[註]エサロス建国神話について

 ここで、編者として一部註解を挟む必要がある。 

 「角獲りの旅」は、エサロス王国に伝わる建国神話に由来する。この神話は長い間口伝文学として王国内で語り継がれており、王室は図書館に写本を保管するのに加え、直々に語り部を雇い、各地域に教師として派遣している。

 王室がこの建国神話にこれほどまでに固執するのは、国内の王政と王室の絶対的正当性を確保するためだとされてきた。いわゆるプロパガンダとして神話文学を利用するのは古今東西行われてきたが、近年の研究によって別の目的が明らかになりつつある。詳細を記すのは控えるが、それが対外的な側面を持つということだ。エサロス王国史における対外侵略が行われるとき、必ずその直前に語り部の活動が国外で見られるのである。


 この物語は韻律と構成の面から高く評価されており、それに伴う抒情生を以て終末論が語られたならば、国外の人々に大いに心理的影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。

 だがこの神話は、それ以上にかなり長大であるという特徴を持つ。ヒト属の編む物語、特に建国神話・民族神話は往々にして長くなる傾向があるが、エサロス建国神話の長さは飛び抜けていた。ここに、その神話のあらましと、角獲りの旅の由来について書き記す。


 原始の混沌から光と影が分離し、世界に天と地ができ、地上に雨が降った。空、大地、雨から神が生まれ、それぞれイメール、グエロ、ネベイラと名乗った。グエロが生まれた大地の跡から、泥の巨人ラスペールが生まれた。

 ラスペールは雨を飲んでどんどん巨大化し、ついに天に届くかとさえ思われたので、三柱の兄弟は力を合わせてラスペールを討伐した。ラスペールの血は大地を覆い、そこから沢山の果樹が育った。

 雨の神ネベイラは世界で最も大きな水たまりに住み、そこで海の神となった。ネベイラは海の水を跳ね上げ、そのしぶきから沢山の魚を作った。空の神イメールは吐息から鳥を作った。大地の神グエロは髪の毛から人間を作り、爪から動物を作った。

 人間は果樹と動物を食べて瞬く間に繫栄し、永遠の楽園を享受した。だがある日、人間の一人が誤って金色のトビを射落としてしまう。それはイメールが長年友人としていたトビだったので、イメールは怒り、太陽を持って岩山に隠れてしまった。世界は常に闇に覆われ、果樹と動物たちは次々に命を落とした。人間からの生贄と、兄弟神からの頼みによってイメールは機嫌を直したが、人間に寿命、世界に昼と夜を定めた。

 人間は寿命が定まったことで刹那的な享楽を求めるようになり、強欲になったことで争いを起こすようになった。争乱の中でイメールを味方につけた人間トリケネイアとその臣下たちが勢力を拡大し、最終的に世界を平定する。彼等は更なる争乱を避けるべく大陸から離れた島に上陸し、王国を建てた。エサロス王国はここに始まったとされる。


 トリケネイアはエサロスの国王として島を統治し、彼の子たちが王位を継承した。しかし、受け継がれる王位の中で愚かなる王が出現するのは歴史の定めといえよう。建国後およそ三百年、第十三代国王マグルダは国内の政治に全く関心を示さず、彼の関心の方向は美酒・美食・色欲を満たすことのみであった。

 そのため、政治・経済・軍事といった仕事は全て弟であり摂政のアスラトーーのちに「聡き翼」と呼ばれることになるーーが担っていた。また国民もマグルダ王の悪政を見兼ねて、再び自らの欲のために、より強欲に、より傲慢になっていった。なおこのため、今でもエサロスにおいて十三という数字は今なお忌むべき数とされる。

 これを見かねたイメールは、王国をはじめから作り直すことに決めた。世にも賢きアスラトとその妻、彼と思想を同じくする七人の賢者、すべての動物たちを雌雄一対ずつ箱舟に避難させると、王国を更地に戻すのは神々にとって難しいことではなかった。大地の神グエロに命じて大地震を、海の神ネベイラに命じて大津波を生じさせた。

 大津波が七日七晩王国を覆った後、箱舟に乗った者たちは陸地に上陸し、イメールの名のもとにアスラトを王として王国再建を誓い、七条の誓いを大石板に刻んだ。これは王国の基本律マグナ・カルタとして今日まで継承されている。

 さて、大地の神グエロはアスラト王のために再び人間を創造し、王国に送り届けてやった。アスラト王は三柱の神の声を聞くことができたので、彼らとの合議に基づき政治を行った。その俊敏な政治姿勢は、国民からは高く評価された。諸外国からは非常に恐れられた。いつしかアスラト王にはこのように呼ばれるようになった。


 ーー「聡き翼ソポカルフィア」と。


 しかしアスラト王もまた人間である。彼は五十年の後に天寿を全うし、その葬儀は大々的に執り行われた。彼が敷いた善政の姿勢は、彼の子たちや七賢人の一族によって継承されたが、三百年後に賢人の一族の血筋が、その300年後に王の血筋が絶えてしまった。彼らの血統が段階的に消えていった「血統消失」と呼ばれるこの現象は、偶然とも、あるいは何者かの策略ともされており、今なお結論は出ていない。


 王国は船頭を失った船のごとく迷い、国内の政治は乱れ、人々は対岸の異民族の侵攻に怯えた。王国の黄金時代はとうの昔に過ぎ去り、暗黒の時代に陥ったのである。これを見かねた大地の神グエロは、彼らの本来の強さが忘れられないように試練を与えている。

 この試練こそ、「角獲りの旅ライゼン・ゴニアス」なのである。

 グエロは自らの化身として、双蹄竜を生み出した。人間の生活と密接に関わっている単蹄竜と似ていながら、外見・生態ともに全く異なる存在。この単蹄竜との異質かつ明らかな隔たりに、双蹄竜がグエロの化身たる理由がある。

 王国の男子たちは、グエロの試練を乗り越えてこそ一人前の成人となり、一人前の狩人となるのである。

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