第八章 ~ 雲 ~

朝になった。

キウは、目が覚めた。

今朝は、いつもの様に、おじいさんは起こしに来なかった。

キウが起き上がった時には、もう既に日は昇っていた。


キウは、おじいさんを探した。

おじいさんは、炊事場にいた。


「キウ、起きたか。 」


おじいさんは、起きて来たキウに気付いて、ニッコリとしながらキウに声をかけた。

キウには、訳が分からない。


「お前が、好きな食べ物をこさえてやろう。 何が食べたい? 何でも言え・・。 」


「じゃあ、団子入り豚汁と、白飯。 」


「豚は、手に入らないかも知れないが、猪肉なら何とかなる。 猪肉の団子入り豚汁で良いか? 」


「うん!!! 」


おじいさんは、村の又(また)鬼(ぎ)の家に、猪肉を貰いに行った。

キウは、訳が分からない。

おじいさんが優しい。

キウの、『根の修行』が終わったのでお祝いをしてくれているのだろうか?


キウは、縁側で空を見上げた。

キウは、空を見上げるのは久しぶりだった。

空は、どこまでも青かった。

向こうに雲が浮かんでいる。

ふわふわしていて、昔、婆ちゃんがお祭りで買ってくれた、綿あめの様だと思った。

雲は、空を流れながら形を変えていく・・。

そして、だんだん細長くなっていく・・・?


「!?」


細長い雲は、渦を巻き始めた。

だんだん、模様が出て来る。

まるで、鱗のような模様だ。

そして、その長い片側の端から端まで、一の字に毛で出来ている鶏冠のような形が現れた。

そして、細長い端の方は、わさわさと毛が生えているような形になって来た。

もう片方の端は、細長い“くの字”の形に途切れて、やはり先の方に毛が生えているような形になって来た。

まるで、胴体の様な雲の、鶏冠の様な形の生えていない方に、鶏の足の様な手足の様な形が生えて来た。

そして、わさわさと、毛の生えたような形の方の真ん中に、二つ、ギョロっとした目玉の様なものが出来た。

そして、その下が、ぐっと裂けて、大きな口のような形になった。


他の雲は、みんな西の方に流れて行くのに、その雲だけ、そこに留まった。

その、細長い雲は、ゆさゆさ空で揺れながら、その目玉は、じ―――っと、キウを見つめている様子だった。


それが何かは解らなかったが、キウは不思議と、それが怖いとは感じなかった。


キウは、視線を空から、自分の目の高さに下した。

黒いアゲハチョウが飛んでいる。

その鱗粉は、青い光を反射して、とても美しかった。

黒アゲハは、死者の魂を乗せていると聞いたことがあった。

もしかしたら、婆ちゃんが会いに来てくれたのかも知れないと思った。


黒アゲハは、吉兆の知らせであるとも信じられていた。

運命が、好転する前兆に黒アゲハが現れるのだそうだ。


キウは、とても幸せだった。

穏やかな陽だまりの中、その時だけ、自分が抱えているものを忘れることが出来た。


「ただいま・・。 」


おじいさんが帰って来た。

キウは、空を見上げたが、そこにはもう、あの雲は無かった。

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