ。


「そもそもどうして教師になろうと思ったの?」

「両親が教師だったから自然に自分もそれを夢見るようになったんだ」


 雄介は幼い頃の自分を思い出した。両親の背中を追いかけた幼少期、小学校の頃に作文で書いた夢は教師、自然に教師になりたいという気持ちになった。友達に恵まれ、楽しい日々を送った。そして、大学から教師になるための練習として、家庭教師を始めた。そして、介護実習や教員採用試験を終えて、晴れて来月から教師になる。


「ふーん」

「加奈子ちゃんは夢あるの?」

「特にないけど、今はOLかな?」


 加奈子の夢はOLだ。サラリーマンをしている父の影響で、OLに憧れた。


「そっか」


 雄介は考えた。夢は両親の影響を受けるんだろうか?


「来月から教員なんだね。わくわくしてるんですか?」

「半分半分。もっと頑張らなければいけない不安もあるけど、生徒に会えるのが楽しみだな」


 雄介は来月から教師になれる事をとても楽しみに思っていた。両親の背中を見て育ち、両親と同じ教師になれるのだ。教師になりたいと話した時、採用されれる事が決まった時、とても喜んでくれた。特に、採用されることが決まった時に褒められた事は、忘れられない。


「ふーん。たくさんの生徒と仲良くなれたらいいですね」

「ああ」


 雄介は来月からの教師生活を思い浮かべた。たくさんの生徒に囲まれて、素晴らしい教師生活にしたいな。


 3年間、色んな事を学んだけど、それも次で終わる。来月からは新しい家庭教師に変わる。だけど、これからも恋愛は続いていくだろう。




 翌週、この日の家庭教師を終えて、座敷にやって来た。今日で終わりだ。だけど、なぜか寂しくないし、そう感じない。恋愛はこれからも続いていくからだろうか?


「今日で終わりだね」


 雄介は笑みを浮かべた。だけど、これからもお付き合いは続いていく。それはどこまで続くんだろう。そして、結婚まで行くんだろうか? これからの日々に期待だ。


「3年間ありがとう。また会おう!」


 雄介は手を振った。だが、また近々逢う事になるだろう。その時は、先生と生徒ではなく、恋人同士だろう。そう思うと、全く寂しくない。


「また会おうね」


 加奈子は笑みを浮かべた。先生と生徒ではなく、恋人同士として、また会えるよね。そして、将来結婚できるよね。


「教員になってまた再会できたらいいな」


 雄介は玄関を出て、軽自動車に向かった。雄介は少し泣けてきた。もう加奈子に教える事はない。これからは、加奈子に愛を教えなければならない。そして、結婚に導かなければならない。


 と、家を出ようとしていたら、加奈子が出てきた。加奈子は笑顔で見送っている。まるで自分の妻のようだ。いつか、この光景をいつも見られる時は来るんだろうか? その時まで、生徒に物事を教えるように、愛も教えなければならない。それが、教師としての仕事だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛を教えて 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説