第六章 ~ ”気のせい” ~

蝋燭の火を凝視する修行が始まって、3日目になった。


今日から、修行用の蝋燭が少し太くなった。

蝋燭が太くなったと言う事は、それだけ蝋燭に火がついている時間が長くなると言うこと。


おじいさんは、蝋燭を持って来た。

キウは、部屋の真ん中に座り、蝋燭の前に鎮座した。


『大分(だいぶ)、目が慣れて来た気がする。 』


さすがに、3日目ともなると、恐怖感が薄れて来た。


『今日は、大丈夫。 』


キウは、昨日の天井まで長くなった火を思い出していた。

今日は、怖くないので昨日の様に、おじいさんの家を危険にさらすようなことは無いと思った。


後ろで、おじいさんが戸を閉める音がした。

再び、耳を塞いでいるような静けさだ。

キウは、少し太くなった蝋燭の太さを指で確かめながら持ち上げた。

それを、火の方に持って行き、芯に火をつけて 小さな皿の上に固定した。


しばらくすると、再び左手の辺りに冷たい風が左手に絡まり始めた。

そして、おじいさんが言った言葉を再び思い出していた・・。


『お前は恐怖を火に転嫁しちおるんじゃ。 火は火じゃ。 火自体は何(なん)にもせん。 しかし、火は簡単に念の乗り物になるんじゃ。 』


『火が、“念”の乗り物になるのであれば、きっと“風”も乗り物になる・・。 』


キウは、自分自身の恐怖を押さえる力がまだ足りないからだと思った。


しばらくすると、冷たい風は再び後ろの方に移動して、後ろで、カサカサと音をたて始めた。

キウは、音には全く気を取られずに、蝋燭の火に集中した。

今日は、蝋燭の火をうまく操作出来ていると、自信すら湧いて来ていた。


ふっと、音が止んだ。

気配が、ぬ~っと天井の方から、蝋燭の向こう側に降りて来た。

その、何かは、そこでじっとしてる?


ばちん!!


「しまった!!! 」


蝋燭の火がはじけた。

キウが、ちょっと気を抜いた瞬間、恐怖が心に入って来たからだ。


蝋燭の向こう側の、“キウの気のせい“が、す―――っと、近付いて来た。

近付いて来たと感じるだけだと、キウは自分に言い聞かせた。


ぬ――――――・・・。


火を見つめる、キウの視界の端に、人の手の様な形が、2つ入って来た。

ごつごつした、節張った大人の男の手のような形だ。

それらは、音も立てず、す―――っと、ゆっくり近付いて来る。

まるで、何かを掴もうとしているかの様だ。


キウの、再び額から冷や汗が流れ始めた。

キウは、心の中で自分に、”気のせいだ、気のせいだ・・。”と、言い聞かせていた。


『捕まれる! 』


と、思った瞬間、それは、再び天井を伝って、後ろの方に降りた。

また、カサカサと音がし始めた。

だんだん、音が大きくなる。

カサカサ、ではなく、まるで猫が木を引っ掻いているような音になった。


どん!!!


急に、戸が大きな音をたてた。

す―――っと、静かに戸が開いた音がした。


『おじいさんだ・・。 』


その何かの気配は、おじいさんの気配と共に消えていった。


それ以来、その“気のせい”が、蝋燭の修行中に、再び現れることは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る