右手首

雨乃よるる

1

 数学の時間と勉強机に座っている時だから、きっと心が退屈している時に見るのだろう。

 殺風景な茶色の大地が広がっていた。遠くにある小さい家。赤い屋根。もっと遠くにある杉みたいな木。濃い緑色。ポツン、とそれだけ。あとは薄い道路が走っている。アスファルトで固められていない道路だ。

 殺風景でもどこか懐かしいような感じ、優しい感じがある。それでいて異国に来たような針の先ほどの疎外感を感じるのは、小さい頃に読んだ外国の絵本にこんな絵があったからだろう。私はもうあまり覚えていない。


 地平線がわずかな弧を描いて広がっている。二人の少年がいた。一人は少し茶髪で、サッカーでもやっていそうなたくましさがあった。くせ毛がチャーミングで、一目見ただけでいい人だとわかる。仮に彼をαとしておこう。αは太陽を背に笑っていた。日に焼けた顔。おそらく目の奥も笑っているのだろうが、逆光でよく見えない。

 もう一人の少年は、βとしておこう。こちらは真っ黒でサラサラの髪。儚い雰囲気が全身から漂ってくる。西日に目を細めている。そう、あれは夕方だ。夕方だったから、陰が長く伸びていたはず。うん。思い出した。βは常に何か言いたげな表情をしていたが、結局ずっと黙っていた。

 βがαのことを見ていたかどうかはわからないが、αは紛れもなくβを見つめていた。その今にも目の前から消え去ってしまいそうな儚さに目を奪われていたのかもしれない。  


 あたりには砂ぼこりの混じった風が心地よく吹いている。息を吸うたびにのどの奥に砂が紛れ込む感触と、胸とおなかに新しい風が入る感触が入り混じる。恋の甘酸っぱさとも似た感覚が全身をめぐる。


 目の前の少年が太陽を背に笑っている。αだ。αはβに、軽く手を伸ばした。王子様が転んだお姫様を助け起こすような優しい手つきだった。


 私は手を伸ばした。伸ばされたβの手を取って、αは地平線の向こうに走り出した。右手首を強引に掴み、無理やり引きずるように。βは一生懸命それについて行った。ちっとも丁寧な扱いではなかったが、βは笑っていた。そうやって強引にどこかへ連れて行って欲しかったのだろう。太陽に向かって、二人の少年は音もなく駆けていった。


 何度も何度も、手首をつかまれた時の感触を反芻する。もちろん、私は地平線のかなたに消えてはいない。退屈な授業を右から左に流しているだけ。掴まれたところまでは確かに自分の体だったのに、自分はどこにも逃げられていない。小さくため息をついて、窓の外を見る。

 その日によっていろんな天気がある。それでも何となく、今回は「雨が降りそうで降らない曇り空」、が状況にふさわしい気がするので、そういう天気だということにしておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

右手首 雨乃よるる @yrrurainy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る