第九章 ~ 1人の晩餐 ~
おじいさんは、ニッコリして、紙に包んだ猪肉を少し上に掲げてキウに見せた。
キウも、ほほ笑んだ。
「大根と、白菜の漬物も貰った。 さぁ、今日は大ご馳走だ! 」
おじいさんは、キウに、そう言うと、台所へと入って行った。
キウは、おじいさんが帰って来た方向を見た。
黒アゲハが、まだヒラヒラと舞っていた。
『何て、光り輝く日だろう。 ずっと、こんな日が続けばいいのに・・。 』
キウは、一瞬そう思った。
しかし、直ぐに、ハスミのことを思い出した。
「俺には、やらなければならない、ことがあるんだ。 」
キウは、ぐっと唇に力を入れた。
黒アゲハが、花々を渡りながら蜜を吸っているのをじっと見ていた。
しばらくして、おじいさんがやって来た。
「キウ、出来たぞ。 がめ煮もあるぞ。 早く来ち食べれ! 」
キウは、囲炉裏の部屋に入った。
すると、奥の部屋の入り口で、おじいさんが手招きをした。
「今日は、特別な部屋で食べるぞ。 」
キウの前に、白いご飯と、猪肉のだご汁、その奥にがめ煮の乗った皿と漬物の皿があった。
「まず、こっちにおいで。 」
おじいさんは、部屋の一番奥にキウを呼んだ。
そこには、祭壇があり、だご汁やがめ煮等が酒と一緒にお供えされていた。
「今日からの修行は厳しい。 いじ過酷なもんになるけ・・。 しっかりお祈りせんば・・。 」
キウは祭壇の方に目をやった。
祭壇の両脇には、窓があり、当時はめずらしく、おじいさんの家には似つかわしくないガラスの窓になっていた。
そのガラスは、色んな色が入り混じっており、何かの絵になっていた。
そのガラスを通して入って来る太陽が眩しかった。
祭壇の真ん中に 何かが祀ってあるのはわかるが、それが何かは 眩しくて見えなかった。
おじいさんは、祭壇の前に座って、キウをすぐ後ろに座らせた。
それから、お経を唱えて、何か呪文のようなものをもごもごと言った。
そして、体の前で手の形を何度か変えて、呪文を唱えて、キウを見た。
「さぁ、食べれ! 」
おじいさんは、キウを食事の前に座らせた。
「・・おじいさんは、食べないの? 」
そう言えば、おじいさんが食べているところを見たことが無い。
自分で料理をしても、キウが料理をしても、いつもキウの分だけを作っていた。
「おじいさんの分は? おじいさんは食べないの? 」
キウは、おじいさんに言った。
「・・・。 」
「どうして? 」
「黙って食べれ・・。 」
おじいさんは、部屋を出て行った。
キウは、だご汁、がめ煮と漬物とごはんを残さず食べた。
丁度、食べ終わった時、おじいさんが戻って来た。
その手には、大きなどんぶりより一回り大きい陶器の入れ物に、一杯に入った緑色の液体が入っていた。
おじいさんは、それをキウの前に置いた。
「飲め・・。 」
ただならぬ量であった。
キウはおじいさんの目を見つめた。
おじいさんは、伏し目がちにしたまま、キウの目を見返さなかった。
キウは、少しずつ、少しずつ、その液体を飲み始めた。
その液体は、どろどろしていて、強烈に海臭かった。
しかし、キウは一生懸命飲んだ。
だんだん飲んでいると、その味もそんなに嫌なものじゃないと思い始めた。
そしてようやく飲み終わった。
飲み終わったとたんに、急に眠くなって、キウは眠ってしまった。
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